追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

幕間的なモノ:第一王女が馬車の中にて_1(:真紅)


View.ローズ


 カタカタと定期的に揺れる馬車に乗りながら、私は襲撃対策という事で僅かしか見えない外を眺めていた。
 それなりに早いスピードで流れていく外の景色は、最近は執務などで外に出なかった私にとっては久々の光景であり、シキに始めて来たので新鮮な光景ではあった。
 しかし木々同じ光景ばかりになり、来た時にも見た光景であったので馬車の中に視線を戻す。

「……すぅ、……すぅ」
「…………」

 馬車の中は、昨日ルーシュとスカーレットと遅くまで話したせいか疲れて寝ているバーガンティーと、背筋を伸ばして一切の油断をせず警戒しているスカイが佇んでいる。
 普段であれば信用しているとはいえ、無防備に寝顔を晒しているバーガンティーに注意をする所だが、今日は良いだろう。

――それにしても不思議な所でしたね、シキは。

 私にとってのシキとは荒れている場所、というイメージが大きかった。
 昔は栄えていたらしいが、なんでも先代の王、私の祖父と折り合いが悪い者が居た結果その地が問題を起こした者だけが行くような場所になったとのことだ。領主ですら問題のある者が治める事になっている。
 そしてある時、弟のカーマインが準男爵家のハートフィールド家の三男と問題を起こしたのだが、その問題は事を大きくする訳にもいかない内容であった。当時の私は年末年始のパーティーになるまでその事を知らず、カーマインが様々な事をその彼……クロに関して色々やろうとしていた。
 初めは私はあらましを聞いてもあまり関わろうとはしなかったのだが、スカーレットの様子もおかしく、妙な違和感があったので私は問い詰めた後、カーマインに対し長時間・数日間にわたる説教をし、結果として私の任命でクロをシキの領主に任せたのが四年前の事。
 初めはほとぼりが冷めたら適当な任を与えて、優秀ならば何処かに所属させる……程度に考えていたのだが、気が付けばクロの噂は様々な方向に曲解され広げられていた。
 カーマインが関わっている――と思ったのだが、どちらかと言えばカーマインの派閥とりまきと、ハートフィールド家自体がクロ単独の噂を勝手に広げていたようだ。
 カーマインは単純に領主としての仕事を増やさせるような小細工をしていただけで、関わりは無いという。小細工の件はそれはそれで説教はしたが。
 シキの領主を任せたのは私の責任であり、噂もあったのでどうにか私で対処しようとしたのだが……

――クロ男爵自身が、シキを変えていたのですよね。

 気が付けばシキという地はなんだか別の方向に変わっていた。
 少なからず彼が領主をする前とは違った方面に代わり、以前と比べると悪い噂は少なくなっていた。代わりに妙な噂が増えたが。
 ともかく私が情報を聞いて、実際に忍んでこの目で確かめて、彼にこのままシキの領主を任せて良いと思うほどには変わっていた。
 多少の気苦労は有れども、彼は間違いなく充実しているように見えて、行き場の無い相手を救っていたのだ。

――ヴァイオレットも、その一人ですね。

 元々自身の理想を押し付ける面はあったのだが、私自身は彼女を嫌ってはいない。
 ヴァーミリオンとも、もっと話しあえば理解し合えると思っていたし、学園での学習は理解を深める良い機会……だと思っていたのだが。気が付けば決闘&破談&平民への愛の告白というスリーコンボを決めていた。当然説教をした。
 ともかく、このままではヴァイオレットは自死か抜け殻の様に過ごすのではないかと危惧した。昔は私に尊敬の念を向けていたものだ。そんな彼女を放っておけない。しかしバレンタイン公爵家の力に対しては、下手に関わることも出来ない。
 私は見ているしかないのか……と思っていたのだが、カーマインがいつの間にやらバレンタイン家と交渉し、クロの所へと嫁に出せないかと交渉していた。恐らく“問題のある公爵家の娘を送る事で気苦労を増やしてやる”的な発想だったのだろう。我が弟ながら器の狭い弟である。
 だが私はそれを利用して、その交渉を後押しした。上手くいくかは分からないが、ヴァイオレットが少しでも幸せになる事を願って。
 結果は上手くいったと言っても良いだろう。今回の件でそれは感じることが出来た。
 ですが……

「……スカイ。少し気になるのですが、良いですか?」
「はい、なんでしょう」

 私は気になることがあり、バーガンティーを起こさないような声量で、スカイに声をかける。
 相変わらず油断をせずに、表情も張り詰めたままである。掃除中毒の状態を考えると今の彼女は本当に真面目で頼りになる騎士見習いである。

「クロ男爵とヴァイオレットなのですが、貴女にも仲の良さを聞きました。初めは仲が良いと答えましたね?」
「はい」
「ですがその後、複雑そうな表情をしていた時があったと思います。仲の良さについて疑問を持っていたような……」
「……はい。捕縛の後ですね。あの時は連絡のため会話が遮られましたが、そのようなこともあったかと」
「なにかあったのでしょうか?」
「ええと……ローズ殿下も知っておられると思うのですが……」

 私が尋ねると、スカイは少し答え辛そうな表情をした後に問いに答えた。
 なんでも仲は良いのだが、クロとヴァイオレットは初夜すら迎えていないらしく、その件について聞いて色々と戸惑っていたらしい。
 その件に関しては私もシキの民の噂では聞いてはいたが……スカイは当事者から聞いたのだという。だから動揺していたとの事だ。
 他にもなにか隠しているように思えたが……今は良いだろう。

「なので、少し動揺したと言いますか……婚姻して半年も経って契りを結ばないなど、おかしな話だと思ったのです」
「珍しいかもしれませんが、無いという事は無いでしょう。私だって夫のマダーとは最初の一年はレスでしたよ」
「え……そ、そうなのですか?」
「はい。元々数回話した程度の仲での婚姻でしたからね。マダーは私に好意も興味も無かったようですから」

 今は夫と仲は良いけれど、私は初めの一年間は性交渉はほぼ無かった。
 なので確実に無い、ということはないだろう。珍しい事は珍しいだろうが。
 だけどクロがまだだとは意外である。キッカケが無いのか精神的な問題なのかは分からないが……

「そうですね……ですが、彼らの場合は時間の問題でしょうね」
「……仲が良いですからね」
「はい」

 ともかく彼らの場合は時間の問題だろう。それも遠くない時間の問題だ。
 私は彼らの幸福を願うばかりである。

「ああやって幸せそうにしているのを見ると、私のした事も少しは良かったのだと思います。スカイが次に会う頃にはもっと親密に――……何故泣くのです、スカイ」
「泣いていません」
「涙だけ流すとは器用ですね」
「ですから、泣いていません。汗です」

 私が願っていると、何故かスカイが表情を一切変えずに涙を流していた。奇妙な光景である。
 ……何故泣いているのだろう。
 私は疑問に思いつつ、持っているハンカチをスカイに渡す。
 初めは拒んだスカイであったが、私が差し出し続けると観念して受け取っていた。

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