追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

警戒と今更


 俺が誘拐の前に元々居た街に戻り、冒険者ギルドなどの事情聴取の後、誘拐された中にスカーレット殿下が居たというのと、関わったのに貴族が多かったのもあり、そのまま宿屋という訳では無く領主の館にて招待されて待機をしていた。

「……どうされたんですか、クリームヒルト、クロさん」
「……メアリーさんですか」
「……あはは、ちょっと私達って人生の経験値が少ないんじゃないかって思ってただけだよー」
「なにがあったんです」

 そこに俺達前世の兄妹が精神的にダメージを受けて部屋で過ごしていると、メアリーさんがやって来た。どうやら俺達のように事情聴取が終わったようである。
 俺達の様子を見て最初は事情聴取疲れと思ったようだが、なにやら違うと思ったのか最初と違う意味で心配しているようである。

「クリームヒルトは……」
「うん? あ、大丈夫だよ、ちゃんと意識はキチンとしているから大丈夫! 色々迷惑かけたみたいでごめんね?」
「それならば良かったです。私は特になにもしてもされてもいないので大丈夫ですよ」
「うん、そこなんだよね。ヴァーミリオン君とかシャル君とかに色々した記憶があるから、謝らないと……」

 メアリーさんがはクリームヒルトさんの様子を少し不安そうに見て、視線に気づくと大丈夫だと告げる。
 そしてクリームヒルトさんはビャクとして動いていたことを思い出したのか少し沈んだ。
 聞いた限りでは色々やったらしいからなぁ……モンスターを素手で屠ったり、返り血を浴びて笑ったり、ヴァーミリオン殿下達を攻撃したり。アプリコットにはさっき謝っていたけど、移動の馬車が違って今まで別に事情聴取を受けていたので、ヴァーミリオン殿下達には謝ることが出来ていない。まぁやった事に対してこうやって沈むことが出来るのは、あの状態のビャクの時を思えば良くはなっているのだが。

「はは、別段気にする事は無いよ。クリームヒルトくんは洗脳されていたんだ。憎むべきは攫った連中だよ」
「その通りだ」
「エクル先輩と、ヴァーミリオン殿下、アッシュ君!」

 と、クリームヒルトさんが沈んでいると、メアリーさんの後ろからエクルとヴァーミリオン殿下、そしてアッシュが現れた。
 その姿を見るなりクリームヒルトさんは立ち上がり――

「申し訳、ございませんでした!」
「土下座!?」
「流れるような仕草です……!」

 流れるような仕草で土下座を施した。
 一連の誘拐騒ぎで着ていた衣服が少し解れたため、提供された下はスカートの衣服が乱れる事無く行われた行為。ふわりと舞い上がったにも関わらず、周囲に下着が見えぬようにい配慮した動き。それらを我が前世の妹は優雅にしてのけた。……無駄に才能を発揮しているな、我が妹。

「……面を上げろ、クリームヒルト」
「ははーっ!」
「それもやめろ。馬鹿にされているようだ」

 本気でやっているのか軽い雰囲気を出しているのかはともかく、ヴァーミリオン殿下の言葉にクリームヒルトさんは面を上げた。

「お前はもう戻ったのだな? 自身の名前や、俺の事も」
「はい」
「……では、お前が俺達と戦っていた時に言った言葉は覚えているか?」

 ヴァーミリオン殿下達と戦っていた時に言った言葉? それはなんだろうか。チラリとメアリーさんとエクルの様子を確認すると、メアリーさんは不思議そうに。アッシュとエクルはヴァーミリオン殿下と同じような警戒するような視線で見ていた。

「ええと……なんだったっけ。ヴァーミリオン殿下はメアリーちゃんが戦っている時の胸の揺れを気にしている、でしたっけ……?」
「え」
「違う。俺が使わない魔法や伝説の宝剣についてだ」
「ああ、そうだったね」

