追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

直接脳内に……!?


「私は記憶が曖昧なのですが、あの時……今もですが、クロ兄と呼んでいましたよね? 昔の私の様に、幼少期に会っていたとかでしょうか?」

 俺達が色々とやっていると、話を進めるためにスカイさんが質問をして来た。確かに話が脱線したな、今はきちんと話を進めないと。

「俺が彼女と会ったのはシキに調査で始めて来た時です」
「そうだねー、初めて会った時はヴァイオレットちゃんの夫で領主、くらいの印象しかなかったよ」
「そうなんですか? ……というより掴むのやめないんですね」

 おっといけない。流石に話さないと駄目だな。
 俺だって進んでやっている訳では無いのだし。

「でもだとしたら何故そのような呼び方を? それにビャク、とは……」
「そうですね、説明が難しいんですが……」

 先程も言おうと思ったが、そこの所は説明が難しい。まずは前世のことを話さないと駄目だし、アプリコットのように信じて貰える保証はないからな……

「ビャク、は私の前世の名前だよ」

 と思っていると、俺の手から解放されたクリームヒルトさん……ビャクがあっさりと言ってのけた。
 ……色々言いたい事は有るが、この位あっさり言ったほうが良いか。信じて貰えるかどうかは別問題で、俺達の精神を疑われそうだが。

「前世? ……コットちゃん」
「シアンさん、何故我を――待て、何故皆が我を見る。我が吹き込んだと思っているのではなかろうな!?」
『…………』
「せめてなにか言ってくれ!」
「レイちゃん起きるよ?」
「(せめてなにか言うのだ!)」
「本当に小さな声で言ったよ……いや、脳に……?」

 なんかアプリコットが別方向に疑われていた。
 失われし前世がとか……うん、アプリコットなら言いそうだけど。

「話は逸れたけど、私には前世の記憶があるの。黒兄も……」
「……まぁあるよ」
「で、黒兄っていうのは、クロ・ハートフィールドさんが私の前世の兄で、クロ、って名前で実の兄だったから」

 アプリコットはともかくとして、とにかく話す事は話そう。
 彼女が一緒ならば俺が進みは……多分早いだろう。話も逸れそうだが、まずは……

「詳しく話して貰えるだろうか、クロ殿」

 ……まずは、大切な人にも隠してきた前世を話さないとな。







「前世、日本NIHON、そして……クロ殿とクリームヒルトが前世で兄妹であった、か」
「はい」

 一通り俺の前世について話した。内容自体は以前アプリコットにも話した事と被っていたのもあったので、思ったよりも纏めて話すことが出来た。話を聞いていた皆も、半信半疑ではあるが最後まで黙って聞いてくれた。
 途中でビャクのヤツに話を逸らされると思ったが、むしろフォローをしてくれスムーズに話が進んだ。
 ただ……あの乙女ゲーム、“火輪かりんが差す頃に、朱に染まる”については話さなかった。俺としてもどう説明して良いか分からないのと、馬車内では時間が無いのと……話すにしても、別の問題せかいだとしても、ヴァイオレットさんにとっては気持ちの良いものではない。……本当は今後起きる事を考えれば、話すべきなのかもしれないけど。

「一通り聞いてみたが、事実なのか? 証拠を出せ……と言っても難しいな」

 そして説明を終えて、各々が信じて良いか悩んでいる中エメラルドが複雑そうな表情で聞いて来る。エメラルドだと「なにを世迷言を」的な事を言って信じなさそうであったが、信じようとはしてくれているようだ。
 そして前に説明したアプリコットはともかく、ほとんどが素直に信じてはいない。
 皆は俺達が嘘を吐いていないとは見てくれているようだが、信じ切れていないようである。
 鋭いシアンも複雑そうな表情だ。……教え的には転生って微妙な所だからな。

