追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

主人公気質(:淡黄)


View.クリームヒルト


「シャル、お前左目が――」
「見えるから安心しろ。ただ開いても傷が痛むから閉じているだけだ」

 そう言いながらシャル君は刀を構えて警戒態勢を解かなかった。
 開いている右目だけで周囲を見渡し、姿を消しているキメラを探そうと静かに睨んでいた。

――左目の状態はともかく、身体の状態は……

 今のシャル君は、恐らく飛ぶ羽で出来たであろう小さな傷を全身に持ち。爆風で受けたであろう小さな火傷の痕を右手に負っていた。恐らく咄嗟に手で庇いその時負ったのだろう。
 そして傷で見える見えないはともかく、拭いても流れ出る血の影響で左目がもう見えない状態として考えたほうが良いだろう。

「――チッ」

 シャル君は刀を強く握ろうとし、火傷のせいで上手く握られない事と、同時に刀にも刃毀れがあるのを見て舌打ちをしていた。
 右手で握るよりは片手の方が良いと判断したのか、左手一本に持ち替えたシャル君は小さく息を吐く。

「クリームヒルト。気配は分かるか」

 シャル君はいつもより低い声で私にそう聞いて来る。

「俺には近くに居るという事は分かるが、場所まで分からん」
「……。私もそんな感じかな」
「そうか」

 私も周囲を警戒しながら告げる。
 なんというか“居るのは分かるしこっちを見ているのは分かるけど、場所が分からない”というような嫌な感覚だ。
 臭いとかで判断できないかと鼻を利かせるけど、先程のケルベロス爆弾のせいか至る所が血生臭くて辿れもしない。
 いや、これは……さっきの爆発の影響で鼻が利かなくなっている。周囲が血生臭いんじゃなくって、モロにあの爆発を受けたから鼻に血の臭いがこびりついているみたいだ。
 シャル君もなんとなくだがそんな感じがある。五感が無事なのはリオン君くらいか。仕様がない、鼻は頼らず他の五感を頼りに――

「シャル、クリームヒルト! キメラに囚われるな!」

 だけどその言葉に別の危機管理が反応して、私は右手で私に襲い掛かって来たモンスター――ダイアウルフの首を穿って殺す。

「これは……産んでる?」

 さっきの産んだ要領なのか、その前の暴走させた要領なのか分からないがともかく私達の周囲にはモンスターが多く居るようだ。

「これは……マズイね」
「そのようだ」

 鼻は利かないので分かりにくいが、多くに囲まれている。
 私は穿って肘辺りまで身体が来ているダイアウルフの身体を、右腕を勢いよく振って地面に叩きつける。
 リオン君とシャル君も同じように殺したモンスターの後始末として手や刀から血を払っていた。リオン君だけは四体同時に倒していた辺り、流石と言うべきか。

「決して油断をするな。一瞬が命取りになる」

 それはともかく、今はどうこの状況を切り抜けるか。
 モンスターの数的にも、キメラを考えなくても油断をすれば怪我を負う。さらにはキメラの襲撃に常に備えなければならない。

――さて。

「あはは、ごちゃごちゃ考えずに――倒そうか」








 数の暴力というものは厄介である。
 こっちは体力は消耗するのに対し、基本的に数が有利な相手は万全に攻撃を繰り出してくる。
 さらには相手はモンスター。ようは戦う獣であるので中には自身の無事など考えずに攻撃もして来る事も有る。獣にある、上の命令は絶対的な感じだ。

――ああ、痛い。

 相手しているのは基本的に格下のモンスターだ。
 数体程度だと私達は傷も無く倒せるし、十数体でも少し気を張るが倒せはするだろう。
 だけど次々に襲い掛かって来る。
 ああ、でも懐かしいな、この感覚。大勢の敵に囲まれて戦うヤツ。
 左腕も充分な状態では無いので、偶に左腕を使おうとして上手くいかず攻撃を喰らう。

――けれど文句も言えないね。

 仕留めて、刺して、攻撃して。
 偶に視界外からリオン君達に襲い掛かるモンスターを見つけてはカバーする。カバーもされる。
 これが皆で戦う、という事なのかな。

――リオン君やシャル君も偶に喰らってる

 シャル君は視界が定まらず苦戦し傷を負っている。
 リオン君は私達よりもモンスターを多く相手し、庇い、惹きつけているため攻撃を多く引き受けているためどうしても対応しきれず攻撃を喰らう事がある。それでもリオン君で無ければもうとっくに戦線離脱しているほどの量だ。傷程度で済んでいるのはリオン君の才覚によるものだろう。

