追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

邪心が無いからこそ来るモノがある


 “未来を見たければ、過去を振り返れ”
 前世でそんな台詞から始まる作品があったのを、ふと思い出した。

「実はな、試験の時にクロさんの弟と妹に会ったのだが、昔クロさんがそのような事を呟いていたと聞いてな」

 ようするにその言葉の意味は、“過去からは逃げられない”という事だ。
 当然俺も過去はやり直せないし、第二王子を殴った、という過去は消す事が出来ないので、俺はその罪を背負っていかなくてはならないだろう。いかに心情的には味方をしてくれる者達が居ても、罪を背負うとはそういう事だ。
 とはいえ、俺的には背負うのは必要だとしても、偶には忘れてにげてしまう、というのも大切だという考えでもあるが。

「我や弟子も似た言葉を聞いた事がある様な気がするのだが……どういう意味なのだ?」

 だから俺は今この場から逃げたい気持ちで一杯であった。
 今でも中二病魂は若干残っては居るのだが、より強いその病をかかっている時の、俺の逃れられない過去が今襲い掛かって来るとは思わなかった。

――どうする。どうするべきなんだ

 誤魔化すか。聞き間違いや違う言葉であったと言うべきなのか。
 今のこの世界の者達にとっては、同じ日本から来た転生者でも無い限り理解できない事柄だ。だから消し去りたい過去を説明するようなことはわざわざしなくても良いのだが……

「クロさん。……答えて貰う事は出来るだろうか」

 ……なんとなくだが今のアプリコットからは逃げられない感じがする。下手に誤魔化して逃げようものならアプリコット中にある俺への信頼が失われる気がする。
 何気なくは聞いているが……答えて欲しいという意志が感じられる。興味もあるが、疑念を晴らしたいと思っている……?

「……そうだな」

 アプリコットは根は間違いなく良い子である。
 何故急に俺に聞いて来たかも分からないし、俺にどういった疑いを持っているかは分からない。けれどもしも興味の中に、俺への心配も含まれるようならば……変に誤魔化さない方が良いか。

「……東にある国の言葉で、似た意味を持つ古代語があるんだ。あくまでも似た……な」
「む、となるとクロさんが言っていた言葉は……」
「ああ、この世界には無い――オリジナルな言語だ」

 ……うん、嘘は言っていないな。
 この世界には無い言語だし、日本で使われるオリジナルな言葉だから事実である。
 正直に言っても信用はされないだろうし、言えない部分は誤魔化してほとんど本音しんじつで話すとしよう。

邪竜JYARYUはEvil Dragon。投影TOEI模写トレース直死TYOKUSHI魔眼MAGANは……物事の死を見る事が出来る伝説的な瞳だ」
「物事の……死……!? な、なんだそれは!」
「活きている存在の寿命――つまり物事の内包している“いつか来る終わり”を見る事が出来るんだ」
「だが、それを見てどうするのだ?」
「分からないのか、アプリコット。その死とは“概念的な死”だ。さらには見る事でその死に干渉できる――つまりはあらゆる事を差し置いても復元できない攻撃が出来るんだ」
「なん……だと……!?」

 やふー、なんだか話すと決めたら楽になって来たー。

「……俺はかつてこれを見ようとしていた。そして少し見えるようになり、普段は抑えるため、眼鏡を模した封印具もつけた。……だが結局は、そのようなものを見るものではないと、力を放棄したがな」
「封印具……!」
「そして邪竜は封印されし竜だな。幻想種の竜の中でも、特に強いとされている……」
「まさか……モンスター危険度のAランクの上にあるという、国が存在を認めぬランクである、Sランクの存在であるのか!」
「甘いなアプリコット――その竜は、ランクという概念には当てはまらないんだ」
「――、その発想は、無かった……! 評価の領域から外れた伝説の存在という訳か……!」
「その通りだアプリコット!」

 楽になったので、どんどんと言葉が出て来る。アプリコットは中二病魂をよく理解しているからな! こうして話せば同調してくれるのも分かっていたさ!

――……くそぅ、なんだこれ。

 先程のヴァイオレットさん嬉しい言葉を言って貰えた時とは違う羞恥を感じなければならないんだ。俺はなんで過去の触れられたくない箇所を自ら話しているんだ。
 もしもこれが仮面の男に関与していそうな相手から聞いたと言うならばもう少し警戒したものになるが、聞いた相手がまさかの俺の今世での実弟と実妹だ。さらにはアプリコットとグレイも聞いたというもの。下手に誤魔化せない。

「ハッ! まさか昔のクロ様が言われていた謎の言葉も関係しているのでは!」
「カナリア!?」

 さらには寝ていたはずのカナリアまでもが参戦してきた。
 俺の事をクロ様と言っている辺り、まだ酔いから覚めていないのは確かだがなにを言いだすんだ。

「どういうことだカナリアさん!」
「クロ様が幼少期の頃、お屋敷の影でこっそりと色々していたのです。初めは魔法の練習でもなさっていると思っていたのですが……聞いた事の無い詠唱を唱え、最後には【固有KOYU結界KEKKAI】だの【領域RYOIKI展開TENKAI】だのと仰っていたのです!」

 やめろ、やめてください。なんでそんな事を覚えているんだよカナリア。

「やはり聞いた事の無い言語だ……だが何故だろう、不思議と我の魂が揺さぶられる!」
「他にもロボみたいな古代ロスト技術テクノロジーの専用の乗り物を探し始めたり、創造魔法を学んで『トレース・オン』とか言ったり、『二重HUTAENO極みKIWAMI』といって岩を殴って結局は普通に殴り壊したりしたのです!」
「『二重HUTAENO極みKIWAMI』はカラスバさん達も言っていたな……! やはりそれも……」
「……ああ、いわゆる伝説の打撃系の技だ。防御という概念すら壊す。結局は完成しなかったがな」

 やめてください。
 魔法が使える事に喜んで、作品の中に転生した事に気付いて『俺にも転生特典やチート的なモノがあるのでは!?』と色々試していた頃の発言を今になって言わないでくれ。
 これがタンやテラコッタのような悪友ならば揶揄いもあるからまだ良いのかしれないが、コイツらの場合は純粋な疑問や無垢な心から来る質問だから攻撃力ダメージが凄い。
 神父様が使っている創造魔法は、俺が好きでもあり、始まりは妹に勧められて入ったとある作品の主人公が使っていた魔と似通っていたので出来ないかとよく試していた。その時の詠唱でトレース云々は言っていた。……今でも偶に言ったりはするけど。
 二重NO極みは……前世の中学の頃、名前だけは知っていた昔の名作漫画を読んで前世でも真似をしていた。そして身体強化がある今なら出来るのではないかと、今世でも試してはいたのだ。それに多分アレを読んだら誰だって真似したくなる。だから仕様が無いんだ……! 

「やはりクロさんは我の生き様における師匠であるな! 我を拾ってくれた時に只者では無いと思ったのは間違いではなかった!」
「はははー、ありがとうー」
「あれ、クロ様……なんだか疲れています? ……あ、駄目だ、眠くなってきました…………ぐぅ」

 ……そういえば元々素養は有ったのだが、アプリコットの中二発言って、俺の影響だったんだよなー。
 そんな事を思いながら、俺は逃げる事の出来ない過去を振り返っていたのであった。




「……やはり、クロさんに裏はなさそうではあるが……」

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