追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

おお、心の兄よ!(:淡黄)


View.クリームヒルト


「イテテ……走っていて開いたかなぁ……」

 ヌルっとした感触の液体が、私の腕に纏っていた。
 理由は先程のキメラと戦闘で、キメラの牙に肩を割かれたからである。
 血は多く出て、割かれたとは言うがちょっと無理をすれば動く程度の怪我だ。処置を特に問題はない。

「動くなクリームヒルト」
「アイタタタ、もう少し優しくっ! 他の傷口も開いたんだから!」
「生憎と俺は本職では無いのでな。痛みは我慢しろ。それにの傷はお前が原因だろう。医者の腕が良いのかあまり酷くはないがな」

 現にこうして森の中でリオン君に治療を受けているので、問題は無いだろう。本当だったら錬金魔法で薬でも造れば良いのだろうけど、生憎と材料が無い。
 本職では無いものの治癒魔法に関しても学を修めているリオン君だ。私がやるよりは遥かに優れた治療である。
 本来なら専攻して学び、適性が無いと応急手当より高度な治療は出来ないのだけど、それ以上を出来る辺り流石はリオン君、といった所か。
 というか今日は治療を受ける日だね。

「あはは、でもゴメンね、皆と逸れちゃって。私がもう少し早く対応できていれば……」
「気にするな。一番早く反応したのはお前であるし、広範囲攻撃と近くに居たモンスターを暴走させるなど予想は出来ん」

 私は治療を受けながら先程の戦闘について謝罪を口にするが、リオン君は特に気にはせずに治療を続ける。
 先程、死を覚悟した攻撃はメアリーちゃんとリオン君の攻撃で逸らされたが、次の瞬間には胴体が淡く光ったかと思うと唐突に爆発したのである。
 爆発と言っても自爆ではなく、体内に魔力を貯めて放出させたのがそう見えただけであろうが、ともかくその爆発で全員が吹っ飛ばされた後に、ダイアウルフやケルベロスといったモンスターが暴れ始めたのだ。シュバルツさんの言葉もむなしく暴れられた挙句キメラも無作為に攻撃していたのと私も含んで負傷者も出たため、一旦引いたのだ。

「……それに、謝るとしたら俺達の方だ」
「え、どうして?」
「お前の髪だが……」
「ああ、これ? あはは、このくらい大丈夫だよ」

 何故かリオン君が申し訳なさそうな表情をしたので、何故かと疑問に思ったがどうやら私の短くなった髪を言っているようだ。
 元々肩甲骨の下辺りまで伸ばしていた髪だが、今の私は首の根元に届くか届かないか程度になっている。
 切った理由は、先程のケルベロスの暴走によるものだ。
 意識の外に追いやっていたケルベロスに私が背後襲われ、首は避けたのだが髪に噛みつかれた。しかもそのまま離そうとしなかったので、私は手に持っていた短刀で髪を切り脱出したのである。

「俺達がもっと早く対応できていれば……」
「あはは、気にしないで。伸ばしていたのも別に思い入れがあった訳でも無いし、どうせまた伸びるから。冒険するなら邪魔になるし、丁度よかったんだよ! というかリオン君が責任を感じる事じゃないよ」
「……そうか」

 そもそも私が髪を伸ばしていたのなんて、“髪が伸びている方が女の子らしいから”なだけだ。
 髪が長くて綺麗なのは一般的な評価として女として良いものなので伸ばしていた。だから別に短くても問題はない。それにまた伸びるだろうし。
 あるいは思い返すとカサスの主人公と同じくらいの長さだとも思うから、強制力的ななにかで伸びていたのかもしれないが。
 ……それに前世みたいに黒兄に髪を褒められた訳でも無いからね。別に短くても良いだろう。

「まぁ責任を感じるなら、女の命である髪を守れなかったという事でお付き合いを――」
「それで付き合えてお前は満足するのか?」
「しないね。そもそも付き合った所で王族相手とか絶対に性に合わないし」
王族おれを前に言うのか……」
「あれでしょ? 互いに腹の内を見せ合わないドロドロとした、信じられる相手を常に見極め続けなければならない宮廷暮らしでしょ? 私だと多分手が出ると思う」
「お前の印象はそんなものなのか……全てを否定は出来ないが」

 贅沢な暮らしは出来るかもしれないが、その分不自由は有るだろう。私にとっての楽しい事はその不自由の中に存在するから、まず合わないだろうね。

「だが、軽口を叩く分には体調は問題無いようだな。そこの馬鹿と違ってな」
「…………」

 リオン君は手当てを終え私が腕を動かし、動きに問題ないことを確認していると、リオン君はそんな事を言いだす。
 対象は先程から警戒態勢でより不愛想なシャル君。

「シャル君治療は良いの?」
「……要らん。私はお前と違って大きな怪我もしていないからな。私が見ているから今の内に体調を整えておけ」

 私が声をかけるが、シャル君は警戒態勢を解かずに刀に手をかけたままだ。
 私達三名しか居ないので、治療中に警戒するのは間違ってはいないのだけど……

「…………」
「…………」
「…………」

 うん、気まずい。
 私にも分かるほどの気まずさだ。
 先程の戦闘では良い所があったメンバーは殆ど居ない。不意打ちな上に皆も良い所ないのだから気にする事ではないのだろうけど、シャル君にとってはさらに思いつめる要因にはなっているようだ。

「イケメンの両名に守られる私……ふ、中々に役得だね!」
「冗談を言っている場合か」

 場を和ませようとして、すぐ様否定された。
 無視しないだけマシなのだろうし、ツッコミ自体は間違っていないのだからなにも言えない。実際イケメンな両名に囲まれて守られるなんて滅多に無い経験だから、役得だとは思うのだけど……

「いつっ」
「ん、もしや治療が上手くいかなかったか?」

 どうしようかと悩んでいると、ふと痛みを覚えた。先程まで治療されていた場所とは違う所だ。
 この感じは……血が出てるかな。確認で動いたのでその際に開いたのかな?

