追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

さすクリーム(:灰)

View.グレイ


「ふ、久しぶりだなお前達。捕まるなんて無様じゃないか」
「その言葉そっくりそのまま返すよ」

 ローシェンナは私達と別の檻に閉じ込められた状態で、顔だけは強気に私達に話しかけていた。
 なにをしているのだろうか、この男。私の予想ではここ最近の騒動や今回の件などの黒幕だと思っていたのだが……そうなると捕まっているのは説明できない。捕まって喜ぶような方なのだろうか……?

「僕は捕まったんじゃない。捕まっていた所を連れて来られて捕まっているんだ」
「捕まっている事には変わりないよね?」
「そうとも言うさ」

 そうとしか言わないのは気のせいか。
 ともかくローシェンナは捕まっているようだ。こうなると一連の騒動の黒幕……最低でも今回の誘拐関連では犯人じゃ無いという事だろうか。油断をさせるためにこうしている、という可能性もあるだろうが。

「それで、貴方が捕まっている理由を聞いてもいい?」
「ふ、本来であれば答える義理など無いが、あの愛しきヴァーミリオン様と同じ両親を持つ者の頼みと聞かれれば答えてしんぜよう」
「一々腹立つ物言いをするね」
「だが答えはするが、絆された訳では無くヴァーミリオン様には遠く及ばないという事だけは勘違いしないでもらおうか!」
「なにこの子面倒くさい」

 ローシェンナの答えに、聞いたスカーレット様は奇異なモノを見る目で見ていた。
 あれが理解したくない感情というやつなのだろうと学んだ。今度使ってみようと思う。

「僕はヴァーミリオン様への愛の行動を咎められ牢に入れられた。色々と聞かれたが黙秘を貫いていた」
「私の弟が来たらすぐに犯行を認めたって聞いたけど」
「あの御方が素晴らし過ぎるから話すのは当然だろう」
「……続けて」

 あ、聞いている神父様も大丈夫かと言うような表情になっている。

「ともかく、罪を認めて服役していたが、ある日護送された。国外追放でもされるのかと思っていたんだが……唐突に引き取られたんだよ」
「引き取られた?」
「ああ、顔は見ていないが奇妙な声を出す男だ。どういう取引は有ったかは分からないが、僕の力を見込んで実験に協力しろ、との事だ」

 あれ、それは少しおかしいような?
 確かアッシュ様がローシェンナの処遇に関して、言霊魔法という特殊な魔法に対し、誰かに実験や研究は行わせない事を約束されていたはずだ。
 そしてシルバ様がされているような、特殊な魔法拘束具を付けられ、魔法は使わせない様にしていたのだが……

「拘束具は実験に協力する時だけ外され、色々とやらされそうになったよ。けれどまぁやる気は無かったけどね」
「信用して良いのだろうか」
「お前のような神父に誓うつもりは無いが、神聖なるヴァーミリオン様に誓ってしていない。大体何故僕がヴァーミリオン様のために培った魔法を誰かも分からない相手に対して使わないといけないんだ」
「……何故だろう。彼をあまり知らないはずなのに、妙な説得力がある」
「それにモンスターの顔を素晴らしきヴァーミリオン様のご尊顔にするなら考えんでも無いと言ったら“なにを言っているんだ”と返されたからな。絶対に協力せん。美意識が違うんだよ美意識が!」
「あはは、これは説得力あるねー」
「弟も厄介なヤツに好かれたものね」

 確かに妙な説得力がある。
 そういえば以前攫われた時も、ヴァーミリオン様への気持ちだけは本物であると思えた。
 つまり彼のこの感情が……

「これが愛というやつなんですね……!」
『学ばなくて良いよ』
「分かっているではないか少年。そう、好いているのではない。愛しているのだ!」
『黙って

 愛だと思ったのだが、何故か皆さんは否定的であった。いや、愛という事自体は否定していないような気もする。

――愛とはなんなのか少し学びたかったのですが。

 そうすれば私もきっとクロ様とヴァイオレット様のように……ように……? ……どうするのだろうか。
 “じゃあ、アプリコットお姉ちゃんが違う男の人と結婚しても、良いの?”
 ブラウンさんが言った言葉が、今思い浮かんだのは何故――いや、今は関係無い。気にしないでおこう。

「とりあえず、ローシェンナ君は私達を攫ってもいないし、攫った犯人も分からない、で良いのかな?」
「その通りだネフライト。そして最近ここに移送され、お前らがやって来た。……そもそも僕にお前らを攫う理由があるか?」
「いや、孤高なヴァーミリオン殿下のためー、とか言って友達である私とか攫いそうだし、グレイ君もヴァイオレットちゃん云々で前に攫ったから有り得るでしょ? それに、スカーレットさんを攫ったのには理由が一番有りそうだし」
「? 何故だ」
「だって同じ遺伝子だし、無理に攫って“子供を産ませればヴァーミリオン殿下と同じような男の子が生まれるかもしれない!”とか言いそうだから」
「…………」
「……ローシェンナ。無言で“可能性が……?”といった目で私を見ないで。クリームヒルトも変な事言わないで。私の貞操が危うい。一応捕まったとはいえ感覚的にされていないだろうから、まだ大丈夫だろうし」
「あはは、ごめんね! 正直私もこの展開は危ういかなーって思ってたから、そっちの方面を想像しちゃって」
「まぁ定番だけど。……でもマズいなぁ。このての誘拐って、事実はともかく清らかじゃないのではないかって噂立てられるんだよね」
「貴族って噂社会っぽいからね。……いっそそれを武器に婚約の話題を躱すのはどう?」
「お、良いね。……でも逆に変なヤツあてがわされそうでもあるなー。こんなお前でも受け入れてくれる存在が居るんだぞ、的な」
「……御婦女方。グレイが居るのでそのての話題は別の機会に」
『はーい』

