追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

ある意味三度目(:灰)


View.グレイ


「――、――――。――。――――」

 誰かが私を呼んでいる気がする。
 声の持ち主は女性。
 確かこの声は年下の私を対等に友と認めてくださり、私が唯一ちゃん付けで呼んでいるお方の声のはずだ。
 だが何故その声が聞こえるのだろうか? 彼女は学園に居て今はシキに居ないはずだ。
 ならば幻聴……あるいは夢だろうか。確か私はアプリコット様に対する気持ちを整理するために神父様と――

「グレイ君、起きてー。大丈夫?」
「……クリームヒルト、ちゃん?」
「あ、起きた」

 段々と意識が覚醒し、声の意味もハッキリと聞こえるようになると、声の持ち主の名を疑問を持ちながら言う。すると想像通りの方……クリームヒルトちゃんが私を覗き込むようにして見ていた。

「グレイ君、大丈夫? 何処か痛むとかなにかされたとかない?」
「……痛む? された……?」

 なんの話だろうか?
 そもそも何故クリームヒルトちゃんがここに――いや、そもそも此処は何処だろうか?
 地面が硬く、寒いと言うよりはヒンヤリとしていて。籠るような声が響く此処は……?

「クリームヒルト。多分その子、状況を理解していないと思うよ」
「あ、そっか。グレイ君。今自分がどうなっているか分かる?」

 状況?
 状況と言うと――昨日からなんだかよく分からない感情に支配されて眠れず、ヴァイオレット様に出す紅茶の砂糖に間違って小麦粉を入れてヴァイオレット様を噴き出させた。
 慌てて紅茶を回収しようとして転び、服を汚して部屋を汚してどうしようかと慌て、ヴァイオレット様が外の空気でも吸って一度落ち着くように言われた所に、アプ――師匠がやって来て、よく分からない感情が再び湧き上がってなにかを言ってその場を去り……

「神父様と滝にうたれて心頭滅却をしようとしたのですが……」
「滝?」

 去ったその先で神父様が何故か居られた。神父様も何故かよく分からない感情に支配されてシアン様から逃げ、もとい去って来たらしく、話し合っていく内に、お互いに目的(心頭滅却)が一致したので滝行をしようとした。これならば昨日止められた禊とは違うので怒られないだろうという結論だ。

「あはは、なんとなくだけど、違うと思うなーそれ」

 そして滝行用の服である白い薄手の服を教会からこっそりと拝借し、向かう途中で――そうだ、モンスターが居たんだ。
 モンスター除けの範囲内にも関わらず何故か居たモンスターに私と神父様で対応し、一通り追い払った後に……気を失った。という事はつまり……

「ヌレスケ好きに攫われた……!?」
「なにを言ってるの」
「あの白い服は滝行にて身体に張り付き、ヌレスケ愛好家にはたまらないと聞いたのですが……」
「あはは、それだけだと私達も攫われた理由が分からないかな?」

 私達? 攫われた?
 一体どういう意味かと思い、寝転がっている体勢から起き上がろうとして――上手く起き上がれない事に気付いた。
 まず両手が背中の腰辺りから動かせない。次に足も両足を自由に動かせない。そしてなんとか動く首で自身の身体を見て――今の状況を理解する。
 両腕は後ろで縛られ、足も足首辺りで縛られていて地面に寝ている状態だ。
 首には見えないが絞めつけるような感覚があるので、恐らく昔私が付けていた事がある魔法封じの首輪をされている。
 周囲を見ると、洞窟のような岩の壁や地面に、罪人を閉じ込めるかのような鉄格子で部屋を区切っている。

「…………また、ですか」
「また?」

 ああ、まただ。
 いつかの時のように、私はまた攫われて捕まっている。
 誰かに、というのは今はどうでも良い。ただ今の私は攫われている事に対して、自分に嫌気がさしていた。

「……クレイ君がなんか項垂れているけど、どうしたの?」
「多分前にも攫われて捕まったから、それを思い出しているんじゃないかな? です」
「前にもあったんだ……」

 油断した。また迷惑が掛かってしまう。
 これがクロ様であればこのような事にはならなかったはずだ。油断して背後を取られるなんてことは無いだろう。
 これが師匠であれば……あの方なら、対策を講じて、捕まったとしても今まで気を失ったままなんて事は無かったはずだ。
 これも全ては私が弱いせいだ。私が――