 どうやったらそんな勘違いをするんだ。
 ふざけているしか思えないが、俺の知っているビャクだと本気でそう思っていてもおかしくないんだよな……
 それと、使わない魔法や伝説の宝剣って、あの乙女ゲームカサスにおける隠された過去の類じゃないか。前世の記憶を使って言ったのだろうか。ビャクだと本気の全力で戦うために煽るためにしそうだからな……というか、マズいな。
 平民であるクリームヒルトさんが秘密を知っているのはおかしいし、説明するのは難しい。いきなりあの乙女ゲームカサスの事を説明しても通じないだろうけど、いきなり言ってしまうような気も――

「あの私達が攫われた場所で見つけたんだよ。その事が書かれている文を」

 気もしたが、クリームヒルトさんはあの乙女ゲームカサスについては言わなかった。

「文?」
「うん、脱出路と脱出道具を探している時にそんな事が書かれている文があって。読んでいる時は意味が分からなかっただけど……その後言霊魔法の影響を受けて、あの時はそこに書かれている文章が“事実”だと思っていたような……?」
「……ふむ」

 クリームヒルトさんは正座をしながら腕を組み、クエスチョンマークが付きそうな表情をして受け答えた。傍から見る分には「あの時なんでそんな事を言ったんだろう?」と、行動で示しているように見える。

「ヴァーミリオン。クリームヒルトは操られている時錯乱していた上に、どれが事実か分からなかったって事のようだ」
「……その可能性が高いか」
「これ以上クリームヒルトくんに聞いても意味はなさそうだし、今は安静にして貰ったほうが良いんじゃない?」
「エクルの言う通りか。悪いな、クリームヒルト。変な事を聞いた」
「あ、いえ、構いませんでございますことよ」
「どういう口調だ」

 ヴァーミリオン殿下達は、クリームヒルトさんのリアクションが嘘を言っているように見えなかったのか、そこで引いてくれた。
 上手く誤魔化せたみたいである。話すにしても、今はそのタイミングじゃない。

“危険対象。不審な動き有り。注意しろ”

 ……それに話すにしても、今は誰が敵か分からない状態だというのもある。そんな事をシッコク兄に渡された文の事を思い出して、警戒していた。
 ヴァーミリオン殿下が敵かもしれないし、アッシュやエクルが敵かもしれない。メアリーさんは……無いと思うが。

「クリームヒルト、お前はもう俺達に謝罪は必要ない。まだ迷惑を掛けたやつらに謝罪するのは構わないがな」
「え、良いの? ですか?」
「お前は謝罪の言葉を言い、態度でも示した。ここに居る俺達はそれを受けた。ならばそれで十分だ。そもそもお前は被害者だからな」
「おお、ありがたや、ありがたやー……」
「……なんだ、それは」
「東にある国の感謝の仕草であったような気がするよ。……ああ、それと、私は聞きたい事があるんだけど良いかな? それに答えれば私に対する謝罪は完了という事で良いよ」
「あはは、いいよ。身長体重、スリーサイズにBP間から乳下丈、過去の付き合った経験まで赤裸々に答えるよエクル先輩!」
「うん、それは別に良いかな」
「BP間……?」
「……というよりクリームヒルト、貴女は過去に付き合った経験が……?」
「あはは、ないよメアリーちゃん! ところでアッシュ君かエクル先輩、どう!?」
「私にはメアリーがいるので」
「同じく」
「あはは、フラれたよ!」
「……うぅ」

 勿論俺の取り越し苦労ならば良いが、警戒はしておこう。
 それに相手は言霊魔法を簡易的とはいえ使えるようにしていた奴だ。あの魔法を使えるのならば、どのようにでも――

――言霊魔法を、操る?

