追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
相乗りと移動と到着と気遣い(:?)
View.――――
「…………」
「…………」
無言の時が流れていた。
場所は小さめのシキという地に行く馬車の中。
居るのは俺と、今日学園をやめようとしていたシャトルーズという男。
他には誰も居ないのだが、この男は俺と目を合わせようともしない。無関係であるから視線を合わせないのでなく、単純に俺という存在が気まずいからこの男は目を逸らしているのだ。
「……ひとつ尋ねても良いか」
「なんだろうか」
そして馬車が町を離れ、平坦な道で揺れも少なくなった時。視線を合わせずにこの偏屈な男は俺に声をかけて来た。
俺も特に視線を向ける事無くかけている眼鏡を指で上げ掛け直し、先程街で買った本を読みながら返事をした。
「何故お前がここに居る」
「俺は冒険者であるからな。ようは住所不定だ。何処に居ても不思議ではあるまい」
「…………」
俺の言葉に頑固な男は腹立たしいかのように目頭を押さえた後、今度は俺の方を見て問いかけて来た。
「何故王族のお前が居ると聞いているんだ、ヴァーミリオン」
「誰だそれは。俺はしがないチリメンドンヤの冒険者リオンだ。ほら見ろ。瞳も王族特有の紫ではなく、赤色だろう?」
俺の答えに頭の固い男――シャルは頭に手を当てて「ええいっ!」と言って髪を軽く掻く。俺の発言にイラついているのだろう。
俺は特に気にする事無く読んでいるページをめくる。……普段読まないジャンルではあるが、意外と面白いな。
「チリメンドンヤなのか冒険者なのかはっきりしろ」
「チリメンドンヤとはなんだ?」
「お前が名乗ったのだろうが!」
「さて、俺の愛しき女が、王族という身分を隠すのに最適な名乗りと言っていたものでな。詳しくは知らん」
「王族と言っているではないか……!」
「おっとこれはうっかり。ハチベエになったようだ」
「ハチベエとはなんだ」
「ハチベエとはなんだ?」
「お前が言っているのだろうが!」
「やかましい、立ち上がるな。御者に迷惑だろう」
俺がそう言うと、シャルはなんと言えばいいか分からないような表情をした後、荒々しく座ったのであった。
メアリー関連を除いてだと、コイツにしては珍しく感情を昂らせているな。俺がそうさせているのだが。
「……何故ここに来た。学園は明日からもあるだろうが」
シャルはしばらく間を置くと、馬車から見える外の風景を見ながら聞いて来た。
俺はそれに対して本のページをめくる。……ふむ、作者が同じだから今度買うとメアリーが読むのを楽しみにしていたが、面白いな。
「今度ある調査の前調査だ。姉さんと弟。そして同級生が連絡はしたが、やはり調査をする元となった地であるからな。事前調査は何度もするに越した事は無い」
「だからと言って護衛もつけずに、王族であるお前が赴くなど……」
「王族とは誰かは分からんが、護衛ならば側に居るだろう。幼馴染兼同級生の現騎士団長子息が。それともその子息は護衛も無しに王族と思い込んでいる男を放り出す様な無責任な男なのか?」
「ぐっ……!」
シャルは学園をやめようとしているとはいえ、カルヴィン家を出た訳では無い。立場上去る訳にもいかないだろう。例え馬車が出る寸前に身を隠した俺が乗り込んで、出た後に俺の正体に気付いた、などという状況でも。
「……後は、何処かの幼馴染の馬鹿な誰かが学園をやめるなどと言ったからな。話し合うために来た訳だ」