「グレイ君ー」
「私めが……私が……」
「ていやっ」
「痛っ!?」

 私が自己嫌悪に浸っていると、突如頭を叩かれた。
 割と強めであったので、結構痛い。

「ええと……クリームヒルトちゃん、なにを……?」
「あはは、なにか悩んで声が聞こえていないみたいだったから、ちょっとね。今は悩むより、状況を話し合わないと」
「は、はい……」
「まずは前向きに。暗い感情じゃ暗い結論しか出て来ないよ」

 クリームヒルトちゃんに言われ、私は素直に頷く。
 確かに悩んでいるのは後でも出来る。後悔は後でするとしても、今は状況を理解しなくては。
 私は縛られた状態のままどうにか起き上がり、地面に座る体勢にする。そして改めて周囲を見渡し、状況を把握しようとする。
 壁や鉄格子は先程見た通りだ。光は鉄格子の部屋と部屋の間の通路の天井にある術石による灯のみで薄暗い。外は見えず、通路の先もまだ見えない状態だ。
 そして周囲には……

「神父様と、シルバ様と……スカーレット様?」

 同じ部屋に私とクリームヒルトちゃん。そして神父様とシルバ様と何故かスカーレット様が居られた。全員が私と同じように縛られている。ただこの部屋の中でシルバ様だけが唯一眠った状態であった。あと魔法封じの首輪が他と違う気がする。

「や、グレイ君二日ぶりー。成長した?」
「お久しぶりです。測って見れば分かるかと思われますが、朝と夕方では身長に差があると聞きます。今の時間が分かりかねますので、大きくなったかまでは……」
「ああ、うん、ごめん。そこまで真面目に答えなくて良いよ」
「そうですか?」

 私が名前を呼ぶと、スカーレット様がついこの間まで見ていたものと同じような笑顔で私に挨拶をしたので挨拶を返す。
 スカーレット様は縛られても気品というか、彼女らしさがあるのは何故だろうか。私も出して見たいモノである。

「グレイ、怪我何処か痛む所はないかい? 突然の背後からの魔法だったけど、急でなにを喰らったかは分からないから……」
「感覚的には変な感触は無いので大丈夫かと。神父様は?」
「俺も大丈夫だ。変な所があったら直ぐに言うんだぞ?」
「はい。……申し訳ございません。私が今回の件で――」
「謝る必要はない。俺も不注意だったし、恥ずかしながら俺も気が付けばここに居たんだ。グレイが謝る必要はないよ」

 私は神父様に謝罪し、神父様は大丈夫だと答えてくださる。だけど神父様単独ならば――と、いけない。悲観的な考えは今は出来るだけしないようにしないと。

「よし、とりあえずグレイ君も起きた事だし、状況を整理しよっか」
「シルバ様が目覚められていないようですがよろしいのでしょうか?」
「さっき起きたんだけど、シルバ君の魔法封じのやつは特殊らしくて。さっき封じる際に体力を奪われちゃったから寝ているの。後で共有するから、寝かせておいたあげてね」
「承知致しました」

 スカーレット様が話を進めようとし、私が聞いてクリームヒルトちゃんが答える。
 シルバ様の魔法封じが特殊……? 何故シルバ様だけが特殊なんだろうか。特殊に封じるならば希少魔法を使うクリームヒルトちゃんや、王族として優れているスカーレット様の方が良いと思うのだが。
 ……仮にシルバ様がなにかしらの特殊な力を有していたとすると、それを知っている相手がいて、シルバ様に特殊な魔法封じをかけたという事だろうか。

