追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

クリームもビャクも


 前世の妹、一色イッシキビャクは、俺が小学生に入った頃に産まれた妹だ。
 それは数ヵ月ぶりに帰って来た母に、

アンタの妹。名前は白色の白で、読みはビャク。面倒よろしく」

 と言い、白い髪に黒い瞳の赤ん坊を渡されて、突然できた。その後すぐ母は去った。恐らく何処かの男の元へと向かったのだろう。
 妹の面倒は色々と苦労はあったし、正直嫌いな母と同じ血が流れて同じという事もあり、嫌になって兄として失格な事もやった。
 だけど結局はずっと暮らせば情も湧くのか、しばらく経つと可愛い妹として見るようになり、シスコンになっていたとは思う。
 ただビャクは少し……大分、他人と違う所があり、才能があった。
 一を聞き、本来必要な二から九の過程を無視して十を習得した後、AやZちがうものを閃いて覚える事が出来る。
 先生に怒られても、何故怒られているかを理解出来ない。血や傷に忌避感を持たない。だから“良い事”をするために自分に出来る事は。例えば危険な野良犬が居たとしたら、身近な存在を恐怖から守る為に野良犬を探して、殺しに行く。そこに自身が危険という事や相手を傷つける事に対する恐怖も忌避も無い。
 ある時は“保父さんが保母さんに無理に迫っていた”(後から聞くと無理に関係を迫ったらしい)という理由で、園児が保父さんを無力化した。多分ビャクにとっては悪い事をしているから懲らしめよう、的な感じだったのだろう。だとしても大の大人相手を無力化した。
 そしてある時、

「おにい。わたし、わるいあいてしかたおしていないのに、みんなにげる。なにがいけないの?」

 と聞かれた。暗い顔……いや、無表情で言われた。
 だから俺は妹にそんな顔をして欲しくないと、一つアドバイスをした。

「そうだな……まずは笑顔だ。そんな顔をしては幸せが逃げるぞ」
「えがお?」
「そう、笑い。笑顔でいる事はとても良い事なんだから」
「いい、こと……えがお……あははははっ!」
「……まずは目も含めて、口元だけじゃない笑いから変える所からだな」







「前から思ってはいたがやはりお前か、ビャク!」
「あはは! まさか黒兄クロニイだったのですね! 驚きました、イメチェンしましたか!?」
「色々あってな、そっちこそ大分変わったんじゃないか!?」
「あはは! そうみたいですね!」

 そして現在。一つの人生と二十年が経過した現在。
 その妹と俺は殴り合い、もとい喧嘩をしていた。

「それにしてもどうして分かったのです! はっ、やはり愛ですか!?」
「なにが愛だ。お前のような笑いをするヤツが早々いてたまるか!」
「えー、でもこの笑いは黒兄の教えじゃない、ですか!」

 ビャクは会話をしつつ、俺の右ストレートを後ろに重心を移動させながら受け、重心を僅かに崩して引くタイミングが遅れた右腕を掴むと、掴んだ状態で腕を支えにした状態で右足で俺の腹部に蹴りを入れた。

「だとしても、随分と笑顔が下手になった、なぁビャク!」
「っ――そうですか、あはは!?」

 追撃を加えられる前に俺は地面を強く踏み付け、軸足近くの地面ごと衝撃を与え砕き、バランスを崩す。下手に掴んでいるよりは態勢を整えた方が良いと判断したビャクは、腕を放し、軸足一本で少々距離をとり笑う。

「でも黒兄は強くなりましたね! 震脚でこんなに地面を砕くなんて、前は出来なかったんじゃないですか!?」
「身体強化のお陰でな、前世まえよりは強いだろうよ!」
「成程、私と同じなんですね! ――じゃあ、その上がった力をきちんと受けないと駄目ですね、あはは!」
「そこで当たらないようにじゃなく、力を感じたいと思うあたりは変わっていないな! どうせ避ける癖にな!」
「ありがと、う!」
「褒めてねぇ、よ!」

 互いに言葉の最後に力を入れつつ、殴り合う。
 当たりはする。だが互いに受ける時に衝撃をズラシているため、ダメージは全ては通らない。
 偶に表面ではなく体幹に来るような力の攻撃であったり、喰らうのを無視して一撃を繰り出して来たりと質が悪い。
 あとついでに今の相手の体格が小柄なのも戦い辛い。でも力はすごく強い。すごくやり辛い。

「あ、今チビって思ったでしょう!」
「思ってない!」
「そうですか? まぁ良いです。ともかくもっと早くしましょうか、あはは!」

 ビャクの動きがさらに早くなる。
 移動スピードも、足捌きも、攻撃の種類も、全てが更に早くなる。
 それに対応して俺も早く動く。
 見切る。対応する。受け流す。
 長期戦は無理だが、短時間ならばすぐに対応できる。
 問題はビャクの速度の上昇に対応出来るかだが、対応している暇があったらこっちがさらに早めた方が良いのではと思ったので、さらに早めた。

「あはは!」
「…………」

 殴る、払う、砕く、削れる、破れる、切れる、裂ける、避ける、絞める、早くなる、速くなる、早くなっていく。
 ああ、どんだけ早くなるんだこの妹は。こっちでも変わらずやる事為す事がハイレベルなんだよ。兄は付いて行くのがやっとだぞ。

「あははははは! 楽しいですね、黒兄! まさか黒兄とこんな風に戦える時が来るなんて思いもしませんでした!」
「…………」

――ああ、くそ、腹が立つ。

「そもそも、なぁ!」

 腹が立つ。
 何故俺は今こんな戦いに身を投じているのか。それを思うと腹が立つ。

「お前はなんで俺と戦おうとしているんだ!」
「どういう事ですか!?」

 前世の妹かもしれないという違和感はあったが、似た子もいるだろうと思っていた。
 だけど今、操られて昔のような笑いを見て、ビャクだと確信した。

「お前はなんで戦おうとしているのかって言っているんだよ! この場に居る皆を、倒そうとしているのは何故だ!」
「それは勿論、戦わないと――戦わないと?」

 ああ、もう本当に腹が立つ。
 大切な妹であるビャクと、今世でも会えたとなれば大いに喜んだだろう。感動的に再会も出来ただろう。
 だけど操られて昔のように戻ったから気付くなんていう気付き方はしたくなかった。
 今は操られて、自身を見失っている。記憶すら曖昧になっているらしい……というよりは――

「クリームヒルト!」
「違う、私は、黒兄が、さっき、呼んだ、ビャクで、そんな、名前じゃ、名前、じゃない……?」
「そうだろうな、お前はそう思っているだろうな」

 今の彼女は自身をビャクだと思い、クリームヒルトという存在は物語で読んだキャラのような認識で見ているのだろう。
 そんなものは、認めたくない。
 どういう理由で、どういった歩みで今世を過ごしたかは分からない。だがヴァイオレットさんの友として存在していたクリームヒルトという存在を否定する事はしたくない。

「お前はビャクではあるが、今はクリームヒルトだろうが。変なもんに操られている暇があったら――」

 だから俺はビャクでありクリームヒルトでもある彼女の胸倉を掴んで、

「さっさと正気に戻れや馬鹿妹が!」

 額に向かって頭突きをした。

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