「…………」
とは言え、俺個人としての本来の目的はこちらだがな。
ヴェールお――ヴェール氏が退学ではなく、休学扱いにしているそうではあるので正確にはやめてはいないのだが。
「それで子爵家の子息のためにここまで来ている訳か。大層な事だな。王族がそんな個を特別視して良いのか」
「生憎と身分が関係無い立場で来ているものでな」
「……アイツを射止めるのに、俺が居ない方が良いだろう」
「お前が居てもいなくても、メアリーを妃とするのは俺だ。それに居た方が仏頂面のお前の悔しがる姿を見れる楽しみも増えそうだ」
「俺は撤回するつもりは無い。数少ない――」
「誇りをクリームヒルトという存在に負け、クロという存在との戦闘を見てズタズタにされたからか」
「……そうだ」
シャルは俺の言葉に小さくだが唇を噛み締めた。
……あの戦闘は相当堪来ているようだな。俺やアッシュ達は魔法をすべて出し切っていないとは言え、シャルは明確な技量差を見せつけられた。……だが。
「……俺とてあの場では本気を出した。傷を付けないようにとは言え、魔法を解かれたんだ」
「…………」
「同じ屈辱を味わったからこそ話せる事も有る。それに今の俺はお前の幼馴染として、学園から離れないようにと願い、ここに居る訳だからな」
「……だが」
「言いたい事があればいつでも言え。時間が居るなら使え。今は余裕があるからな」
「…………」
俺がそう言いつつ本のページをめくり、シャルはなにも言わずに外を見た。
なにも言わずただ馬車が動く音だけがこの場を満たしている。
「それにシキとは特殊な場だ。件のクリームヒルトの……前世の兄だったというクロ子爵もいる。悩みがあるならば聞いて貰うのも良いかもしれないぞ。特殊な生い立ちや生活をしているもの相手だと、思いもよらぬ答えが返って来るかもしれん」
「アイツらに、か……」
「そうだ」
シキは妙な連中が集まっていると聞く。
俺が出会ったのはクロ・ハートフィールドの夫婦と息子を除けば、シアンというシスター。後輩となるアプリコット、神父、若き薬剤師くらいか。
シスターは格好が妙ではあり荒っぽかったが、学園祭で見た限りは基本は敬虔たる優しきシスターだ。
アプリコットは言動こそ奇天烈だが、魔法の腕は確かで気配りの出来る少女だ。
神父と薬剤師はあまり接していないが……神父は心優しき方だと思われるし、薬剤師はスカーレット姉さんも認める方と聞く。ならばそう奇妙では無いのだろう。
……後はロボ、と呼ばれた奇妙な存在が居たな。学園祭の終わりに会ったが、あれは未だによく分からない。分かっては駄目な気もするが。あの存在がシキの噂の大部分を占めているのではなかろうか。
「……変わった者達と話すと、変わった回答が返ってきそうだがな……」
「とはいえ、一部変わってる連中はいても所詮は噂だろう。俺が知っているシキの皆々のような、あの程度の“妙”ならば、別段気にする事でもない」
「うむ……そう、だな……」
だが何故かシャルは俺の言葉に曖昧な返事で目を逸らしていた。
……なにあるのだろうか? そういえばシャルは調査でシキに訪れたことがあったな。なにか知っているのかもしれないが……自身の目で見た方が良いだろう。
シャル以外にメアリーやアッシュ、シルバにクリームヒルト。スカーレット姉さんにルーシュ兄さんも以前シキには行ったようだが――む、確かルーシュ兄さんの想い人がシキに居ると聞いたな。確か名前は……ロボだったか。
――……ロボ?
