追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
黒で白な兄妹の共通認識
『「という事は私があの乙女ゲーム……カサスの主人公なの?」』
俺はクリームヒルトを運びつつ、そして怪我の治療をしながらあの乙女ゲームにおける主人公の役割のポジションはメアリーさんではなくクリームヒルトである事を説明をした。
『「そうだ。というかスチルとかの絵とメアリーさんは、外見も大分違っただろう?」』
『「……そういえば背は低かった気がするけど……私がこの世界がカサスだって自覚したのって結構遅かったし、その頃には大分忘れていたからなぁ……ストーリーとかは覚えているんだけど、メアリーちゃんと私って髪色もほとんど一緒だし、メアリーちゃんは殿下とか侍らせているし、それに……」』
『「ようはカサスと現実は違う、程度の認識だった訳か」』
『「そういう事。錬金魔法も二人使えている時点で少し違うと思っていたからね。あ、いつつ……」』
『「大丈夫か?」』
説明をしながら傷を見て貰っていると、クリームヒルトが少々痛そうな表情をしたので心配をする。見ると腕に治療しているアイボリーが傷口にクリームヒルトが塗った者とは違う薬を塗っていた。
「なにを話しているかよく分からんが、少し大人しくしろ」
「はーい先生ー。というか目の前謎言語を話される事は良いの?」
「興味ない。内緒にしたければ内緒にしていろ」
普通であれば目の前で自分の知らない言語で話される事は不安や不満に思う事が多いのだが、アイボリーは特に気にしている様子も無かった。
治療はそんなに時間はかからないだろうが、中途半端に話を切りたくなかったので、特に気にしなかったり、内緒にしたいという事は伝わったりと、アイボリーの性格に感謝である。
「それよりも刀傷という傷を診れているのだ。言語なんぞどうでも良い事に気を使ってられるか。ハァ、ハァ……!」
「おお、黒兄。私、男の人に身体を見られて興奮されてる。いけるって事?」
「違う。いけたとしてもいくな」
……うん、これがあるから良くもあるし悪くもあるのだが。
『「でも私があの世界の主人公かー……」』
『「気付かなかったのか?」』
『「いや、思い浮かばなかったよ。それに“私はこの世界の主人公なんだぜ!”とかいう人どう思う?」』
『「……近寄りたくないな」』
『「でしょ?」』
仮に事実だとしても、自覚を持って行動している時点でなにかが違うだろう。
なんか乙女ゲーム転生物であるような、主人公(元転生者)がイケメン侍らせようとしたらちょっとしたことで失敗して破滅する系のヤツに思えてしまう。
『「ええと、じゃあ私は主人公っぽい事をすれば良いの? なに、伝説の竜を倒して平民出身の女王になったり、聖女になって世界を救えば良いの?」』
『「そんな事したいのか?」』
『「世界を救えるって事が、私に可能ならするけど、出来ればしたくない。世界救う暇があったら目の前の世界を救いたい。でもだとしたら……呪われた魔眼を防ぐために眼帯とかしたり、アプリコットちゃんみたいな包帯とか巻いたほうが良い?」』
『「やめい。あのゲームそういう系じゃ無いだろう」』
『「じゃあ眼鏡かけよーっと。視力が悪くないのにかけてた頃があった昔の黒兄みたいに」』
「ごふっ」
クリームヒルトの言葉に予想外のダメージが入った。
なんだろう、これ。つい先日アプリコットに対して同じようなダメージを受けたシチュエーションがあった気がする。
『「……なんの事だ」』
『「ほら、専門学校生の時の黒兄、伊達眼鏡かけてた頃あったでしょ?」』
『「ああ、結局はやめたが縫う時に集中するためにな」』
『「そうは言ってたけど、あれ本当は眼鏡をかけていないと“物事の死が線となって見える”から、それを封じるために眼鏡をかけて――」』
『「よし、それ以上は止めろ。後でなんか奢るから」』
『「なんか分からないけどやった!」』
「動くな治療出来ないだろうが」
「あはは、はーい」
うん、あったよそんな事も。好きな作品の過去作品という事でやって真似したくなったんだよ。
「集中をするために眼鏡をかける」事は周囲から見てもおかしい事ではない間な行動だと思ったから、イケると思ってやってたんだよ。
白が居なくて料理を作る時に、こっそり包丁を持ち、構えながら眼鏡を外して魚を適当に斬って「死の線を切った……!」とかやってたんだよ。他にも短めの革ジャンパーとかこっそり作って着てたよ。
……思い返すのはよそう。思い出してしまうと今すぐ叫び走り出すかヴァイオレットさんの母性に甘えたくなってしまう。
『「でも私が乙女ゲームの主人公かー……あの皆と結ばれる可能性が有ったんだー」』
『「なんだ、結ばれなくて後悔しているのか?」』
『「別に。シルバ君やエクル先輩はちょっと惜しいかなーって思うけど」』
シルバもイケメンではあるけど、同じ平民で気が楽とかそんな感じだろうか。
エクルもイケメンだが……誰にでも優しく接する闇を抱えていないキャラだからな。学園では優秀だが私生活ではズボラな面もある、とか辺りがクリームヒルトにとっては良いのかもしれない。
