追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

ある意味恐怖(:菫)


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「ええい、ここは私に任せて先に行け!」
「あ、それ我が言ってみたかった台詞ではないか! 羨ましいぞエメラルド!」
「知るか! ともかくこの狂った女をどうにかしたらロ――アイツに任せて私も追い駆けるからな!」

 スカーレット殿下がエメラルドに友達になろうと言いながら抱きしめようとして来るという、よく分からない状況のまま私達は遺跡らしき場所の入口へと走っていった。
 初めはスカーレット殿下に落ち着いて貰ってから説明を求めようとしたのだが、

「エメラルド、抱かせて頬擦りさせて肌を触らせて香りを嗅がせて! 女友達ないし親友の証明をさせて!」
「お前の友という認識を改めなければならないという事だけはよく分かるぞ!」

 あの状態が続き、私達が介入しようとすると「入ってくるな!」と邪魔をすれば許さないとばかりに感情を爆発させるので、手が出せなかった。
 まるでスカーレット殿下も誘拐されて、誘拐した相手に精神関与の魔法をかけられ操られているかのような暴走っぷりだが、最近のスカーレット殿下だとちょっと感情を発露させればこうなってもおかしくないと思えるのでどうとも言えないのが辛い所である。
 ただ一応はなにかされておかしくなっているという前提の元で動き、その場合はグレイ達になにかをされているのではないかと不安もあるので私達は動く事にした。
 エメラルドは戦闘能力こそ低いものの、毒の扱いで倒す事自体は出来る上、いざとなれば現在待機中のロボに頼んで逃げて貰う事にした。

「うわー中は大分整備されているね」
「恐らく遺跡に見せかけて、中でなにかしらの拠点にしていたのであろうな」

 そして私達が中に入って感じた事は、ここは一時的な仮の滞在場所、などではなく誰かが活動の拠点として使用していた事、という点だ。
 元々この遺跡はなにかの施設のようだが、放置されてはおらず滞在のために人の手が入っている。

「それにしても見張っていたモンスター、特になにもしてこなかったよね」
「ああ、我達が入る時になっても反応すらしていなかったな」
「入口も何故か空いていたな。……罠だろうか?」
「にしては誰も居ないよね」

 周囲を確認しながら、私達は先程の事を話し合う。
 この遺跡に入るにも一悶着あると思ったのだが、結局はすんなり入れたのだ。外の見張りのモンスターはただうろついているだけであったし、入り口も既に開いていた。
 魔法に優れたアプリコットに確認をして貰ったが罠魔法も無く、誰かの気配も――む?

「待て、誰かが倒れている」

 私は誰かが倒れている事に気付き、皆が示した方向を見て倒れた誰かに近付く。
 そこに倒れていたのは、見た事は無い黒い装束に身を包んだ男。オーキッドが身に纏っており黒魔術師としてのものとも違った、体型などを分かりにくくするような服だ。

「知らないヒトであるな。弟子の様にみたいに攫われたのであろうか」
「それに意識が無いね。誰かに殴られたのかな?」

 気絶した男は意識が無く、誰も知らない男であった。
 もしや攫われた者が他にもおり、逃げ出す途中で倒れたのかとも思ったが……

「これは……シャトルーズの刀の跡か?」

 だが、露出している肌の部分などから見た覚えのある痕が見えていた。
 シャトルーズが使っている珍しい武器である刀の、峰打ちとやらの時に出来る跡と似た跡が男にはあった。
 同じような武器を使っている相手がいる、というだけかもしれないが――

「バレンタイン――もとい、ヴァイ――もといハートフィールド!?」
「そのわざとじゃないかと思う呼び方は――シャトルーズ、もといカルヴィンか!」

 私達がどういう事かと悩んでいると、遺跡の奥の方から相変わらず女の名前を呼ぶ事になれない男ことシャトルーズが何故か現れた。

「何故貴女レディ達がここに……?」
「それはこちらの台詞でもあるのだが、私達は」
「――っ、駄目だ。説明は後にするぞ! 今は逃げろ!」

 互いに何故ここに居るかを問おうとするが、慌てた様子でシャトルーズは私達に逃げるように告げる。
 私達は何故かと問おうとするが――シャトルーズが逃げて来た方向を見て、なんなくだが想像出来てしまった。何故なら、

