追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

モノクローム(:菫)


View.ヴァイオレット


「わー、新しく男性が颯爽と登場! お姫様抱っこでヴァイオレットを攫うなんてかっこ――っ!?」

 私を助けるために現れたクロ殿に対し、間を置いて観察していた彼女は、明るい口調でクロ殿の登場に感想を言う途中で、余裕がない状態で回避行動をとっていた。
 理由はあらゆる属性の混合魔法が唐突に襲うように現れたからだ。
 今の攻撃は……

「……まったく、クリームヒルトが操られるとは。それに反応も凄まじいですね」
「メアリー!」

 メアリーがクロ殿が来ただろう方向から攻撃魔法を放っていた。
 何気なくしてはいるが、彼女が余裕のない状態で避けたのだ。今の複数の攻撃は全てが彼女が本気で避けなければならないと思われるような連撃だったのだろう。
 しかし避けながらも全員から攻撃を喰らわないように距離をとっている辺り流石と言うべきか。
 そして避けた彼女をクロ殿が見ると……

「え、なんでクリームヒルトさんが!? ……まさか操られている!?」

 何故か驚愕していた。
 私を救う時に見ていなかったのだろうか?

「いや、気付いていなかったんかい」
「ヴァイオレットさんが危険って事くらいしか見えなかったから、相手なんか見えていなかったよ」
「惚気かい。けっ。ともかくコットちゃん治療するからイオちゃんだけじゃなく私も守ってよ。けっ」
「二回悪態吐くなよ」

 ……私しか見えていなかった、そうか。……そうなのか。
 不思議だ。恐怖しか感じなかった先程までと違い、口元の緩みを感じる。

「……ぐはっ!」
「っ!? スカイ、どうした、なにか喰らったか!?」
「くっ、うぅ……あれ、シャル? なんで私を覗き込んで……? 確か妙な言葉に意識が遠のいて……?」
「もしや呪縛が解けたのか? だとしても何故……? まぁいい。今は緊急事態だ。彼女が今操られて敵になっている。協力しろ、油断をするな」
「いつつ……全く起き抜けに乱暴な……でもなんだろう、衝撃的な事があって急に意識が覚醒したような気がします……?」

 密着する腕や、身近に感じるクロ殿の呼吸。
 状況が状況なので不謹慎だとは分かっているのだが、それも私を助けてくれたこの状況とこの体勢が悪い。好きな相手が颯爽と駆け付けお姫様抱っこをされて動揺せずにいられようか。いや、いられない。

「ごめんなさい、体勢的にこの担ぎ方がすぐに対応できたので……その、降ろしますね?」
「む……そう、だな」
「イオちゃんまで名残惜しそうな顔しないでー」

 良いじゃないか。手に触れる事すら照れるようなクロ殿がこのようにするなど滅多に無いぞ。
 というかよりクロ殿は謝っているが、むしろどんと来い。いつでも来い。

「わー、ラブラブですねー。ヴァイオレットにも貴方のような……恋人? 夫? が居るなんて!」
「……? クリームヒルトさんはなにを……?」
「クリームヒルト……うーん、呼ばれ慣れないなぁ」
「……彼女は今操られているだけでなく、記憶が混濁し、忘却しているようなんだ。自身の名前もあのように……」
「成程……」

 私達を見て彼女は少々奇妙と思えるような感想を言い、クロ殿が疑問に持つ。
 私が説明するとクロ殿は警戒しつつ、彼女を観察する。

「でも凄いですね、貴方はこの中ではとても強そうに見えますし、戦うのも楽しそうです!」
「はぁ、どうも?」
「メアリー? も魔法も身体能力も凄そうです。綺麗で強いなんて卑怯ですね!」
「……ありがとうございます」
「多勢に無勢ですし、強き相手が乱入しました! でもやらなきゃ勝てるものも勝てません! まずは挑戦ですよね、あはは!」
「…………」

 クロ殿は今の彼女を見てなにを思ったのか、今の体勢のまま笑う彼女を見る。
 私はどう声をかけるべきなのだろうか?
 あれは操られているからと言うべきか、あるいは影響を受けて別の存在になりかけているとでも言うべきか……駄目だ、そのような事を考えては駄目だと思うと同時に、今のこの状況が色々と一杯一杯で上手く思考が働かない。具体的に言うと恥ずかしい。

「あ、ちょっと失礼しますね。今下ろしますんで」
「え、はい」
「よし。……着衣の乱れはないようですね。目立つ怪我も無し。……うん、いつも通りお綺麗なヴァイオレットさんです」
「あ、ありがとう? そちらも無事で良かった。格好良い全身すべてになにかあっては私は一生後悔する」
「そう思って頂けてなによりです」
「おいコラそこ。この状況でイチャつくな」

 クロ殿は彼女を少しだけ見た後、私に笑顔(可愛い)を見せて私をゆっくりと、文字通り姫を下ろすかのように丁重に降ろして、私の状態を確認する。
 この隙に彼女がなにかを仕掛けてくるかと思ったが、クロ殿に警戒しているのか、他の皆を警戒しているのか、なにもしてこなかった。

「ああ、それとグレイとシルバは俺達で対応しました。バーントさんとアンバーさんが保護していますので。あとローシェンナも拘束していますので。……ではちょっと失礼しますね?」
「クロ殿?」

 クロ殿は笑顔のまま彼女の方を向き、私を守る様に背を向ける。
 だが私に背を向け切る前に見せた表情は……まるで怒っているかのような表情で……?

「ヴァーミリオン殿下。アッシュ卿。エクル卿。シャトルーズ、スカイ。そしてメアリーさん。申し訳ありませんが手を出さないでください」
「駄目だ。お前は今来たから分からんかもしれん。だが……恥ではあるが、全員で掛かってようやく隙が出来るだろう」
「怪我をさせないように、という前提ならそうでしょうね。……ですが申し訳ありません、殿下。俺にやらせてください」
「……?」

 クロ殿はヴァーミリオン殿下に対して、丁寧口調だが一人称がいつもと違う言葉を使い、独りで戦おうとする。
 止めるのならば今この背を掴んで止めるべきではある。
 それにクロ殿は基本女性に対しては気を使うことが多い。触れたり肌をを見るのに対しては人一倍配慮をしている。

「あはは! 私はどっちでも良いですよ! 一対一は一対一の楽しみがあ――」
「ごちゃごちゃうるせぇ!」
「――るっ!?」

 配慮をしているはずなのだが。
 クロ殿にしては珍しい荒い口調と共に彼女に一瞬で距離を詰め、彼女の顔面に拳を叩きこんだ。

『……えっ』

 クロ殿の普段を知っている私やシアン、そして辛うじて見ているアプリコットなどが唐突な出来事にそんな間の抜けた言葉を発してしまう。
 彼女は避けきれずなんとか腕で防御はしたので直撃は避けられたが、防御しなければ顔に拳が叩きこまれていた。
 らしくない行動に、私達は呆然と見つめる。
 そして――

「お前はなにしやがってんだ――ビャク!」
「――黒兄クロニイ!?」

 そして互いが私の知らないであろう名を叫び合った。

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