「じゃ、改めて情報共有ね」

 と、今はそれよりも情報の共有だ。
 まずはスカーレット様からの話を聞かなければ。

「攫われたのは五名。グレイ君も気が付いたら、って言っていたみたいだし、全員が犯人の姿は見ていない。ただ共通しているのは、モンスター討伐後に、気が付いたら気を失ってここに居る、で良いのかな?」
「……ん? スカーレット殿下もモンスター討伐後に?」
「そうですよ、神父様」
「俺の記憶に間違いがなければ、首都に帰ったのは今日の話じゃ……なのに討伐?」
「王族ですが、冒険者なので」
「……話を続けてください」

 何故だか神父様が手を自由に動かせるのならば頭に手を置いていた、みたいな表情であったのは気のせいか。

「あ、少し訂正するね。……です」
「敬語は無理しなくて良い。どうしたのクリームヒルト」
「私はモンスター討伐の後、殺気を感じて攻撃をかわしたから、ちょっと抵抗したよ」
「あれ、さっきのシルバの話だと……」
「シルバ君はすぐ気を失ったから。私はなんだか黒装束? みたいな人達に襲われない様に殴ったり噛みついたり爆発させたりで抵抗はしたんだ」
「……へぇ」

 クリームヒルトちゃんの言葉に、スカーレット様は何故か訝し気な表情で見ている。
 何故そのような表情で見ているかは分からないが、ともかく、クリームヒルトちゃんは今回の犯人を見たという事だろうか?

「あはは、ゴメンね。結局はよく分からない内に意識が混濁して捕まっちゃって……」
「いえ、謝る必要はございません」

 私が聞くと、クリームヒルトちゃんは申し訳なさそうに答えられる。
 私はむしろそのような表情をさせてしまった事に謝罪をすると、クリームヒルトちゃんは言葉を続けた。

「ただ縛られたり運ばれたりする時は意識はあったよ。間違いじゃ無ければ馬車に入れられて結構長かった気がするし……グレイ君や神父様も要るし、もしかしたらシキからそう遠くないかもしれないよ」

 なんと抵抗しただけではなく、意識まであったとは。クリームヒルトちゃんは凄まじい精神力の持ち主のようだ。いつも明るく前向きな御方であり、このような場面でも自分らしく明るくいらっしゃる。やはりクリームヒルトちゃんは友でありながら尊敬も出来るお方だ。

「でも誘拐の面子が納得いかないかな。ロイヤルな私はともかく、誘拐するにしては今一つ関係性が薄いと言うか……」
「王族、貴族が一名。平民が三名だからねですよね。私とかシルバ君はよく分からないでありますです」
「敬語意識し過ぎて訳分からなくなっているよ。……でもそれぞれが特殊な立場ではあるか。だけどそれだけじゃ……」

 スカーレット様はどうやら犯人の目星を付けたがっているようだ。まずは相手の目的を知る事でこれからの動きを知ろうとしている……という感じだろうか。

「ですが、心当たりはあります」

 であれば私には心当たりがある。

「え、誰? グレイ君分かるの!?」
「ええ、以前私めを誘拐いたしました男性です。彼は……己が愛のために暴走する事がありましたので、もしかしたら関与している私め達を攫って楽しんでいるのかもしれません」
「それって――まさか!」

 そう、捕まえると言えばあの男。
 以前のモンスター騒動や、攫われた時の事。そしてクロ様には何故か可能性が低いと言われたが、先日の飛翔小竜種ワイバーンにも関与していると思われる男。

「――それは僕の事かい?」

 その男は正に私達に声をかけて来ていた。
 声がした方、鉄格子の向こう側に私達は一斉に視線を動かす。
 そこに居たのは、忘れるはずもない顔をした茶色の髪に、茶色の瞳の男。
 言霊魔法などという奇妙な魔法でモンスターを操り、ヴァイオレット様を危機に陥れようとした男。
 オークをヴァーミリオン様と同じ顔に成された愛の伝道者。
 やはりこの男が今回や前回の騒動の黒幕――!

「だが残念だったな。僕が動くのはヴァーミリオン様のためだけだ! そうでもないのにお前らを捕まえるものか!」
「……うん、とりあえず縛られてドヤ顔しても格好悪いよ?」
「内容も内容だけどね」

 黒幕候補こと、ローシェンナ・リバーズは何故か違った檻に縛られて地面に寝転ばされていた。
 ……趣味というやつなのだろうか。

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