「モンスター!?」

 そこに居たのはモンスターの群れ。
 獣、鳥、蛇。
 本来であれば群れを成さないような様々な種類のモンスターが、シャトルーズを追いかけるようにして来ていたのだ。

「ふ、あの程度に逃げるとはそれでも我の宿業敵影ライバルかシャトルーズ! 我が居ればあの程度――」
「違う、いいから部屋に逃げ込め! レデイ・アプリコット。すまないが、失礼するぞ!」
「なっ、なにを!?」
「ハートフィールドとシスター・シアーズも部屋に逃げ込め! すまないがその倒れている男もつれ込むのを手伝ってくれ!」
「分かった!」
「りょ、了解!?」

 杖を構えて撃退しようとするアプリコットに対し、シャトルーズはアプリコットの服に隠れている二の腕辺りを掴み、倒れている男も含め無理矢理引っ張っていった。
 私は訳も分からないままシャトルーズの言う通りに、倒れた男を引っ張るのを手伝って引き連れて部屋に逃げ込む。

「部屋に逃げ込めば袋のネズミでは無いか!」

 逃げ込んだ部屋は簡易なもので、無理に連れて来られたアプリコットはシャトルーズに文句を言う。私達もそう思いはしたので、撃退するべく身構えるが、

「……あれ、通り過ぎたよ?」

 モンスターは逃げた私達の部屋に入り込むことなく、そのまま通り過ぎて去って行った。

「シャトルーズ、今のモンスターはどういう事だ? あといい加減レディをやめろ」

 訳も分からず私達は構えを解き、シャトルーズにどういう事かと説明を求める。
 するとシャトルーズは周囲の様子を確認した後、私達に向き直った。

「急にすまなかったな。ところでお前達がここに居る理由は……」
「弟子や神父様が攫われたと聞いた。後はクリームヒルトなどもという話だが」
「そうか。私達と同じ理由か。そうだな、時間は無いが情報の共有を簡潔に済ますぞ」

 シャトルーズは現在、グレイとクリームヒルト。そしてシルバが攫われたという情報を得てここに来ているとの事だ。
 メンバーはクロ殿、バーント、アンバー、ヴァーミリオン殿下、メアリー、アッシュ、エクルにスカイ。偶々クロ殿と一緒な街に集合した所に手紙で攫ったという情報を得たそうだ。

――クロ殿も居るのか!

 その情報を得てすぐさま探したかったが、シアンに落ち着くように言われ、まずは一旦落ち着いて情報を改めて聞く事にした。
 初めは情報を信じていなかった面々であったが、シャトルーズやスカイが制止するのを無視して、クロ殿とバーントとアンバー、そしてスカイが先行して行き、すぐ後に手紙を見たメアリーが本物だと断定して残りのメンバーで追い駆けた。
 遺跡内部は既に侵入されており、シャトルーズ達も侵入した所、偶然先行したクロ殿と合流した。
 そして先行したクロ殿曰く……

「どうやら言霊魔法……ローシェンナ・リバーズのあの魔法を簡易的に使えるようになった者が多く居るようだ」

 言霊魔法。
 いつかヴァーミリオン殿下への愛を拗らせたローシェンナ・リバーズが使用していた、言葉通りに相手を操る魔法。
 ただ使えるというだけならば、研究の末使われるようになったという事かもしれないが……まさか今回の一件はあの男が関わっていると言うのか。だとすれば許すつもりは無い。 

「そして先程のような単純な命令を聞くモンスターが多く居る」
「単純な命令?」
「ああ。先程のモンスターはであれば“廊下内を徘徊し、黒いフードを被っている者以外を襲え”と言った感じだ」
「それで逃げていたのか? それとも操られていたので、悪くないから迎え撃たない、とでもいうつもりだろうか」
「違う、レ――アプリコット。アイツらは単純な命令をこなし続けるんだ。つまり……瀕死であろうとも、己が身体が壊れようとも襲い続ける。文字通り一撃で消滅させる勢いで無いと駄目なのだが、そんな衝撃の魔法を使えばこの遺跡の壁が崩れてしまう」
「……成程。そういう事であれば、判断は間違いないな。知らぬとはいえ失礼な事を言ってしまったな、謝罪する」
「いや、気にするな。私達もそれに気付かず、今はこうして分断されている訳だからな。そしてここからが本題だが……」
「本題? ……もしや、スカーレット殿下がおかしかった事と関係があるのだろうか」

