追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

その意味を理解する事は出来ない(:菫)


View.ヴァイオレット


 ローズ殿下が正体を隠して接している間、色々な事をルーシュ殿下達が話していたせいで説教内容が多くなっているせいか、ローズ殿下によるルーシュ殿下達への説教は長くなりそうであった。
 ルーシュ殿下とスカーレット殿下は気の毒だと思う反面、王族としての在り方に関しては私も疑問ではあったので丁度良い機会であったとは思う。殿下達は正直ローズ殿下が居ないと破天荒が過ぎるからな……

「……どうします?」
「このまま待つしかないだろうな」

 そして私達は動けずにいた。
 ローズ殿下に用があったので話はしたいが、話せる状況でも無い。かといって抜け出せるタイミングも見失った。
 なんと言うべきか、シアンやクリームヒルトのような明るい誰かが入って空気を崩しでもしない限り、下手に動けそうにない。正直こうしてクロ殿と小声で話すのもやっとというほどだ。

「ある程度話が終わったら、助け舟を出しましょうか」
「そうだな。それしか出来まい」

 話がある程度区切りが終わったら、領主として話に入って空気を換える。今の私達に出来る事はそれくらいだろう。
 クリームヒルトやメアリーであればすぐにでも空気を替えることは出来そうではあるが……今の私が彼女らの真似をしても上手くいくとは思えないからな。
 下手をすれば私がヴァーミリオン殿下に対してと、学園での振る舞いに関しての説教すら受けそうである。その場合甘んじて受けはするが、私が説教を受けそうになったらクロ殿は私の代わりと言うように間に入って矛先をクロ殿に向けさせようとしそうなので、出来たらやめておくとしよう。

――だが、この状況は……

 いつでも助け舟を出せるように、ローズ殿下の話の内容を聞いてはいる。
 相変わらずの正論のみの説教であり、口を挟む余地がない内容だ。淡々として、だがどこか姉として心配しているような温かさもある説教。
 そんな見習うべき説教を見つつ、私はある事を思いついていた。

――今のタイミングならば、手を握ることが出来るな……

 クロ殿は私の右側にいる。クロ殿は左手になにも持っていない。私が右手を少し横にやり、高さを上げれば触れることが出来る。私よりも大きく、指先が少し硬い手。以前握った時に、ずっと握っていたくなった、温かな手。
 周囲に何名かはいる。通常であれば手を握るタイミングではないが……視線は大抵が殿下達の方か、視線が合わないように机の方へと視線を向けている。つまりは私達へと意識を向けている者はと言っても差し支えない。
 だが、いつ私達の方を見るかは分からない。見られるかもしれないという緊張感の中、握るのも良いかもしれない。
 というか握りたい。何故だろうか、握る事が出来るという状況を思いついた途端、それ以外をするという事が考えられなくなってしまっている。
 ……これがクリームヒルトが言っていた「学園で恋愛関係の男女がこっそりとやるというやつだよ!」というやつか。見られるかもしれないという緊張感が良いという……だが、クリームヒルトの言う、やる、というのは別の意味があるような気もするが、あの時の言葉が分かった気がする。

――よし、今だ。行ける!

 クロ殿がどう思うかという不安もあるが、喜んでもらえたら嬉しいと思いつつ、握ろうと右手を上げようとして――

「クロ卿。イオちゃん。よろしいでしょうか」

 いつの間にか近寄って来たスカイに話しかけられた事によって、クロ殿と手を握ることは出来なかった。

「……スカイ、やはりお前とは相容れないな」
「え、何故このタイミングで?」

 何故もなにも折角クロ殿手を握れそうであったのに。
 昨日からスカイの発言や行動になにかしら危機感を覚えるが、やはりなにかを狙っているのか?

