追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

脅かすのならば


「……クリームヒルト?」

 ふと、嫌な気配を覚えた。
 虫の知らせ、とでも言うのだろうか。なにが嫌なのかと問われれば説明が難しいのだが、とにかくここに居てはいけないような、妙な感覚だ。
 妙な感覚を覚えたまま、外でヴェールさんと話し歩いていた歩を止め、方角的には温泉がある方へと視線を向ける。しかし当然と言うべきか変わった所は無く、曇りだしている空が見えるだけだ。

「どうかしたのかい、クロ君、ヴァイオレット君?」

 俺の様子……気が付けば俺と同じように窓の外を見ているヴァイオレットさんも含めた俺達の様子に疑問を持った、ヴェールさんが尋ねてくる。

「……いえ、失礼致しました。なにか音が聞こえた気がしたもので。ですが気のせいだったようです」
「そうかい? ヴァイオレット君も……」
「ええ、私も少々気になりまして……失礼しました」
「それは構わないのだけどね?」
「それで、話は戻しますが、今回の警戒態勢と調査は純粋な最近起きている状況に対する警戒です。調査隊がもう少しで来るとはいえ、警戒するに越した事は有りませんから」

 俺もヴァイオレットさんなにかあって見た訳では無かったので、先程までのようにシキを周りながらの会話を再開した。
 内容は警戒態勢を布いている事に関しての質問や、調査をしている事に関して。これはメアリーさんから先日の誘拐騒動の別れ際に教えて貰った“スノーホワイト・ナイト神父に関してのあの乙女ゲームカサスでの情報ルート”についてがあったから行っている警戒だ。
 警戒や調査に関しては、最近シキで起きている事に関しては軍部による調査が行われる位なので、別におかしい事ではないのでヴァイオレットさんも含め特に疑問は持たれていない。
 ヴェールさんとしてはなにか良からぬことを企んでの行動の可能性もあるので、立場上念のために調査をしている……という感じなのだろう。

「ふむ、それは分かったよ。すまないね、先程も言ったが妙な予言の書やモンスターの生息域の変異や暴走などによって私達も色々ピリピリしているんだよ」
「いえ、ヴェールさんの立場であれば当然の事ですから」

 先程の予言の書とはようは日本語で書かれたモノの事だ。それによれば王国に試練を与えるらしいのだから、思う事もあるのだろう。さらにはモンスターにも妙な動きがあるとなれば緊張もするだろう。多分封印モンスターの封印が弱まっている可能性があるのだろうし。
 ……でもこの状況でもシャトルーズの心配をしてシキに来ているあたりは息子思いなのだろうか。あるいは心配しているふりで別の目的を持っている可能性もあるが……出来れば前者だと思っておこう。

「……そういえばクロ君、私達と同じ子爵家になったのだっけ?」
「え? ええ、そうですね。私の兄がいつの間にか手を回していたみたいで」
「それはおめでとう、と言うべきかな。ともかく、私で良ければなにかアドバイスをしよう。子爵家には子爵家の苦労があるからね」
「はは、ありがとうございます」

 同じ子爵家とは言え、ヴェールさんの所は現騎士団長と大魔導士アークウィザードという夫妻であるから、子爵家の中でも相当上な立場なんだけど。あの乙女ゲームカサスだとルートによっては伯爵になるし、貢献を考えれば伯爵や辺境伯でもおかしくはない訳だからな……裏設定かなにかで動きやすいよう子爵になっている、というのがあった気もするが。

「アドバイスが必要な時は頼ります。貴族界ではあまり顔も広くなく嫌われている立場ですから。貴女のような味方が居るのならば頼もしい限りです」
「ま、私に出来る範囲では協力するよ。今現在息子も迷惑を掛けているからね……」

 それに関しては我が前世の妹も関与しているので強くは出れないのだが。
 先程もシャトルーズを探しに笑顔で去って行ったし……

――そういえば、なんでさっきはクリームヒルトの名を呟いたのだろう。

 ふと今の会話から、先程クリームヒルトの名を呟いた事を思い出す。
 あの時は何故かは分からないけど、気になったんだよな……ヴァイオレットさんもそうであったようだし。

「おや、あれは……?」

 歩いていると、ふとヴェールさんがなにかに気付いたかのように少し遠くを見る。
 俺達もそれにつられてヴェールさん視線の先を見る。そこに居たのは……

「神父様と……若い男女?」

 そこに居たのは、所用で出ていたはずの神父様と見知らぬ男女。
 男性は俺と同じくらいの身長の金髪碧眼で、俺より……ヴァイオレットさんより少し若い程度だろうか。
 女性は男性と同じ年齢程度の黒髪碧眼でフードを被っている。
 見えにくいが美男美女――あれ、男性の方は見た事ある気がする。けどなんだか顔を認識し辛い気がする……?

