追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

不意頭突き


「……いてぇ」

 頭突きを食らわせた事によって、ビャクもといクリームヒルト……さん、を気絶させることには成功した。今はシアンが治療と解呪魔法をかけている。特に問題は無いだろうが、一応安静だ。
 ……けれどコイツ、動揺して隙があったにも関わらず、俺が頭突きをする瞬間に微妙に接点をズラシて振動させて俺にまでダメージを与えてきやがった。なんなのこの子。なんでそんな高等技術出来るの。流石は俺の妹。

「クロ殿、大丈夫か?」
「平気です。すいません、ご心配を掛けて」
「いや、それは構わないのだが……」

 ヴァイオレットさんが俺を治療し心配そうにしながら、こちらとクリームヒルトさんの様子を伺っている。
 ……色々と聞きたい事は有るよな。

「クロ子爵」

 俺が何処から説明しようかと悩んでいると、ヴァーミリオン殿下が俺に話しかけて来た。
 そちらから来るか。ヴァイオレットさんに聞かれるよりは、そちらの方が幾分か楽かもしれないが。

「聞きたい事は多々あるが、今はこの場の制圧からだ。俺達である程度無力化はしたが、全てではないからな」
「はい」
「だが、これだけは聞かせろ」
「なんでしょうか」

 クリームヒルトさんを“ビャク”と呼んだ事なのか、俺が兄と呼ばれていた事か。関係性か、“今はクリームヒルト”と言ってしまった事に関してか。
 ヴァーミリオン殿下は鋭い所もあるから、もしかしたら状況を鑑みて“前”という単語を前世と見破っているかもしれない。アプリコット曰く前世云々の預言書の時には殿下もいたようだし。
 さて、どういう質問をして来るか。

「お前はクリームヒルトが大切なのか?」

 ……少し想像と違う質問が来たな。
 なんだろう、俺に大切と言わせてヴァイオレットさんに「私以外に女性で大切な存在が……!?」的な感じに危惧でもさせようと言うのだろうか。

「そうですね、妹の様に大切な存在ですよ。今までは気付きませんでしたが、まさか会えるとは思っていませんでした」

 けれど嘘でも「大切そうじゃない」とは言いたくなかったので、正直に答えた。

「そうか。ならば今はそれで良い。詳しくは後ほど聞かせて貰う」
「よろしいので?」
「この状況で問い詰められるモノか。学友と姉を攫った挙句、言霊魔法など危険な魔法を使う連中が跋扈している場所だぞ」

 それもそうだけど、少し意外ではあるな。もっと詰め寄って来るものと思ったのだが。

「……気になる事は多くある。王族ならば私情など挟むべき場面ではないかもしれん」

 俺が疑問に思っていたのを見破ったのか、会話を打ち切って残りのこの場所の捜索を再開しようとしていたヴァーミリオン殿下が俺に背を向けて言葉を続けた。

「だがお前は、そこに居る愛想も無かった女に笑顔を浮かばせるような男だ。……まずはそこに居る妻に説明して、不安そうな表情を変えるように納得でもさせろ。……部外者である俺達はそれから話を聞こう」

 ……気を使ってくれているのか、あるいは信頼されているのか。
 だとしても何故数回会った程度の俺をそう思ってくれるのか。
 けれどヴァイオレットさんを見ると、不安そうにしている。
 ……こんな表情はさせたくないな。説明は難しいが、後で真摯に説明するとしよう。

「……ありがとうございます、気を使って頂いて」
「礼はいらん。納得させたら今度は俺が納得するまで説明してもらうからな」
「はい、承りました」
「……感謝をするならば、お前が作ったドレスと、その女の不愛想と……ルーシュ兄さん達にでも――」

 と、ヴァーミリオン殿下が言葉を言い来る前に、

「ヴァーミリオン様―!!」
「っ、ローシェンナ!?」

 ヴァーミリオン殿下狂いがとてもいい笑顔で現れた。

「ヴァーミリオン様、ヴァーミリオン様、ヴァーミリオン様! ああ、本物のヴァーミリオン様! 何故先程は私を見るなり逃げられたのです!」
「お前が以前牢越しに見る視線を思い出したからに決まっているだろうが! ええい、嗅ごうとするな!」
「ですが私は役目を果たしました、お褒め下さい! ああ、でも高貴なるヴァーミリオン様が下賤なる私を褒める言葉を使うなど恐れ多い! 罵倒してください!」
「面倒だな貴様は!」
「ありがとうございます!」