「なにか有らぬ事も無い誤解を受けているような気もしますが、お二方とも少々席を外せますか? ゆっくりと、静かに……奥にでも」

 護衛の方は良いのかと疑問に思いつつも、場所的に静かに去ることが出来る宿屋の奥の方を示し、私達は殿下達に気付かれぬように静かに移動した。
 移動して殿下達の存在を把握しつつ、小さな声ならばこちらの声が届かない場所に行くと、スカイは小さく息を吐いてから私達に向き直る。

「改めまして、此度の件ご協力ありがとうございました。ローズ殿下に代わり改めて礼をさせて頂きます」
「いえ、今回の件は王国にもシキにも見過ごせない事でしたから。王国民として当然の事をしただけです」

 そしてスカイは私達に礼をして、感謝の言葉を述べ、クロ殿は当たり障りのない返答をする。

「護衛の者が抜け出して、代わりに礼をして良いのか?」
「私以外にも護衛の者は居ますし、ローズ殿下がこの場合には代わりに礼をして欲しいとも言われていますので、問題ありません」
「そうなのか……?」
「ええ、そうです。ですから代わりに資料を受け取ろうかと」
「ああ、はい。分かりました」

 私が疑問に思った事を問うと、スカイは特に動揺する事無く問いに答える。
 つまりは元々ここで説教する予定だったという事だろうか……? なんとなくだが、別の思惑もあるように思える。
 しかし邪推しても仕方あるまい。クロ殿もそう思ったのか、元々渡す予定であった引き渡し用の資料を取り出すと、スカイに軽い説明をして渡そうとする。

「おっと――ああ、申し訳ございません、クロ卿。そしてありがとうございます」
「いいえ、どういたしまし、て……?」

 そしてスカイが引き渡し用の資料を受け取り、手持ちの鞄に仕舞おうとすると、紙が一枚中から出てきて床に落ちた。

「スカイ卿……失礼ですが、これは……?」

 それをクロ殿が素早く拾い、中身を見ないように手渡そうとするが――渡そうとした時に視界の端に紙の内容が映ってしまったのか、疑問顔となった後、クロ殿は落ちた紙の方へと視線を移し、スカイへ紙の内容を問うていた。
 あといつの間にかスカイ卿呼びになっているな。……何故だろう。

「はい、これは今回の輩が持っていた暗号文です。私達でも証拠の一つとして成り立たせようと読もうとしたのですが……生憎と読めなかったものですよ。解読班に回す予定のモノです。……あ、よろしければ解いてみますか? 解ければありがたいのですが……」

 スカイは答えないと思ったが、どうやら機密という訳でも無く、むしろ私達にその紙を見えやすいように広げて見せて来た。
 暗号文……私も協力できるのならば協力するが……なんだか元々読ませるために仕組んでいる気がするのは気のせいだろうか。……駄目だな、少し落ち着こう。
 私は再び邪推をしそうになったため、暗号とやらを見ようと紙を見る。

「……数字か? 数字以外に文字は……無いようだな」
「ええ、そうなのですよ。なにかの法則も探しているのですが……」

 紙に書かれていたのは“3-8-12”や“5-1-5”などの三種類構成された数字文字の列。
 それが羅列されているだけで、特に文章らしきものはない。
 なにかの法則があるのかとも思うが……駄目だな、パッと見た限りでは分からない。

「確かこれは……オッテンドルフの数列……ですかね?」
「オッテンドルフ……?」

 しかしクロ殿はその暗号らしき文字の羅列……数列の名前を言う。
 あまり自信が無いようではあるが、心当たりはあるという感じか。……そして自信が無いように考える仕草のクロ殿の姿も良いな。

「数字の羅列が本とか新聞とかの文字の座標を意味して、一つの文章になる、とかいうやつだった気がします。“3-8-12”なら3ページ目、8行目、12文字目みたいな」
「……成程、そういったものなのですか」
「ああ、いえ、可能性が有る、というだけなのですが。ぜん――昔、本で読みまして。大分前なので記憶も曖昧なのですが……」

 ……? またクロ殿はメアリーのような事を言う。このような暗号じみた本ならば、推理物なのかもしれないが……やはりメアリーと同じで、その本は私は絶対に見る事が出来ないと思うのは……何故だろうか。

「やはりクロお兄ちゃんは知らないことを知っていて、違う視点を持っている……ああ、もう少し早くここに居るって知って居たらなぁ……」

 そしてやはりスカイは敵だと思うのは何故だろうか。
 小さな声で呟くスカイを見て、私は妙なざわつきを覚えていた。……このざわつきは、スカイに対するものだけ……のはずだと、私は心の中でねがっていた。

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