追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
呼び方は慣れにくい
「ほう、あのロボが不意を突かれる程のモンスターが暴走を……気になるな。ロボであればB級など恐るるに足りぬだろうに……」
「あれ、シャル。ロボは普通に名前で呼べるんですね」
「む? …………そうだな、私も成長しているんだ」
「……女性である事忘れていましたね?」
「……すまない」
「謝らないでください」
「? シャトルーズ様と女性の名前の成長とは?」
「ああ、シャルのヤツ、女性の名前を恥ずかしがって呼べないんですよ」
「恥ずかしがってなど居ない」
「じゃあアンバーさんの名前を呼んでみて」
「……レディ・ブルストロード」
「こんな感じです」
「成程……学園祭の折にメアリー様をアイツと呼んでいたのは気のせいでは……」
「ないですね」
俺達はシャトルーズとスカイさんを含めた五名で、歓談しながら食事を摂っていた。
バーントさんとアンバーさんは初め「共に食事を摂るなど……」と席を外そうとしたが、「クロさんの友ならば」とスカイさんが言い、シャトルーズも同意して一緒に話しながら食べている。
ちなみにスカイさんがシャトルーズにも含めて敬語なのは、敬語を外して油断すると訛りが出てしまうかららしい。別に訛りは良いと思うのだが、恥ずかしい年頃なのだろう。ならば特にこちらから言う事は無い。
「そういえばシャトルーズとスカイさ――」
「…………」
「――スカイも、今日討伐依頼をされていたんですよね?」
俺が尋ねようと名前を呼ぶと、スカイさんをさん付けで呼ぼうとすると、ジッとなにかを訴えるように見られたので、呼び捨てに言い直す。……なんだろう、複雑な気分だ。
シャトルーズの方にも呼び捨てと言われて呼び捨てではすぐに呼べているのに、何故私だけは……的な視線を向けられるので、早めに慣れないとな。
なお、俺の敬語はそういう性格なので徐々に、という事で納得してもらっている。
「ああ、C級モンスターの群れが陣取っているという場所の調査と討伐だな」
「情報通りならば討伐をする、というものですね。情報通りであったので、私とシャルで討伐したのですが……」
「したのですが?」
シャトルーズとスカイさんはそういえばかというような表情になり、俺の方を見る。
「……そういえば話は戻るのですが、クロさ、……クロが治められているシキにでもあったと思うんですが」
スカイさんがなんだか呼び方に無理している感があったが、ともかくなんだろうかと言葉を待つ。
「以前シキで飛翔小竜種の襲撃があった時、妙に強化? されていたんですよね」
「ええ、ロボの奴が反応できない速度で、襲い掛かって一発で装甲が噛み砕かれる程度には」
「え、彼女がそこまで……彼女、今は大丈夫なんですか? 以前私が見た時は空を飛んだり、お嬢様と仲良くしたり、木を数本伐採してそのまま担いでいたりしましたが……それらが出来なくなったんでしょうか?」
「戦闘方面以外は大体大丈夫ですよ。それに今は恋をしかけていて、以前よりある意味元気です」
「恋?」
「恋です」
「…………なるほどー」
アンバーさんにとっては数日程度以前のロボを見ただけであるから、想像しにくいのかもしれないな。
と、それよりも今その話を戻したという事は、依頼となにか関係性が有るかもしれないという事だ。
「はい、実は……私達が討伐したモンスターなんですが、以前戦っていた同種のモンスターよりも、強いというか凶暴性が有ったんです」
「そうだな。個体差と言われればそれまでだが……妙な違和感があった」
シャトルーズとスカイさん曰く、なにかから逃げて住処を追われたため、凶暴化しているのは珍しくないという。
しかしスピードや力が同種のモンスターよりも遥かに高く、通常であれば油断しなければ問題なく対処も出来るのに対し、今回は苦労をしたようだ。
そして今回の事を報告し、他の冒険者との情報を照らし合わせて違和感について調査するらしく、今は報告待ちとの事だ。
しかし凶暴性に能力値の増加となると……すぐに思い当たるのはやはり。
「男爵……ではない。クロもアイツが思い浮かんだのではないか? モンスターを強化し、操ることが出来るあの男」
「ええ、ローシェンナ・リバーズ、ですね」
「リバーズ……確か以前嫡男が捕まったと聞きましたが……」
「ええ、その男です」