 流れるような変態なる言葉。
 こいつを知らぬ者が見ても、この状況だけで「あ、ヤバいな」を思わせるのに充分な情報である。

「……何故あの男の拘束が外れているんだ。魔法は拘束されているようだが……先程拘束していると言っていなかっただろうか」
「ああ、先程殿下達と居る時に会ったんですが、殿下が“俺のためにこの場所に居る者を制圧するのを手伝ってくれ”と言ったら意気揚々と先陣を切って蹂躙していったので。殿下の言葉で拘束されています」
「……そうか」

 いわゆる、馬鹿となんとかは使いようというやつだ。ローシェンナのやつ肉体的にも優れていたし、言霊魔法に対する耐性もあったからかく乱に便利であった。愛を叫びながらであったから凄く目立っていたし。

「クロ様ー! ……と、お嬢様!?」
「む、バーントとアンバーか」

 ヴァイオレットさんがローシェンナにどういう視線を向けて良いか悩み、変態には違いにないと判断したのか無視をして俺の治療に戻っていると、バーントさんとアンバーさんが俺達に近付いてきて、ヴァイオレットさんの姿を見て驚いていた。
 彼らがここに居るという事は……と思い、彼らの後ろを見ると、想像通り復活したのかグレイとシルバも来ていた。ただグレイとシルバは復活したばかりなのか、少しボーっとしている気がする。

「弟子!」
「シルバ君!」

 そして姿を見るなり俺やヴァイオレットさんより早く、アプリコットとメアリーさんが駆け寄った。
 ちなみにアプリコットも俺が戦っている間に復活したらしい。腹は抑えているが、痛みはもう引いたようだ。そして色々と俺に思う所もあったようだが、先にグレイを見るなり真っ先に駆け寄った。ヴァイオレットさんも直ぐに駆け寄ろうとしたが、アプリコットの様子と、俺の治療中だったのもあり駆け寄りは出来ずにいた。

「シルバ君、大丈夫ですか? 何処か痛む所や、記憶に混濁などは見られないでしょうか。魔力を使って変な感じなど……」

 メアリーさんはさっきはシルバが暴走して抑えた後、意識が戻る前にここに来たから心配だったのだろう、不安そうにシルバの状態を心配している。
 純粋にシルバを心配しているのもあるが、シルバの魔力が特殊なのでそこも心配しているのだろう。
 ……けれど、ヴァーミリオン殿下などが嫉妬で複雑な表情をしているのはどうにかならないものか。

――……? なんであんな表情を……?

 なんだろう、誰かが今、メアリーさんを見て少し変な表情をしていたような……?
 ローシェンナのヤツは「殿下がそのような表情をするなんて……! だがそれも良い!」的な変な表情ではあるが、それとは違って違和感はある表情をしていたような……?

「メアリー……さん……? あれ……?」
「どうしました、シルバ君? ……もしかしてスカイの様に、抜け切れていない部分があるのでしょうか……?」

 そういえば操られていたらしいスカイさんは、俺が治療中にエクルに診て貰っていたが、若干言霊魔法が抜け切れていないようであったからな。シルバや……グレイもそんな感じなのだろうか。

「おお、良かった弟子、無事であったのだな! 怪我は無いか? 後遺症はないか? 言霊魔法が抜け切れていないという事は無いか?」
「……アプリコット様?」
「良かった、戻ってはいるようだな。昨日や今日は我を師匠と呼びから心配であったぞ?」

 不安になりグレイ達の方を見て見ると、グレイは確かにどこかボーっとしているように見える。……大丈夫だろうか。あと師匠呼びとはなにがあったのだろう。

「……アプリコット様は私めの事を心配なさっていたのでしょうか?」
「当然だ。なにせ我は弟子の――」
「心配なのは、私めの事が……好きだからでしょうか?」
「む? ……もしや暗示が抜け切れていないのかもしれんな……感情の発露もあるという事は、このように……下手に否定しない方が……」
「アプリコット様?」
「……そうだな、当然弟子の事は大切に想っているぞ。なにせ我の可愛い一番弟子であるからな!」
「そうですか。……アプリコット様」
「む?」

 なにやらボーッとしているグレイが尋ね、答えを聞くと一歩近づき、手をアプリコットの顔に当て――

「どうし――んむっ!?」
「んっ――――」

 引き寄せて、キスをした。
 …………キスを、した。

「私めも好きです、アプリコット様」
「…………えっ」

 そして唇を離すと、周囲が注目する中、我が息子は極上の微笑みでストレートに想いを伝えていた。

――……なにが、起きている……!?

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