 ……待て、言霊魔法を操るという事は、自由に暗示をかけられるという事だ。
 そして「深くかかれば、かかっている間の記憶は曖昧になりやすい」という特徴。
 もしかしたら敵は、無意識に誰かを操って、その誰かに操られている感覚を持たせてすらいないかもしれない……!?
 そうだ、例えばさっきのシルバ。なにか妙な感覚はしたが、もしかしたら俺が先程話した情報を誰かに――

「クロ・ハートフィールド子爵」

 俺が不安に襲われ、嫌な汗をかいているとヴァーミリオン殿下が俺に近寄り、小声で話しかけてきた。
 不意に声をかけられたので身構えつつ、俺はどう対応すべきかと悩んでいると、俺の返事を待たずに向こうから言葉を続けて来た。

「言霊魔法の影響だが、あれはあの遺跡の場であるからこそ自由に使えていたようだ。そして後遺症の対応はそちらのシスターが対応している」
「シアンが?」
「ああ、そうだ。……だが気をつけろ」

 ヴァーミリオン殿下はそう言うと、なにやら話していてこちらの様子に気付いていないクリームヒルトさん達をチラリと見て、

「俺達の事を俯瞰して操ろうとしている者が居る」

 と、警戒するような声色で言ってきた。

「俯瞰、ですか? それはどういう……」
「……ヴァイオレットには納得させたか?」
「へ?」

 俺が突然の言葉に聞き返すと、全く違う答えが返って来た。どういう……ああ、アッシュがこちらを見ているからか。

「はい、素直に受け入れてくれました。その件に関しては……今お話ししましょうか?」
「いや、いずれで良い。今日はもう休め。お前とて消耗しているだろう」
「お気遣いありがとうございます」

 俺は感謝の言葉を言ってから礼をする。
 ……ヴァーミリオン殿下にとっては、今の話はアッシュにも聞かれたくない話だという事か。
 俺に話した理由は分からないが、ともかく俺も注意をしよう。
 俯瞰……操る……ヴァーミリオン殿下達を……うん、なにに注意すれば良いか曖昧だな。だがなんとなく意味は分かる気もする。
 ともかくヴァーミリオン殿下もなにかに警戒をしているという事だ。その事だけ頭に入れておこう。

「あ、黒兄、BP間と乳下丈で思い出したんだけど、私のブラとかショーツって縫える?」
『っ!?』
「急にどうしたんだ」

 俺が周囲に気付かれぬように警戒をしていると、クリームヒルトさんが急な事を言いだした。そして周囲がその言葉に驚いたように思える。

「いやさ、ブラもショーツもこの世界ここだと意外に高いし、ヴァイオレットちゃんとかが付けているレベルになると私には手が出せないんだよ」
「まぁそうだな。空いている時間になるが、それでも良いなら」
「それで構わないよ。じゃあ私の今のサイズを……あー、でも計ったの大分前だからなぁ、今は変わってるかも。ここの領主さんに計測器とか借りれるかな」
「俺が借りてくる……あ、いやちょっと待て、確かこの辺りに……?」

 俺が計測器を借りてこようとして、ふと先程この部屋を案内された時に工具箱的なモノがあったのを思い出した。確かこの部屋、泊まる場所の準備に一時的に居るだけだから、道具的なモノがあったような……。

「はーい、じゃあ私は準備しているね!」
「俺達は席を外した方がよさそうだな」
「そのようだ。メアリーくん、彼女の測るのを手伝って貰う事は……」
「ええと、私この後もう一度呼び出されてまして。その後でよければ」
「あはは、大丈夫だよ、メアリーちゃん。黒兄に測って貰うから」
「えっ」
「……クリームヒルト。貴女は婚姻前の女性で、彼は婚姻済みの男性。妄りに肌を触れさせるのは……」
「別に良いよ、黒兄だし」
「貴女がよくても、彼は良くないでしょう。彼は――」
「え、黒兄ー」
「んー、どうしたー?」

 俺は手近になにか測れるものが無いか探していると、後ろからビャクに声をかけられたので、俺は振り返ることなく返事をする。

「私の裸で興奮するー?」
「今更お前ので照れるものか。さんざん見ただろうが」
『っ!!?』
「だよね」

 これは……違うな。あまり部屋を荒らしても悪いから、素直に借りに行くか。ついでにヴァイオレットさんやグレイ、シアンとかの様子を見に行っておこう。
 よし行くか――ってあれ、なんで皆俺を見ているんだ。

「……クロさん」
「はい、なんでしょうメアリーさん」
「……ヴァイオレットを悲しませないでくださいね」
「何故今言うんです」

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