ローシェンナ・リバーズ。
あの乙女ゲームでも出てくる悪役令息で、ヴァーミリオン殿下を愛する狂人。以前ヴァイオレットさんへの悪意が膨れ上がってシキで多くのモンスターを言霊魔法で操り、けしかけた男。
アイツが使う魔法は特殊であり、あの乙女ゲームの設定だとアイツしか使えない上、モンスターもある程度改造して操れるとなれば、以前のワイバーンの襲撃や今回のシャトルーズ達の違和感の犯人候補として真っ先にあがる。
しかし……
「未だに捕まっていると聞きますので、可能性としては低いんですよね。あの男が捕まる前に仕込んだ魔法が今になって暴走した、という可能性もありますが」
「……そうだな。私もそう思う。それに……」
「それに?」
「あの男が関わっていると……ワイバーンや私が今回見たモンスターのいずれかの顔がヴァーミリオンのヤツになっていそうでな。私以外の冒険者からそのような報告を受けてないのならば、大丈夫だとも思うんだが……」
「やめてください想像してしまったじゃ無いですか」
ワイバーンの頭に、あのオークのように顔だけ魔改造されたヴァーミリオン殿下の端正な顔が――うっ、オークの時の妙な感情が思い返される。だけど確かにそのような状況があれば、一番の証拠になるな……間違っても無いだろうけど。
実際に見た事の無い方々は「顔が変わる?」と疑問顔であったが、俺とシャトルーズは妙に気が沈んでしまった。
「ともかく、クロも気をつけてくれ。アイツの意志でなくとも利用されている、という可能性もあるのだからな」
「ご忠告痛み入ります」
正しき道に反するとして、ローシェンナ・リバーズの言霊魔法は、現在アッシュの命令により、対処を除けば研究はなされないようにされているはずだ。
しかし絶対というのはあり得ないし、あいつ自身も覚えた以上は他に覚える可能性もあるという事だ。
例えアイツ自身が自分の意志でなくとも、魔法を使ってローシェンナ・リバーズを操り、第三者がやっているという可能性が有る。
例えば仮面の男や、四人の転生者とやら。
“危険対象。不審な動き有り。注意しろ”
……それに、シッコク兄から受け取った紙に書かれたあの注意もある。
何処になにが潜んでいるのかも分からない。疑いすぎも良くは無いが、注意だけはしないとな。
「……? む、あそこに居るのってエクルか?」
「そのようですね。誰かを探しているようですが……あ、目が合いました」
そう思っていると、シャトルーズが視線の先に誰か――エクルを見つけたようで、不思議そうにするとスカイさん達と目があったようだ。
俺も視線の方を見ると、エクルが早足気味にこちらに来る。
「シャトルーズ達に、クロ男爵に……ブルストロード兄妹だね。こんばんは」
「こんばんは。どうかされましたか?」
エクルは俺達に簡易的に頭を下げる挨拶をする。バーントさん達とも知り合いのようだ。
「ああ、すまない。実は……シルバくんとクリームヒルトくんが見つからなくてね。心当たりはないかい?」
と、挨拶を済ませると少々慌てた様子で俺達に聞いて来る。
俺は見て居ないと答え、シャトルーズ達も見て居ないと答える。
「……そうかい。見ていないのだね」
その答えを聞くと、少し沈んだような表情になる。
俺はあまりエクルとは交流は無いが、なんとなくこのような表情をするのは珍しいと思えた。
「もし見つけたら宿屋に戻っていて欲しいと伝えて欲しい。それじゃ、俺はこれで――」
「待ってくださいエクル先輩。……なにかあったのでしょうか?」
「……いや、なんでもないよ」
「嘘です。先輩がそのように慌てるなど珍しいですよ」
「そうだな。普段であればしないような表情だ」
どうやらシャトルーズ達も疑問に思ったらしく、スカイさんが去ろうとするエクルの手首を掴んで引き留めていた。
「…………」
エクルは尋ねられ、どうすれば良いかと自問自答するかのような仕草を取ると、意を決したかのようにこちらを見る。
その様子を見てスカイさんは話してくれると思ったのか手首を放し、言葉を待った。
「……君達をあまり巻きこみたくは無い。しかし、協力して貰えないだろうか?」
「協力ですか?」
「うん、そうだね。協力だ。もしかしたら……」
エクルはそこで一旦言葉を区切ると、
「――シルバくんとクリームヒルトくんの身が危ういかもしれない」
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