「ううん、別の所っぽい。多分血が出てる」
「待ってろ、治療する。何処だ?」
「右胸。先っぽの方」
「………………消毒は自分で出来るか? 血さえ止めれば服の上からでも……」
「別に見れば良いよ。お見苦しい身体で悪いけどね」
「お前はもう少し恥じらいをだな……ああ、いや待て脱ぐな。あちら向いているからこの道具で血を止めたら言え」
「女子の裸くらい見慣れてそうなのに、照れるの?」
「仮に見慣れていたとしても、進んで見るものでは無いだろう。お前は異性なのだからな」

 まぁ見せびらかすモノでも無いし、見ないというのならば別に良いのだけど。
 ええと治療治療、と……あ、なんか痛いと思ったら牙少し入り込んでる。多分服の破れた隙間から入って刺さったんだろう……

「ところでクリームヒルト」
「どうしたのリオン君?」

 よし、持っている使っていない短刀を持って……切って、抉って――よし、取り出せた。

「あのキメラだが、お前はなにか知っているようであったが……」
黒神犬ヘルハウンドの牙。尾蛇竜神ウロボロスの頭。白神馬ペガサスの羽。蛇亀神アスピドケロンの身体。種族喰鬼オーガの足」
「……なにを……?」
「弱点は唯一神的要素の無い足だよ。ただ、生霊レイスの特徴を持つから攻撃そのものが当たらない場合もあるよ」

 後はこうして……よし、このやり方なら傷痕も残らないから大丈夫、と。あとは自分でも少し応急手当ての魔法をかけておこう。リオン君ばかりに魔力を使わせる訳にもいかないからね。

「何故そのような情報を知っている?」
「あはは、黒兄の屋敷の古い資料で似た特徴なのがあったんだよ。見た目の特徴があっていたから、そこまで間違っていないと思うよ。あ、もう大丈夫だよ。服も着たから」
「……そうか」

 私はあのキメラについて知っている事を言い、シャツを着てリオン君に大丈夫だと告げる。
 リオン君は私の説明にどこか訝し気ではあった。まぁあんなモンスターを知っていれば不思議にも思うだろう。一応なにを聞かれても誤魔化すようにはしておこう。

「大丈夫、黒兄も情報を知っているから、対処くらい出来るって! だから黒兄に応援を頼めばキメラくらい倒せるよ!」
「お前は兄を慕っているのだな」

 と思っていたが、違う所を質問された。

「……いや、この場合は心の兄……になるのだろうか。血の繋がりはない訳だからな」

 なんだろう、その「心の友よ!」的な繋がりは。
 間違ってはいないのかもしれないけど。

「え、なに。今世では血の繋がりが無いから、兄妹として慕っている感情を異性愛に変えて黒兄を狙う事に憚りは無い、とかそういう感じ? 狙え貴族の愛人! 的な」
「違う」
「生憎と血の繋がりは無くても黒兄は……うん、兄としてはともかく異性としては……」
「違うと言っているだろう。俺が言いたいのは……」

 俺が言いたいのは、なんだろう。
 そこで言葉を詰まらせるとなにか変な勘繰りをしてしまうのだけど……

「ま、ともかく兄というのもあるけど、血の繋がりはそこまで重要じゃ無いよ」
「……何故だ?」
「大事にしたいと思う人だから、大事にしている訳だからね。血の繋がりが無くても、私は黒兄の色んな所が好きだから大事にしたいだけだからね」

 例えば黒兄が作る服とか、一緒にゲームすると楽しい所とか、話すと面白い所とか。色々あるが、黒兄が好きなのは私の中では確かな事である。
 そもそも前世で私と黒兄を繋げていた血は嫌いな母のだけだった。
 血の繋がりを感謝するとあの母にも感謝しないと駄目なので、それが嫌なのもあるけど。

「…………」
「どうしたの?」
「いや、お前とクロ子爵は兄妹なのだと思っただけだ。……息子や妹が似た事を言うのだからな」

 息子? ……グレイ君の事だろうか。
 なにか似たような事を私は言ったのかな?
 それにしても黒兄は異性としては……うん、なんか違う。兄妹で付き合ったり愛を育むとかは世界には広いのであるだろうが、私はない。そもそも――

「マゼンタさんじゃあるまいし……」
「――なに?」

 あれ、マゼンタさんって誰だっけ。
 ふと思いついた名前であったのだが……む、なんでリオン君が奇妙な表情をしているのだろう。

「リオン、クリームヒルト。構えろ。……奇妙な気配がある」

 不思議に思ってはいたが、シャル君のその言葉で私達はすぐさま構えて警戒体制に移行する。
 私は気配……あの妙な感覚を思い出し、警戒する。そして……

「シャル君、右!」
「っ!」

 私が声を出したと同時に、キメラがシャル君の右側の木々の間から襲い掛かって来た。





備考
マゼンタ
マゼンタ髪紫目
四十四歳。
一児+二児の母。
共和国在住

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