「無事か、シャル、クリームヒルト!」

 モンスターの波が一旦途切れ、リオン君が私達に無事を確認する。
 回復魔法を充分に使えるのはこの中でリオン君だけだ。リオン君はすぐさま状況を把握し、必要ならば傷を癒そうと私達の身体を見る。

「ぜー……はー……」
「ふぅー……あ、完全に折れてる」
「……っ! すぐに回復する!」

 そして私達の様子を改めて見て、リオン君は唇を噛んだ後すぐに治療を施そうとする。
 私は全身はモンスターが放つ魔法などによる軽い傷だけだが、左腕は完全に折れていた。
 シャル君は先ほどの羽の傷も含め、全身が血だらけの状態になっている。目が片方しか見ず、左手だけしか使えない状態を考えればマシな部類だろう。

「負けて、たまるものか」

 ボロボロの中、シャル君は刀身の先を地面に立てて無理に立ちながら強がりを言う。

「俺は、こんな所で負ける訳には……強くならずに、死ぬわけにはいかない……」

 気迫だけで立っているような状況で、シャル君は息を荒げながら自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

「……クリームヒルト、悪いがここは引くぞ。このままでは取り返しがつかなくなる」
「…………うん」

 確かにキメラはまだ近くに居る感覚はあるが、このままではジリ貧で私達は負けるだろう。ならばモンスターの波は一旦収まり、私は腕はともかく充分に動け、リオン君も動ける今の時点で逃げたほうが良い。

「――俺は、逃げない」
「……巫山戯るなシャル。今は強がりを言っている場合じゃない」
「強がりなどでは――」
「黙れ。無理にでも連れて行く」

 だけどシャル君は逃げる事を拒み、リオン君がそれを拒んだ。
 余計な問答をしている場合ではないだけに、リオン君は次に駄々をこねれば問答無用で運び出すとでも言わんばかりであった。

「――来るよ」

 だけど次の瞬間に来た攻撃で、逃げる逃げないの問答は打ち消された。

『■■■■』
「――上だ!」

 キメラが姿を現し、私達に攻撃を仕掛けて来たからだ。
 牙や翼ではない、翼で飛んでそのまま落ちて来るという、嘲笑うかのような攻撃。
 だが充分な脅威であるそれは、私達の体勢を崩すのに充分な威力であった。

「――っ、はぁ……はぁ……!」

 シャル君は辛うじて立っていた身体であったため、片膝をついてただキメラを見ている。
 私はシャル君を庇うようにしながら、右手で錬金魔法をどうにか使用して右手にキメラを刺せる様な形状の固いものを錬金する。

「…………」

 そして、私達を庇うようにすぐさま体勢を立て直したリオン君が立っていた。

「【地闇拘束魔法タイ・チェイン】【地闇上級魔法グラビティ】――【最大浄化魔法サンクチュアリー】」
『■■■!?』
「……ふむ、やはり浄化魔法が利く……がダメージは喰らわないか。足止めにしかならん」

 そして複数の上級魔法を唱え、キメラの動きを止めた。
 ……そっか、神とはいっても、無理に混合させた邪神的な存在だから浄化魔法が利くんだ。そんな情報はカサスには無かったけど、今知ることが出来るとは幸運だ。
 足止めが成功している内に、攻撃を――

「聞け、クリームヒルト。お前はシャルを連れて逃げろ」

 だけど私の動きはリオン君に手で制され、背中を向けたままリオン君は私達に告げる。

「拘束も長くは続かん。その後は俺が相手をするからその間に逃げろ。シャルはお前が担げ」
「リオン……いや、ヴァーミリオン。なにを……?」

 リオン君の言葉に、シャル君は肩で息をしている状態で問いかける。

「分からんのか、俺が足止めすると言っているんだ。この中で一番時間を稼げるのは俺だからな」
「……馬鹿を言わないで」
「そうだ巫山戯るな! そのような事を俺達が聞くとでも――」
「良いから黙って従え! お前ら程度の身分の者が王族に逆らうな!」