『「ま、今は攻略対象の皆、メアリーちゃんを好いているからね。メアリーちゃんとも友達だし、奪おうとは思わないよ。……まぁそれに今更主人公をやりたいとか思わないけどね。あのゲーム関わったら割と死ぬし――あれ?」』
『「どうした?」』
クリームヒルトは治療の仕上げを受けつつ、なにかに気付いたかのような表情になる。
『「私が本来なら主人公の立場だけど、メアリーちゃんが今その立場の様になっていて、でもあの乙女ゲームのストーリーのような進みがあって……あれ、メアリーちゃんって……」』
『「ん? ああ、そういえば知らなかったのか。メアリーさんはあの乙女ゲームを知っている転生者だぞ」』
『「マジで!?」』
「動くな騒ぐな医者の言う事を聞け」
「ぐっほぅ!? ……はぁい」
アイボリーの締め上げ(包帯を結ぶ)を受け、クリームヒルトはなんだか女の子らしくない声をあげていた。
……そういえば転生者云々はハッキリと言っていなかった気もするな。話そうとしたけど色々あって話せずじまいだったし。
『「そっかー。だから微妙に挙動がおかしかったのかー。でも……そうかー……もしかして学園祭以降にメアリーちゃんの様子が変わったのって、黒兄と接したから?」』
『「まぁそうなるな」』
『「ふーん、そっか……黒兄、ありがとね」』
『「急にどうした?」』
『「べっつにー」』
『「?」』
『「それにしてもこれから大変だね。あの神父様がここに居るという事は――あ、治療終わったみたい」』
納得したような挙動を取ると、次は感謝の言葉を言いだした。
何故急に感謝の言葉を言ったのだろうか。良くは分からないが……と、治療も終わったか。アイボリーの治療を受けたのだ、これで傷が残る事は無いだろう。
「痛みはないか?」
「うん、大丈夫だよー」
「そうか。さて、治療は完了だ。後はそこの後ろに居る健康な駄目患者を引き取って帰れ」
「え?」
アイボリーは傷が見えなくなっている事に明らかに意気は消沈し、包帯の結び目を確認すると、俺達の後ろをさしてよく分からない事を言い出す。
俺達は後ろを振り向くと――
「あ、ヴァイオレットちゃん」
そこにはヴァイオレットさんが居た。少し空いた扉の隙間から、こちらを見ていた。
どうやら話に夢中で気が付かなかったようである。
「どうしたのー、ヴァイオレットちゃん?」
「いや、その……大丈夫かと思い様子を見たくてな。アイボリーの腕は信じてはいるが、やはり痛みはないかと不安にもなる」
「あはは、ありがとう!」
「…………」
「? どうしたのでしょう、ヴァイオレットさん?」
クリームヒルトが問いかけると、ヴァイオレットさんは診療室の中に入って来る。
理由は特に疑問を持つべき事では無いが、様子が少しおかしい――あ、先程まで部屋の様子を見ていたわけだし、変に思われたのかもしれない。日本語で話していたからな。
アイボリーは気にしなくても、ヴァイオレットさんは気にしているのかも――
「……クロ殿、クリームヒルト。私に……日本語を教えて欲しい」
『え?』
そう思っていると、ヴァイオレットさんは俺達にお願いをして来た。
日本語を教えて欲しい……? 急にどうしたのだろうか。この世界では使えないから、覚えた所で意味は無いと思うのだが。
「何故急にそのような事を? 覚えてもあまり意味は無いと思いますが……」
「あはは、それにこの言語世界一難しいとか言われてた言葉だし、覚えるのは難しいと思うよ?」
「……それでも、教えて欲しい」
俺達は一応やんわりとやめたほうが良いと言うが、それでもヴァイオレットさんは教えて欲しいと懇願してくる。
何故そこまで教えて欲しいのだろうか? 理由だけは知ったほうが良い。なにせ下手に日本語を覚えた場合、仮面の男に変に目をつけられるかも――
「……羨ましい」
『えっ』
「クロ殿とクリームヒルトが想い合って、周囲にバレないよう共通の符号を使って話しているようで羨ましい……!」
なんだか可愛らしい嫉妬心を出してきた。
要はアレか。俺達が秘密の会話をして分かり合っている感が羨ましかったのか。
……なんだこの嫁可愛いが過ぎる。
『「ヒュー! あのゲームじゃ悪役令嬢だったのに、今じゃ可愛らしい嫁さんだね! 羨ましいし果報者だね!」』
『「はは、羨ましいか白!」』
『「さっさと結婚しなよ! あ、してたね!」』
「あ、ゲームとビャクというのは聞き取れたがまたその言語か! ワザとなのか!」
『イグザクトリー!!』
「その通り……いや、もしやそう聞こえるだけで今のは日本語なのか……!?」
いえ、日本語ではありません。だけど可愛いのでもう少しだけこの反応を楽しもう。
あまりやり過ぎると拗ねられるので、ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ……!
「さっさと帰れ健康な駄目患者共」
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