「彼もスミに置けないね。というやつなのかな?」
「いえ神父様はシアンと付き合ってばかりなので、それはないかと」
「……え、シアン君と? 本当かいヴァイオレット君?」
「ええ、馬車内で皆の前で熱烈なモノを。スカーレット殿下も祝福されていましたよ?」
「どういう状況だいそれは。……詳しく聞いても良いかい? あ、本人から聞いたほうが良いだろうか。ふふ、若い子の恋愛話は良いねぇ」
「えと、ヴェールさん?」

 ファーストキスすら皆の前で、無理矢理奪うような形で声高らかに告白をしたからな……と、ヴェールさんが意外と恋バナが好きなのじゃないかという妙な疑いはともかく、あの男女は誰だろうか?
 神父様が若い燕を囲うという事では無いだろうし……あれ、若い燕の使い方あってたっけ。

「ん……あ、クロにヴァイオレットと……ヴェールさんだったかな、こんにちは」

 声をかけようかどうか悩んでいると、神父様がこちらに気付いて話しかけて来た。
 俺達はそれに応じて礼をすると、若い男女も……多分こちらを見て、軽い礼をした。……いつぞやのローズ殿下の様な認識阻害の服を着ているのだろうか?

「こんにちは、神父様。そちらの方々は……」

 少し近付き、言葉を交えて挨拶をしようとすると――

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■』

 音と地響きが鳴り響いた。
 そして音と共に、白き光の様な光線が空に上がってやがて消えていく。

「今のはロボのマキシマム極限クラスター粉砕キャノン衝撃砲……機能が回復したのだろうか?」
「なんだいその面白ワードな技名」
「だが少し神々しいというか……妙な光の残滓があるな?」

 今の音に反応しヴェールさんはすぐに身構え、ヴァイオレットさんは白き光線の方を見て少々警戒しつつも自身の予想を立てる。
 他にも家から出て来る者であったり、目の前の女性の様に耳を抑えて恐怖したり、神父様が目を細めて魔法の跡を見たり。
 そして俺は――

「クロ殿、今の魔法は……クロ殿?」

 そして俺は今の光に対し、自分でも分かるほど嫌な汗をかいているのが分かった。
 手も震えているかもしれないし、顔も青ざめているかもしれない。

「――ヴァイオレットさん!」
「っ、どうした、クロ殿?」

 だけど今ここで立ち止まっている訳にもいかず、俺は最悪を予想してヴァイオレットさんの名前を呼ぶ。
 俺の言葉に男女は驚いたような反応を示すが、今は後回しだ。

「エメラルドかオーキッドを呼んで今の光の元へすぐに用意できる毒を持ってくるよう伝えてください! エメラルドの場合は毒だけ預かって誰かに運ばせてください!」
「わ、分かった!?」
「神父様は出来うる限り避難誘導と警戒態勢を布いてください! シアンやアプリコット、ロボ――は駄目ですから、とにかく強い奴らだけ集めて向かわせてください! 中途半端は……邪魔です!」
「りょ、了解したっ?」
「クロ殿……?」

 言葉は悪いが、あの光が俺の予想通りならば数を集めて攻めるのは逆効果であり、中途半端は邪魔になる。そもそも俺が邪魔になる可能性もあるのだが――アレの弱点を知っているのは、俺かクリームヒルト。あとメアリーさんくらいだ。
 あの光の所に居るとは限らないし、少しでも駆け付ける時間は早いほうが良い。

「ヴェールさん、申し訳ありませんが俺と一緒に今の光の方へ。今は戦力が少しでも多い方が助かります」
「……ふむ、よくは分からないが協力しよう。あくまでもヴェール個人としてね」
「ありがとうございます」

 大魔導士アークウィザードとしてではなく、あくまでも役職に縛られない形での協力。こういった気遣いは本当にありがたい。

「だが、何故そんなに慌てる。アレの正体に心当たりでも?」

 しかしヴェールさんは、行く前にこれだけは答えて欲しいとばかりに聞いて来る。
 恐らくは今周囲に居る皆が思っている事であり、周囲を代表して聞いているのだろう。ならば簡潔に答えるしかない。

「化物です」
「む?」
「アレは……大切な領民みんなを、脅かすただの化物です」

 場合によっては俺の大切な故郷であるシキを壊しかねるキッカケとなる、邪魔な存在だ。
 ……作られて苦しんでいるだろうキメラには悪いけど、排除しなくては。



「クロ殿……」

 俺がどうにかしようとヴェールさんと光の方へと走ると、ふとなにか寂しそうな声が聞こえた気がした。
 今までには無いなにかを心配するかのような声であった。

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