「ふむ、成程な……クロ殿は時折私の知らない知識を知っている時があったが、それが理由であったんだな」

 そして半信半疑の皆の中、ヴァイオレットさんは素直に信じてくれていた。
 素直に信じてくれているのは嬉しいけれど……

「その、そんなにあっさりと信じて良いのでしょうか」

 信じてくれるのは嬉しいが、親しいからと言ってなにも疑いをかけないというのは違う。それは思考停止であり、盲目になって、むしろ見ていない事と変わりはな――

「信じるさ。私の愛しきクロ殿がこの場で話してくれた事だ。ふふ、むしろ昔の事を聞けて私は嬉しく思う」

 ――変わりはないのだけど、そんな事を言われてはもうどうでも良くなってしまうではないか。
 ここで微笑むとかズルい。なにがズルいのか言語化できない気けどズルい。

「ええと……なんとも思わないんですか? 前世の記憶を持っているから……その、長い年月を生きたオッサンだー、騙された! とか」
「あはは、前世を含めればアラフィフだからね!」
「まだそこまで行ってねぇよアラサー越え」
「それでこの若さ……ふ、美魔女というやつだね。……美女かどうかは突っ込まないで」

 そういえばビャクって前世は何歳まで生きたのだろうか。今度聞いてみるか。……俺が死んだ後、どう生きたのか気にもなるし。

「アラ……? というのはよく分からないが、気にする事でも無いだろう?」

 ヴァイオレットさんは俺の言葉に不思議そうな表情をする。
 俺は正直、前世云々をいう事を妄言と言われるのではないかや、今の年齢の倍以上の年数を生きた事を受け入れて貰えるとかとか不安だったんだけど。
 精神的な心配をされたりとか、ともかく受け入れて貰えるのかと……

「それともクロ殿は――貴方は、貴方を好きになった妻と、今更別れるとでも言うつもりか? ……別れたいのだろうか」

 …………不安そうにそんな事を聞くのはズルい。

「いいえ、貴女を手放したくありません」
「そうか! だとすれば大丈夫だ。私は過去を経ての今のクロ殿が好きだからな」

 そして俺の言葉に嬉しそうに表情を変えるのもズルい。
 このズルいと思う感情をもっと詩的に表現しきれない語彙力の少なさを悔しくと思うほど、ヴァイオレットさんが今とても可愛らしく見える。

「前世などと語る夫に不安は?」
「私の知らない世界なのだろう? ならどんな世界か興味があるな、良ければ聞かせて欲しい」
「今まで隠してきた事に不満は?」
「全て話す事が信頼関係という訳でも無いだろう。今は新たなクロ殿の一面を見れて嬉しく思う」
「大好きです」
「っ、……私もだ」
「相変わらず好意を言われる事に慣れてませんね」
「…………クロ殿のそういう所は」
「嫌いですか?」
「……嫌いじゃ、ない」
「良かった」
「……むぅ」

 ヴァイオレットさんにとっては当然の事を言っているように答えてくれるが、その事が俺は嬉しくて堪らなかった。俺がその気持ちを素直に言うと、少し拗ねるような表情にはなってしまったが。
 ああ、こんな妻が居るなんて俺はなんて幸せなんだろうか。くそう、これを詩的に表現するならば……いや、行動で示そう。抱きしめよう、そうしよう――

「クロ殿」
「はい? ――――んむっ?」

 抱きしめようと思っていたら、拗ねていたヴァイオレットさんが俺の名前を呼んで――キスをして来た。
 以前などよりも少し長いキス。ちょっとだけ情熱的なキス――というか、なんで!?

「――ぷはっ」
「……え、ええと、ヴァイオレットさん。何故急に……?」
「なに、立て続けにキスを見せつけられたからな。私も見せつけてやりたいと思っただけだ」
「そ、それだけでしょうか?」
「嫌であったか?」
「嫌では、無いですが」
「そうか、良かった」

 あ、これさっきのやり返しだ。俺が揶揄っていたからやり返したな。
 くそう、悔しいが可愛らしい。
 見られてこんな事をするのは恥ずかしいが、顔が赤い辺りヴァイオレットさんも恥ずかしいだろし、それを踏まえてしてくれた事が嬉しい。
 ……今こちらからすれば、今以上の可愛らしい反応をしてくれるだろうか。



「ねぇアイツらイチャついているんだけど、止めて良い?」
「シアンさん、貴女も神父様と先程同じ事をしていたのだぞ?」
「うぐっ」
「がふっ」
「流レ弾ガ神父様ニ当タリマシタネ」


「ねぇ、なんだかスカイこの子が動かないんだけど、なんで?」
「放っておいてやれ、レット。……色々とあるんだろう」
「?」

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