 シャトルーズは本題と言ったので、私はふと今までの内容から思い浮かんだ事を質問してみる。もしかしたらあのスカーレット殿下は言霊魔法で操られていたのではないかと。

「彼女と出会ったのか……そうだ。どうやら私達の襲撃の前に、言霊魔法を使って暴走した連中が居たようでな。……その言霊魔法の対象は、モンスターだけでなく……」
「まさか……神父様も操られているの!?」
「弟子もか!?」
「グレイや……あるいはクロ殿も操られる可能性が……!?」
「……そうだ。どこまで範囲が及んでいるかは分からないが、攫われて掴まっていた者達は魔法封じの首輪の影響で耐魔法が無く、操られている可能性は高い」

 なんという事だ……!
 最愛の夫や息子、そして大切な友や領民を操ろうとしている連中が居る。なんという事態だ。これが暴走であろうと不慮の事故であろうとどちらでも良い。このような事をする輩には――

「容赦しない」
「追い詰める」
「潰す」

 私達の意見ほうほうはバラバラだが、目的は一つだ。
 このような事を二度とさせないようにしてやる。好きな相手を陥れようとしている相手には容赦しないという事を教えてやるぞ……!

「……気持ちは分かるが、落ち着けレディ達。それで操られた者達への対処方法だが……」

 私達がシャトルーズが私達になにかを言おうとした所で、

「う、うぉおおお!」
「っ!? 神父様!?」

 唐突に神父様の普段聞かないような大きな声が聞こえて来た。
 シアンはその声にすぐさま反応し、部屋を出て声がした通路に出る。
 私達は止める間もなく出てしまったシアンを一歩遅れて追いかける。シャトルーズの話通りであれば神父様も操られている可能性がある。ならば場合によってはシアンが相手するのではなく、私達が相手した方が良いかもしれないと思いつつ、シアンに追いつくと……

「神父様、大丈夫ですか! 私の事を分かりますか!」
「う、うぅ……シア、ン……?」
「そうです、シアンです! 貴方の家族のシアンですよ!」

 そこに居たのは苦しむように頭を押さえている神父様。
 シアンは神父様に駆け寄る――事は無く、少し距離をとった状態で神父様に呼びかけていた。
 本当であれば今すぐ駆け寄りたいだろうが、操られているかもしれない、という点がどうにか距離を詰めない様に辛うじて抑えられているという所だろう。……若干願望が混じっているような気もするが。

「シアン……駄目だ、近寄っては駄目だ……近寄られては、今の俺は、抑えきれなくなる……!」
「くっ、やはり操られているんですね……!」

 神父様はシアンを見ては苦しそうに頭を押さえている。
 操られている命令に逆らおうとしている……のだろうか。精神的に強い心を持つ神父様だからこそ、シアンを見て抗っているのかもしれない。

「神父様、今すぐ助けますからね!」
「駄目だ、今近寄られては、俺は……俺は……襲ってしまう……!」
「大丈夫です、私は解除系魔法も普段は使いはしませんけど得意ですから! 神父様が戦おうとも皆が居れば対処しつつ――」
「違う! シアンが近付くと俺は……!」

 だがなにやら神父様の様子がおかしい。
 いや、操られているのでおかしいのかもしれないが……シアンを見る事によって苦しんでいる気がする。なんと言うべきか、スリット辺りを見て……?

「俺はシアンを汚してしまう!」
「大丈夫です、私はそのくらい――なんです?」

 神父様は今なんと言った?
 なにか少しおかしい言い回しだったような。……汚す?

「俺を惑わすなシアン! せっかく抑えきれそうであったのに、神父として失格から脱却しそうであったのに! なんでシアンは俺の前に来たんだ!」
「し、神父様?」
「くっ、シアンは紺色の髪が綺麗だな!」
「え、あ、ありがとうございます?」
「水色の瞳も健康的な体も元気な性格も良いな! お前は本当に皆に慕われて良いシスターだ!」
「神父様、どうされたんですか!?」
「何故顔を赤くする! そんな表情をしたら……したら……くっ、やはり俺が間違いを犯す前に自害するしかないか! 【創造魔クリエー――】」
「神父様、落ち着かれてください!?」
「何故近づく!」
「止めるためです!」

 …………なんというか。

「今日二回目になるのだが、なにが起きている?」
「今日二回目になるのだが、我に聞かれても困る」





備考
スノーホワイト神父はシアンが自分を異性として好いているとは思っていないので、「抑えきれなくなる位ならば……!」といった感じになっています。

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