 今までには無い、強い語調の言葉に私達は一瞬たじろぐ。
 これは……

「生き恥を晒せと言うのか。帰ったとしても俺達は王族を見捨てた者として罰せられるだろう、そのような事は聞けるか! お前は王族であり、国を背負うべき男だ。お前が犠牲になるなど許されない!」
「ああ。俺は王族であり、将来国のために事を為さねばならん」
「だったら俺達も戦う……! っ、ぅ……!」

 シャル君はリオン君の言葉に激昂し、立ち上がろうとして上手くたちあがれずよろける。
 私はそれを支えるように手を添え、私でも使える応急手当ての魔法をシャル君にかける。

「だからこそ」

 それに対してリオン君は顔だけをこちらに向け、

「だからこそ、俺は国の礎になるお前らを守る盾になると言っているんだ。王族として当然だろう」

 リオン君――ヴァーミリオン第三王子は安心させるように微笑みながら私達に告げた。
 まさに家名の盾の狼ランドルフに相応しき、国民の盾として守る様に背中で存在を示していた。

「ヴァーミリオン……」
「安心しろ。俺もここで死ぬつもりはないさ。お前らが逃げるのを見届けたら機を見て逃げるさ」

 リオン君は再びキメラの方を向き、続いての魔法の準備に取り掛かる。
 上級魔法を複数維持しながらの次の魔法準備。かなりの精神的疲労と集中力だ。
 それにリオン君は逃げると言うが、恐らく彼は……私達が居なくなった所で、本気でキメラに挑むつもりなのだろう。
 幼少期にシャル君を傷つけてしまった事により自ら封じた王族特有の魔法を使い――場合によっては相打ちも覚悟して。

「ありがとう。その心意気は受け取ったよ」

 だがそのような事をさせるわけにはいかない。
 このような事を言う彼を置いていけないというのもあるけど……

「言っておくが、見捨てられないと言って、だからこそ残るという言葉は聞かんぞ」
「違うよ。そんな事は言わないよ。ただ……囮になって決死を覚悟するには、早いという事だよ」
「なに?」

 それに、
 なにせ――

「――来たよ」

 そして次の瞬間に来た攻撃で、誰が残るかという問答は打ち消された。

「【光の勝利魔法エクス・カリバー】」

 突如横から、キメラに向かって光線が襲い掛かった。

「【炎風地混合上位魔法グラム】――【地水Y・火風H・混合V・魔法H】――【第七神聖蒼バルムンク】」

 さらに複数の魔法が、キメラに向かって放たれる。
 それは攻撃が利きにくいキメラに対してもダメージを与える程の上級魔法の連続攻撃であった。

「――無事ですか」

 そう言うのは金色の綺麗な長い髪をなびかせ、どんな状況でも綺麗や美しいという表現が似合うような、聖女と評される女の子。
 私達の中でも多くの魔法を使い、それぞれが専門家の魔法と比べても遜色ないレベルの魔法の使い手。
 私が主人公だと思っていて、それを疑わないでいる程には才覚に溢れて光り輝いていた存在。

「遅くなりました。援護いたします、皆さん」
『メアリー!』

 メアリー・スーちゃんが、私達の前に現れた。

 ……ところで、あの魔法名ってメアリーちゃんが考えているのだろうか。
 以前からメアリーちゃんが使っている魔法名は特殊だとは思っていた。けれど今までにない魔法は名前を付けて発動させるものだし、そういうものだと思ってはいた。
 その方面では黒兄やアプリコットちゃんと仲良くなれそうだね――というかなってるね、うん。





備考:それぞれの魔法(一部は143話「視線を感じている」にて使用)

光の勝利魔法エクス・カリバー
光魔法による高威力な光線攻撃。別に聖剣は使わない。
両手で放つ攻撃。メアリー曰く「この攻撃は片手で使うほど軽くはない」らしい。

炎風地混合上位魔法グラム
三属性が混じった石や鉄も容易く切り裂く高威力攻撃。
剣は別に使わない、ただの三属性が混じった攻撃。

地水Y・火風H・混合V・魔法H
四属性が混じった高威力攻撃。
「いと貴き唯一なる神」という意味らしいが、別に神様は関係ないただの四属性が混じった攻撃。

第七神聖蒼バルムンク
アプリコットに教わった炎と闇の魔法。
「ドラゴンを殺すことが出来る魔法である!」らしいが、実際に戦った事は無いので真偽は不明。

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