……なんだろう、嫌な予感はする。い、いや、確定はしていない。
将来の義姉になるかもしれない女性だ。聞けば平民とも聞く。こういってはなんだが、メアリーと婚姻を結ぶ際に同じ立場のルーシュ兄さんに協力を仰ぐためにも、ルーシュ兄さんの想い人の詳細はクロ男爵、もといクロ子爵に聞いてからにしよう
…………大丈夫か、と思うのは気のせいと思おう。
◆
シキに向かう途中にある野営所で一晩過ごし、シキに着いたのは昼過ぎであった。
「ほほう、ここがシキか。来る前の様子で分かってはいたが自然に溢れた良い場所だな」
「……そうだな。まずは宿泊場の確保と、食事でも摂るか」
「? だな、朝食も簡易であったからな」
俺は周囲を見渡しつつ感想を言うと、シャルは何故か“ああ、こいつも俺達のように……”と言った表情で俺を見ていた。何故だろうか。
そういえば以前、シキに行ったというシルバの奴にも同じ視線を向けていたような気がするが……
「シャトルーズ様に……ヴァーミリオン様?」
と、俺が何故そのような視線を向けるのかと疑問を言おうとした所で、俺達の名前を呼ばれた。
瞳の色を変え、簡易的とはいえ変装もしているので以前からの知り合いでも無ければ俺の名は分からぬはずだと思い、呼びかけられた方を向くと――
「グレイ・ハートフィールドか」
「はい。お名前を憶えて下さり光栄です」
そこに居たのは学園祭や試験、誘拐騒動の時にも会ったグレイという少年。子供ながらクロ子爵の秘書のような事をしているが、懐いているヴァイオレットを捨てたとして、俺に対しての敵意を隠しきれていなかった少年である。
そして学園長直々に推薦を貰い、来年度から俺達の後輩にもなる。この少年なら俺を見て気付いてもおかしくはないか。そして様子を見る限りでは、独りで居るようなので仕事の使いか……遊びに行く所だろうか。
「ヴァーミリオン様、シャトルーズ様。此度はシキになにか御用でしょうか。事前の連絡は無かったと思われますが……」
「急な来訪ですまない。あと、個人的な用もあるから俺は王族としてではなく冒険者のリオンとして扱ってくれ」
「畏まりました、リオン様」
俺がそう言うと、グレイは丁寧に頭を下げる。
……仕草がどことなくヴァイオレットを彷彿とさせるな。教わっているのではなく、参考にしていると言った所か。相当慕っているようである。
「それと聞きたいのだが、クロ子爵と会いたいのだが……在宅中だろうか」
「ええと……」
俺が尋ねると、グレイは先程までの落ち着いた表情が崩れ、戸惑いを隠しきれていない表情になる。こういった所は年齢相応である。
それにしても居ないのならば居ないと言えば良いので、戸惑うという事はなにか言い辛い事があるのだろうか?
「話しにくい事ならば無理には聞かん。答えに詰まるようならば、目上だからと言って嘘は良くないと悩んで無理に事実を伝えようにしなくて良い」
「いえ、話しにくいという訳では無いのです。申し訳ありません、どう表現してよいか分からず……」
「どういう意味だ?」
内容自体は言っても良いが、言葉選びに悩んでいる……のだろうか。
本来であれば適当に話題でも逸らすべきなのだろうが、このグレイは遠回しに言うよりは素直に教えた方が勉強になるものだと思い、その事を口にする。
それにグレイは今年学園に入学して場合によっては生徒会に入ると聞いている。今後接しておくのならば、話して性格を把握しても損は無いだろうと思い俺は問う。
「ああ、そうです。丁度良い表現を思い出しました」
「ほう?」
グレイはなにか良い表現を思いついたような無垢な表情になると、
「クロ様はヴァイオレット様の欲を満たすために、お腹を膨らませている行為を行っているのです」
と、言った。
『…………』
ヴァイオレットの欲を満たすため、お腹を膨らませる行為を行う。
……そうだな。特におかしな事ではない。アイツらは夫婦であるし、跡継ぎは大切だ。
「つまりお前は……今はヴァイ――両親に気を使って屋敷から出ている訳か」
「はい。私めに内緒に出来ていると思われているようなので」
ヴァイオレットよ。この純粋そうな息子に気を使われているぞ。もう少し上手く隠すべきだ。
「そうか。……それが終わるまで待っていたほうが良いか。すまないが宿屋の場所を教えて貰えるだろうか。ああ、いやシャルに案内してもらった方が……」
「いえ、ご案内いたします。シキの住民である私めが仲介した方が話も通しやすいでしょうから。こちらになります」
「感謝する。それとグレイ、先程の表現は良くない。もっと遠回しな……取り込み中、程度に留めておいたほうが良い」
「左様ですか。つまりク――夫婦で取り込み中だと?」
「……そうだな、そちら方がまだマシだな」
備考:お腹を膨らませる行為
大体皆様のご想像通りの行為(勘違い)です
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