追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

根本的な思い違い


「それは……」

 クリームヒルトの問いに対し、シャトルーズは逡巡して言葉に詰まり間を開けると、

「……当然だ。私にとっては戦いの強さとは誇りであるからな」

 という回答を真っ直ぐな視線で返した。

「お前が今言った強さも大切なんだろう。だが私にとっては戦闘における強さとは誇りだ。戦いで強くある事で、お前が言う別の強さを持つ者達を守る事が私にとっては“強い”在り方なんだ」
「…………」
「だからこそ強さを無くし弱い自身を恥じている。恥を忘れては、それは誇りではないからな」

 不器用だが真っ直ぐで。己の中にある誇りを再確認するかのようにシャトルーズは言う。
 それこそが己の在り方であり、それを忘れてはならない事だと言うように。
 血に塗れた手で問いかけるクリームヒルトに怯む事無く。真っすぐに。

「あはは、だから強くあろうとしているの? 守りたかった存在の傍から離れても?」
「……そうだ。今の私が近くに居ても意味が無いからな。……だからこそ、それを嘲るようなお前の――」
「そこまでにしておけ、シャル」

 シャトルーズは手を払いのけ血を袖で拭い、言葉をさらに続けようとした所でいつの間に近付いていたヴァーミリオン殿下に言葉を止められた。
 異質な緊張感の中に割って入る事に、周囲の皆は息を飲んで見守る。

「一時的な感情で思いついた言葉を言うだけになると、それ以上の言葉は言いたくない事も言う羽目になる。一旦頭を冷やして来い」
「……そうだな」
「クリームヒルトもやり過ぎだ。シャルの気持ちを奮い立たせるにしても、もう少し別のやり方でやる事だ」
「……あはは、そうだね!」

 両者の行動の原理をどちらも理解できているであろうヴァーミリオン殿下は、その有無を言わさぬ言葉でその場を鎮めることに成功した。
 ただこの場で鎮める事は出来ても、根本的な解決にはなっていない。だがこれ以上続けても関係悪化に繋がるだけであるので、ヴァーミリオン殿下の行動は間違っては無いだろう。

「でも最後に聞かせて、シャル君」
「……なんだ」

 シャトルーズはクリームヒルトに背を向けて立ち去ろうとする中、呼び止める。
 一瞬ヴァーミリオン殿下が複雑そうな表情をしていたが、特に割り込む事は無いようだ。
 そして振り返らないシャトルーズに対し、クリームヒルトは問いかけた。

「才能の差っていう壁に当たっても、強さを求める?」
「……当然だ」

 問いに対し振り返ることなく答えたシャトルーズは、そのまま宿屋の方角へと去って行った。
 ヴァーミリオン殿下は周囲に軽い謝罪をした後、俺の方を向いてなにやらアイコンタクトをした後、シャトルーズが去っていた方向と同じ方向へと去って行った。
 ……こっちのフォローは任せる、と言いたいのか。

「クロ殿、私達は――クロ殿?」

 よし、フォローを任されたからには精一杯フォローをしよう。
 先程手は解したし、元々運動後で身体も温まっていた。なにやら麗しき声が聞こえるのでそちらの方を向く。
 ……さて。

「ちょっくら行ってきます」
「え、クロ殿――クロ殿!?」

 叫んでいたヴァイオレットさんの声を背にし、俺の脚力を持って現在出せる最高速度でクリームヒルトに近付く。そして、

「ようクリームヒルト、失敗したな」
「あはは、無理だったよ黒兄。あと痛い痛い。私怪我人」

 一先ず掴みやすい所にあるクリームヒルトの頭を掴み、ギリギリと締め上げた。一応怪我をしないように配慮はしているが、相変わらず笑顔で痛いというので本当に痛いかどうかは分かりにくい。ビャクであれば分かったのかもしれないが。

「無理だったよ。しゃねえ。任せてと言う表情はなんだったとか、危険な事してんじゃねぇとか色々言いたい事は有るが。とりあえず怪我を治すぞ」
「大丈夫、だいじょーぶ! 血も止まったし後は自然治癒で行ける!」
「なにがあるか分からんから診てもらえ。ほら、行くぞ」
「錬金魔法の薬で治したし大した傷でもないんだけどー。私の魔法と避ける腕を信じられない?」
「信じてはいるが出来る事はして貰え。お前にとっては大した事なくても、俺にとっては大切な妹の身体なんだから心配なんだ。今は血の繋がりが無くともな」
「……そっか、ありがとう。でも気遣いの割に運び方雑じゃない?」
「お米様抱っこだ、喜べ」
「そこは姫にしてよ」

 体格的にはお気軽に運べるので姫様抱っこでも良いが、クリームヒルトを姫扱いをするのはなんか嫌だ。エクルのイベントスチルじゃあるまいし、俺がやっても絵になる所かシアンに絶対揶揄われる。
 それにするのならばヴァイオレットさん相手が良い。こう、誘拐の時のように身近に体温を感じる密着度で、簡単に持てるような軽さで……

「実はさ、私って爆弾魔ボマーって渾名なんだよね」
「急にどうした。ていうか知ってる」
「だからリア充爆発しろ、って実際にぶつりで出来ると思うんだ。兄に対してもね」
「なんか知らんがやめろ」

