追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
一晩で駆け付けました
「あ、ど、どうも数日ぶりですクロさんにヴァイオレット。そしてクリームヒルト。な、仲が、よろしい、です、ね……ふぅー……」
「や、やっほー。うん、仲良いよ」
アゼリア学園の平民用の制服を着た、息も絶え絶えという珍しい状態のメアリーさんは、身体を前に倒して膝に手を置き、まさに全力疾走を続けたか後かのような息の整え方をしていた。
「とりあえず呼吸を整えてからで良いですよ」
「良ければこれを飲むか?」
「あ、ありがとう、ございます、いただきます」
ヴァイオレットさんが先程の模擬戦ようにと作っていた、飲料用ボトルに入れた、いわゆるスポーツドリンク的なモノを受け取っていた。
少し息を整えるとボトル口を傾け、少し飲んで再び息を整える作業に戻る。
とりあえずメアリーさんが休めるように日陰にでも移動しようかと考えていると――
「――殺気!」
殺気、もとい変態の気を感じた。
これは先日も感じた、どこかの音と香り好きな従者兄妹が隣町で別れ際に俺とヴァイオレットさんに向けていた気と同じ気であった。ようは変態の興味対象が俺に向いている感触……!
背後か、横か、正面からか、死角をついてか。俺は身構えて対処を――!
「残念、上だ」
「っ!?」
その変態は箒に乗って上空から現れた。
そういえばこの方、箒に乗って飛べるとかいうこの世界でもかなり珍しいことが出来るのであった。仮にも大魔導士だからな……!
だがやられるわけにはいかない、今回は
「なにを考えているか大体予想つくが、安心なさい。私とて所構わず欲情はしないよ。ああ、久しぶりだねヴァイオレット君、クリームヒルト君」
「え、ええと、お久しぶりですヴェールさん」
「久しぶりー」
今まで所構わず欲情していた変態がなにを言うか。というツッコミは抑えよう。
彼女達にとっては立派に職務をこなす美しきご婦人なんだ。ヴァイオレットさんは薄々感づいてはいるようだが。
「ところでメアリーさんと共に来られたんですか?」
「まぁ一緒に来たことは確かだけど……彼も一緒にね」
「彼?」
「あ、黒兄。多分彼の事だよ」
俺が疑問を持つと、クリームヒルトが指をさしていたのが見えたので、指をさした方向を見る。
するとそこには――
「ぜー、はー、……ふぅ、ふぅ――……追いつき、ましたよ、メアリー……! 貴女は、もう少し落ち着いてですね……!」
貴族用の制服を着たアッシュが居た。
彼も同じように息も絶え絶えである。だけどメアリーさん同様なんか絵になるような疲れ具合である。あとなんかアッシュの周りに特殊な風が吹いているような気がするが……ああ、風の精霊の風か。多分ベストコンディションを保っているのだろう。
「渡して良いでしょうか、ヴァイオレット……?」
「む? あ、ああ、構わないが……」
「ア、アッシュ君もどうぞー……飲みさしで悪いですけれど……」
「水……? あ、ありがたく、ちょうだいいたします……」
そして多少息を整えたメアリーさんが、先程受け取ったボトルを許可を得て渡し、アッシュは受け取って飲んでいた。
……間接キスで甘い雰囲気にはならないな。アッシュも余程疲れていると見える。
「で、なにがあったんです、ヴェールさん。ちなみに答えても身体は触らせません」
「私の事を分かってきているね、クロ君。まぁ今日は気分じゃないので触るつもりは無いが」
身体に興味を持たない気分の日があるなど、もしやこの方は偽物じゃなかろうか。
……いや、なんとなく理由は分かるのだが。シャトルーズの様子がおかしく、ヴァーミリオン殿下も来て、メアリーさん達と一緒に母親も来た。なにか思う所があるのだろう。
「まずメアリー君の状況を説明するならば……彼女達は、昨日の夕方から18時間くらいかけて隣町から走って来た」
『走って!?』
「あはは、だからこんな汗だくなんだー!」