 スカーレット様の大丈夫や清らかとはなんだろうか? 意味は分からないけれど、ともかく余裕があるお姿を見ていると私も大分余裕も出て来た。
 ともかく、ローシェンナは今回の一件の黒幕の正体は分からないし、関わってもいないようだ。そうなるとこれからどうしようかという話になるのだが……まずは全員が手足を縛られているので、それをどうにかしなくては。
 同じ牢内に居るので、どうにか動く口などで誰かのロープを噛み切る……というのは難しい太さであるし……

「ま、状況も分かったし、少し外を見てみようか、な。っと」

 と悩んでいると、クリームヒルトちゃんがなにやらもぞもぞ動いたかと思うと、あっさりと手と足のロープを外した。
 あまりにも呆気なく外すので、寝られているシルバ様以外が驚いた表情で見ており、反応が全員遅れてしまっていた。

「え、あの……クリームヒルトちゃん、何故縄を抜けられ……?」
「あはは、ほら、私攫われた時意識あったって言ったでしょ? だから縛られている時に縄抜けを仕組んでて。まぁちょっと甘くて時間がかかったけど」

 聞くとしばらられる時に小指を開き気味にして空間を作り、後は関節を外して上手い事外したとの事だ。流石はクリームヒルトちゃん、そのような事を出来るとは……!
 私は尊敬の念を抱きつつ、先程まで拘束されていたクリームヒルトちゃんの手足を見て――それに、気付いた。

「クリームヒルトちゃん、その手足は……!?」
「え? ああ、うん。さっき抵抗したって言ったでしょ? その時にちょっと無理をしてね。魔法が使えれば綺麗に治せるんだろうけど……封じられているし、道具も無いからねー。大丈夫、ちょっと痛いだけだよ」

 クリームヒルトちゃんはいつもの笑顔で言うが、とてもそうは思えない。
 応急手当のようなものはされてはいるが、手足は拭いきれていない乾いた血が付いており、白い綺麗な肌であったのに痛々しいほどの傷もある。

「ま、心配しなくてもいいよ。私が今ロープを外して、外で治療薬を見つければ済む――」
「お前、何故抜け出している!」

 私達が心配し、クリームヒルトちゃんがそれよりもと行動をしようとすると、牢の外……先程まで誰も居なかった通路から男性の声が聞こえた。
 その言葉と語調。なにより牢の外から縛られていない状態でこちらを見ている事から私達を攫った者……あるいは一員だろうか。どちらにせよ私を監視している男であることは確かだ。
 だがこの状況はマズい。せっかく脱出できるチャンスであったのに、見られては水泡に帰してしまう……!

「あはは、ごめんなさいー、ロープがきつくって外しちゃいましたー」
「ふざけた事を言いやがって。やはり女子供といえ、魔法の紐で拘束をすれば良かったんだ。すぐに封じて――」

 監視の男は鉄格子に近付き、身長差から見下すようにクリームヒルトちゃんを睨み付ける。それに対してクリームヒルトちゃんは笑い、

「あはは――よい、しょ!」
「――がはっ!?」

 そのまま鉄格子の隙間から右腕を出して相手の首を掴み、掴んだ状態で思い切り身体ごと相手の首を引っ張り、鉄格子に叩きつけた。
 そして掴んだ状態で逆の左手で相手の頭頂部の髪を掴んだかと思うと、首を掴んでいた右手を離し、左手と同じように頭に手をやると――

「ごめんなさい」

 一言謝って、頭を掴んだ状態のまま、躊躇う事無く思い切り相手の頭を地面に叩きつけた。

「――――…………」

 顔面から叩きつけられた監視らしき男は、その二度の衝撃で意識を手放していた。
 ……ほんの2、3秒の間に起きた出来事に、誰も付いて行けず黙っていた。

「……うん、よし。気を失っているね。小柄だから隙間から手が出せて良かった……、ん、ここかな……? お、あった」

 ただクリームヒルトちゃんだけはいつものように……いつもの笑顔のまま、相手の気絶を確かめた後、手が届く範囲で相手の身体をまさぐってなにかを探し、見つけたような反応をすると取り出してそれを手にする。

「あはは、よかった、鍵を持ってたよ! これで脱出できるね!」

 鍵を手にし、嬉しそうに私達に報告をする。
 いつものような笑顔で、先程までの事は特別でも無いかのように振舞っていた。

「あれ、皆どうしたの?」

 乾いたはずの血が、まるで今濡れたかのように赤く染まって見えた。
 神父様もスカーレット様も、ローシェンナもなにも声を出さずにいたが――

「凄いですねクリームヒルトちゃん! 流れるような動作で凄まじい行動でした!」
「あはは、ありがとうグレイ君。もっと褒めてくれても良いのだよ!」
「はい、まさに貴女と共に居られた事を生涯の誇りとして、私めは子々孫々語っていくでしょう!」
「おお、そこまで行くとむず痒いかな!」

 私はその行動に尊敬の念を抱かずにはいられなかった。
 私であれば大の男性を引っ張る力も、叩きつける力も無いので、クリームヒルトちゃんの真似は出来ない。そしてなによりも一瞬で判断して行動するという点が私には出来ない。
 まさに場慣れしていると言うべき行動だ。さすがはクリームヒルトちゃんである!

「……アイツ、気にしていないんだな、やっぱり」

 私がクリームヒルトちゃんに賛辞の言葉を述べていると、寝ているはずのシルバ様の声が聞こえた気がした。
 気にしていないという言葉が聞こえた気がしたが……なんの話なのだろう?
 分からないが、ともかくクリームヒルトちゃんがクロ様の様に凄いという事は分かるので、私は褒める事だけはしようと思う。

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