追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

邪心が無いからこそ応えたい


「……クロさん」

 俺が羞恥に内心悶えていると、先程まで俺の過去の消し去りたい過去にノリノリだったアプリコットが、トーンを一つ下げた声で俺の名前を呼んだ。

「我にとって貴方は尊敬できる男性だ。よく見る貴族のような生誕による差別主義者でも無く、力を羨む事は有っても生みの親と違って妬む事なく、己が個性を尊重してくれる」
「うん? ありがとう」

 個性という言葉だけで片付けて良いものかは微妙だが、個性豊かな面子は前から慣れてはいたからな。あとは俺が貴族で高貴な生まれと言われても、父からの貴族であるし元庶民としては実感が無いだけではあるけれど。

「今の言葉は嘘ではないのだろう。……そして、めでたいこの日に言うべきでない事かもしれん」
「なんだ? ……自作の設定ノートとかはないぞ?」
「よく分からないが違う」

 違うのか。
 ともかく、アプリコットは最近帽子につけ始めていた、魔法によって保護を掛けてあるグレイから貰った山茶水仙花を何故か手にしていて、

「クロさん。我に……我達に隠している事ないか?」

 少しだけ寂しそうに、俺に尋ねて来た。
 普段のような自信に溢れた様でも無く、最近見るようになった慌てふためく恋をしている年相応の表情でもない。
 綺麗な杏色の瞳で真っ直ぐに俺の目を見て、芯のある強さを持って聞いてきている。

「俺だって隠している事は多くあるけど、含意が広くて分からない。どういった類かにもよるが……」

 茶化す事も出来るだろうけど、今のアプリコットはそれを求めていないだろう。
 しかしなにを隠しているのか、というのも分からないので答えられない。生憎と俺の色んな意味で消し去りたい過去については、今受け入れられ……たと思うし。

「例えば、先日のモンスター騒ぎで隠している事がないだろうか」

 その件ならば……隠している事といえば仮面の男に関してか。……アプリコットになら話しても大丈夫だろうか。もちろん日本語に関しては伏せるが、そのくらいならば……

「例えば、この文字に関して心当たりは無いだろうか」

 そしてアプリコットは、日本語が書かれたメモ書きを俺に見せて来た。

「――それは、どこで?」
「……やはり読めるのだな」

 そこに書かれているのは、アプリコットに筆跡で書かれた日本語の文字。書きなれない文字のためか所々で文字のミスはあるが、間違いなく日本語で書かれた文字であった。

「首都にてヴェールさんが我達に読めないかと見せた、ヴェールさんの師匠である予言師が書いた、予言師も読めない文字を我が記憶で書き起こしたものだ。その場に居た者はほとんどが読めなかったが……」
「…………」
「……クロさんならば、読めるのではないか? 先程のオリジナル言語とやらと同じであろうから」

 ……ヴェールさんの師匠か。詳細は知らないが占星術の使い手かなにかなのだろう。王国にはそういった類の存在もいたはずだ。
 そして読めたというのは……メアリーさんか。彼女が俺の事を話すとは思えないから、アプリコットはアプリコットなりに、先程のカラスバ達の話を含めてこの文字に関して結び付けたのかもしれない。
 そして……

――転生者が、四人……?

 そしてなにより、書かれている文章が俺にとっては無視できないものであった。
 王国、試練――転生者が、“四人”。単語しか見ていないが、無視できないものが多い。
 前世でも最も難しい言語の一つと言われている日本語だ。少なくとも……アプリコットが妄想などでは書き綴れない文章である。

「我とクロさんは自由に話せる。疑念があるなら話したい。会話を無くして、不必要に疑心が募って有りもしない敵を相手するのは嫌だからな」

 アプリコットはメモ書きを一旦閉じ、少し悲しそうな瞳をした後に自身の想いを告げる。

「クロさん。……答えて貰う事は出来るだろうか」

 そして再び同じ言葉を、俺に向かって聞いて来た。
 ……恐らく、俺が話したくないと言えばアプリコットは引くだろう。
 今から誤魔化しても、アプリコットはさらなる追及はしないだろう。
 けれど、それをしてしまえば……

「……ああ、そうだ。その文章は俺がさっき“この世界にはない”といった言語だよ」

 それをしてしまえば、アプリコットと俺の間に溝が生まれる。それだけはどうしても避けたかった。

「……素直に話してくれるのだな」
「そりゃあな。……アプリコットに言われたら、話すしかない」
「我に?」
「ああ」

 グレイと仲が良いから、グレイの為にも不必要に軋轢を生みたくないだとか。そういった理由もあるだろうけど。
 なによりも一番は――

「アプリコットは大切な友であり家族だ。……そんな好きな存在に嫌われたくは無いからな」

 単純に、アプリコットに嫌われたくない。
 全てを話す事が偉いという訳でも、お互いに隠し事をしない事こそが仲が良いというつもりは無い。話さない事が良い事だってあるだろう。
 だけど不必要な詮索ではない、見ている分には不信感しか募らない事柄に対してアプリコットは聞いて来ている。妥協で誤魔化そうとはせずに、信頼を損なわないようにするために聞いてくれている。
 その想いに応えたいという、身勝手な感情。
 話すのは、そんな俺自身の勝手な感情によるものだ。

「……好きの意味合いは違うのだろうが、ヴァイオレットさんに聞かれたら誤解されそうな事を堂々と言うのだな」
「聞かれたらその時はそれ以上の愛を叫ぶから大丈夫だ」
「大丈夫なのかそれは? 羞恥で言えなくなる落ちが見えるのだが」
「お前に言われたくない。見ているだけでもどかしい師弟め」
「我も言われたくはない。見ているだけでもどかしい夫婦め」
「…………」
「…………」

 アプリコットと俺は互いに無言で見つめ合う。
 そして、

「…………シアンよりはマシだと思っておこう」
「…………お互いにな」

 互いにその言葉で、それ以上のこの件の追及は無しにした。
 ……とりあえず、何処から話そうか。

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