俺だけではなく、ヴァイオレットさんも驚愕し、クリームヒルトは笑いながら錬金魔法でなにやら冷やせるものであったりタオルを汗を拭けるものであったりを作っていた。
というか走ってとは……通常の馬車だと隣町から大体一日はかかる。それを自らの足で行くとは……なにがあったのだろう。
「ほら、シキに行く馬車って少ないだろう?」
「そうですね」
わざわざ来たがる人は少ないので、バーントさんとアンバーさんが来た様な定期便的なモノは、行商を除けば二週間に一便とかである。
手配すれば別ではあるが、定期便は昨日着いたヴァーミリオン殿下が乗っていたものだからしばらく無い。
「それで偶々行商に向かう馬車も無い。手配しようとアッシュ君が言ったのだが、ちょっと時間を食うからね。待てないと言って走って来たんだよ。アッシュ君はそれを追いかけて一緒に走ったという訳さ。ちなみに学生服なのは昨日学園が終わり次第直接来たからだね」
「よくそれで来ましたね……というかヴェールさんが箒に乗せれば良かったのでは?」
「生憎とこれは一人乗りしか出来ないのだよ。そういった制約をかける事であの高機動を実現させている訳さ」
へぇ、そうなんだ。前世で見たような箒の後ろに捕まって飛ぶ……なんて事は出来ないのか。制約を掛けるというのはよく分からないが、いわゆる状況を限定して使う事で力を発揮する……的な感じだろうか。
……しかしそう考えると、ロボは複数で乗りながら同等以上の空に飛べるあたり、規格外なんだと実感するな。
「ま、想い人にここまでして貰えるなんて、息子も果報者だ。……ああ、それと、私が来た事は息子には内緒にしてくれ」
「分かりました」
そしてこんな感想を言う辺り、シキにヴェールさん達が来た理由はやはりシャトルーズ絡みか。
ヴァイオレットさんもそれを聞くと、クリームヒルトにいつの間にやら作った清潔なタオルを渡され、メアリーさんに渡して体調を心配し始めた。
クリームヒルトは……なんかチャンスがあるならアピールするぜ! 的な感じにアッシュを気を使っている。多分“男の子にアピールする”というのをやっているだけなんだろうな、アレ。
「時に聞きたい事があるのだが、良いかな?」
「はい、なんでしょう」
俺がこれから食堂でもあるレインボーにでも行って、まずは話を聞いたほうが良いかシャトルーズ達にまだ会わせないように別の所に行ったほうが良いか悩んでいると、ヴェールさんが少々小声で俺に話しかけてくる。
……ヴァイオレットさん達に聞かれたくない事だろうか? そう思いつつ俺も倣って周囲に気付かれぬように声を潜める。
「――いつもよりシキの警戒態勢が強かった気がするが、なにかあったのかな?」
そして、そんな事を聞いて来た。
先程まで若い子を見守るような母親かつ保護者めいた表情であったが、今は王国直属の魔道研究兼実働部門総括の大魔導士な表情だ。
「最近飛翔小竜種被害とか、誘拐騒動がありましたからね。それに伴って警戒態勢を強めているだけですよ」
「そうかい。それでシュバルツ君を呼んだり、外側の警戒の他に、点々としながら調査も行ったりしている訳か。うんうん、警戒はするに越した事はないだろうね――地質の調査も大切さ」
……本当にこの方は鋭い方だな。
面倒なくらいに鋭い。話を逸らしたいところだが……ちょっと難しいが。
「腕を触らせますから、少し話変えません?」
「ふ、その手に乗るとでも思うかい? 今日は気分じゃ無いと言っただろう?」
「そう言いながら既に触っていますよ」
「――ハッ!? いつの間に……まさか空気中に魅力があって私はそれを吸引した……!?」
「俺の身体は阿片じゃないんですよ」
俺が少し腕の服をめくって差し出すと、思いの外簡単に話はそらせた。
……でもこの方法は根本は解決はしないし、ヴァイオレットさんにも悪いし止めておこうと思う。
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