 よく分からんがコイツだと本当にやりかねない。
 ……思い返せば、コイツが錬金魔法で爆弾を多く作るのって元々の特性かなにかなのだろうか。
 錬金魔法自体はあの乙女ゲームカサスの設定が才能として成り立っているような……いわゆる舞台の一部的なモノであったとしてもおかしく無いし、コイツならば素で学習してもおかしくはない。実際一度聞いた時はよく分からない感覚派であったし、ビャクの頃も感覚で色々と熟す天才肌であったし。
 それはともかくとしても、爆弾を作るのが多いのは……もしかして破滅願望でもあるんじゃないだろうな。爆発して無に帰す的な。
 ……そうでは無いと信じたい。クリームヒルトだって今世で色々な成長を――

『「……なぁ、聞きたい事があるんだが」』

 アイボリーの所へ運びながら色々と考えていると、ふと気になる事が出来て日本語で問いかける。
 あまり内容を知られたくないので日本語で。これなら聞かれても大丈夫だろう。

「んー? あ、日本語か、懐かしい。ちょっと待ってね。あーべーせーいーあーるーさんーすー」

 コイツはなにを話そうとしているんだ。

『「よし、大丈夫や。久しぶりたから不安なんやけど発音あっとるけ?」』
『「その訛りはワザとだな。……それで、聞きたいんだが……お前ってもしかして……」』
『「なにー?」』
『「シャトルーズの事が好きなのか?」』
『「ゴホッ!?」』

 俺が疑問に思っている事を問いかけると、クリームヒルトが思い切り咳き込んだ。こんな風に慌てるという事はやはり図星なのだろうか。

『「……一応聞くけど、なんで?」』
『「いや、さっきのやつってお前なりにシャトルーズに発破をかけようとしたのだろう?」』
『「まぁそうだね。失敗したけど」』
『「お前がそこまでやるなんて、シャトルーズの事気になっているのかなって思ってさ」』
『「私にとっても友達だからやっただけだよ。男女の友情を否定するの黒兄?」』
『「なんだ、違うのか。お前も恋でもしたのかと思って兄としてちょっと期待したんだが……」』
『「違うよ。っていうか私がイケメン苦手なの知っているでしょ」』
『「そうだが、好みも変わるもんだからさ」』

 そういえば前世で言ってたな。「イケメンは見たり眺めたりヒャッホー! する分には良いけど、恋人としてはなぁ……」って。
 嫌いと言う訳では無いのだが、恋人のような近くな存在になるには複雑イヤらしい。そんなイケメンが近くに居ても気が休まらない上に、それに見合う外見モノを有している訳でも無いので、不釣り合いだと思うし精々妄想止まりだと言っていたな。
 兄視点びいきで見てもビャクは綺麗ではあったと思うんだが。高身長のモデル体型だったし。

『「だから別にシャル君を異性として意識してるとかじゃないよ。綺麗で相思相愛のお嫁さんを貰ってる黒兄と違って、私は絶賛恋活中だよ。相手すら当てがないよ」』
『「はっ、羨ましいか」』
『「うわムカつく。てい、てい」』
『「ふん、その程度痛くも痒くも無いわ」』
『「爆弾ツッコもうかな」』
『「おいコラやめろ」』
『「あはは、冗談だよ。……でもやっぱ駄目かー」』
『「ん、どうした?」』

 俺がドヤ顔をし、クリームヒルトが脇腹をどついているとふと気になる事を呟いた。
 どうしたのかと思いスピードを緩めて問いかけると、クリームヒルトは顎に手を当てて「むむむ」とでも言いそうな表情でいた。

『「やっぱメアリーちゃんみたいに上手くいかないな、と思ってさ」』
『「さっきのシャトルーズへの言葉か? まぁ言葉選びがらしくないとは思ったが、やっぱりカサスの言葉を使ったよな」』

 強さを求めるのはなんでとか、らしくない。
 ……まぁ血に塗れた手で迫るとかやっていたら意味が無いか。状況的にはモンスターに襲われて主人公ヒロインを守れず、怪我をした時に強さの定義が分からなり思い悩んだ時の問いかけであったはずだから血に塗れていてもおかしくはないけど……あんな状況で問われても同じようにはならないだろう。
 仮に主人公ヒロインと同じ外見とかしていても……

『「やっぱり私がマネをしても、主人公のメアリーちゃんのように上手くいかないって事かー。いいなあれ、主人公補正的な感じかな?」』
『「ん?」』
『「え?」』

 ……ん、今なにかおかしかったような……?

『「主人公補正ってなんだ?」』
『「ほら、この世界ってカサスと似た世界でしょ? あのゲームと似たようなキャラが居るし。生きてはいるけどね」』
『「うん、まぁな」』
『「黒兄のお嫁さんのヴァイオレットちゃん至ってはあのゲームでは悪役でしょ。全然違うと思うほど調きょ――優しく変わってるけど」』

 調教言おうとしたな。
 俺をなんだと思っているのだろうか。あるいは冗談なんだろうか。

『「で、メアリーちゃんってカサスでの主人公でしょ? ほら、私と同じで錬金魔法を使う女の子だし、攻略対象の男の子と良い感じだしさ」』
『「えっ」』
『「あれ?」』

 ……もしかしてクリームヒルトのやつ、根本的な勘違いをしている?


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