追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

きちんとやる(:菫)


View.ヴァイオレット

 ローズ殿下はルーシュ殿下の双子の姉の第一王女であり、現在はマダー宰相の妻である。
 冒険者稼業を生業としている第一王子や第二王女、紅い獅子などと評される第三王子など、良い意味でも悪い意味でも目立った方が多い年若き現殿下達の中では、比較的大人しい女性。
 何度か私は見かけた事も話した事も有るのだが、ローズ殿下を言葉で表すのならば質実剛健。何事にも冷静に対処し、慌てている所を見た事は無く、怒鳴る所も見た事が無いような女性だ。

「ローズ殿下……」
「はい、こうして直接お話するのは始めてですね、クロ男爵。不作法な対応になりましたが、ご容赦ください」
「い、いえ! こちらこそ知らぬとはいえ大変失礼な態度を……!」
「構いませんよ。私自身がそうなるように望んだことですから」

 そんなローズ殿下は、私が以前見た時と同じように綺麗な姿勢で佇んでいた。相変わらず私が憧れていた事を思い出させるようなブレの無い仕草であり、私よりも背は低いが不思議と大きく見える。

「スカイ卿はご存じだったのですね」
「ええ」

 スカイはローズ殿下がローブを脱ぐ前から片膝をついて敬礼していたので、正体を初めから知ってはいたのだろう。バーガンティー殿下も言動を思い返すと知っていたようにも思える。

「此度の件は動き辛かったのです。ルーシュやスカーレットに報せれば彼らは動かないでしょうし、バーガンティーは……素直な子なので。あの子は今でも私が内緒でルーシュ達の恋の話を聞きたいんだって思っていますよ」

 バーガンティー殿下は……確かに自身の護衛の者の一部がこのような計画を立てている、と聞いたら直接問い質しそうな性格だ。むしろローズ殿下に関して上手く隠そうとしていただけでも凄いかもしれない。恐らくは兄弟間でのイタズラ、のような認識なのだろうが。

「ともかく、ご協力ありがとうございました。今回の件に関しては私と夫であるマダーにお任せください。今回の件の後始末はシキの皆様、貴方方に迷惑をかけぬように配慮したしますので。ただ、引き渡しに置いての資料だけは書いて頂きますのでご容赦を」
「は、はい。大丈夫です。……よろしければお聞かせ頂きたいのですが、彼らをどうするおつもりで?」
「ありがとうございます。彼らは良い交渉材料ですよ。動こうとしている――」
「……成程な。そこの没落寸前の女が俺達を裏切った訳はこれか。後ろ盾を得て調子に乗ったのか。王の器ではない相手にご苦労な事だ」

 ローズ殿下が私達に物腰を丁寧に私達に感謝の言葉を述べつつ、対応について説明をしていると、先程までローズ殿下の登場に面を喰らっていた男が気を持ち直し、忌々し気に吐き捨てた。

「皆さん、言い返さなくて結構ですよ。……王の器じゃない、ですか。私が」
「その通りだ」

 男の言葉に私達が黙らせようと動こうとすると、ローズ殿下は手と言葉で私達を制し、改めて男の方を見て静かに語りかける。

「確かに私は能力が低いですからね。全体的に私の能力は兄弟の中でワーストです。兄弟の中で一番を誇れる事なんて、何事もきちんとやる、位のものですから」
「ああ。お前は王としての才覚が無い」

 今すぐにでも男を黙らせたいが、ローズ殿下が話そうとするならば黙るしかない。
 ……確かに勉学や身体能力、魔法の分野に関してローズ殿下は他のご兄弟と比べれば劣ってはいる。しかしローズ殿下が優秀である事は確かであり、単純に他のご兄弟が才覚に秀でているだけではあるが……

「そもそも今の王子王女に王としての器を持つ者が居ない。このままでは王国はジリ貧だ」
「言いますね。私の兄弟は皆優秀なんですがね。私以外は皆学園で首席なんですよ?」
「だからどうした。確かに第一王女お前を除けば能力が高い事は認める。第一王子ルーシュはカリスマ性は有れど自分を見つけられず冒険に逃げる。第二王女スカーレットは他者を理解しない空っぽな器。第二王子は勝ち抜く狡猾さは有れど器が小さい。第三王子ヴァーミリオンはマシだが、女に現を抜かし個と全をまだ見られない。第三王女フューシャはそもそも王族である事すら嘆かわしい。……王国のためには、第四王子バーガンティー様が王となり、他の者が動くのが最善なんだ」

 ……ようはバーガンティー殿下が操りやすい、というだけだろう。
 この男は未来を悲観した所に、後ろ盾の者が接触して口車に乗せられただけだろう。あまり気にする事でも無い。
 だがスカーレット殿下が空っぽに……ヴァーミリオン殿下が“まだ”個と全を見られない、という言葉が引っかかった。意味の無い言葉かもしれないが……クロ殿が引っかかっているなにかと関連しているように思えるのは何故だろうか。

「随分と話すのですね。不敬罪は怖くないのですか?」
「俺は伝えたいだけだ。おい、元バレンタイン家の嬢ちゃん……と、ハートフィールド領主」
「……私か?」
「と、俺か」

 どう考えても立場が悪くなるだけだろうに、男は言葉を続け私とクロ殿を一瞥する。

「お嬢ちゃんは第三王子が憎いだろう? 捨てた男が栄華に居ようとするのが許せなくは無いのか? 先程の言葉は全てが嘘だったのか?」
「捨てられたのは私が原因であるし、ヴァーミリオン殿下も歩み寄ろうとしてくれている。それに今の私の方がずっと幸福であるし、彼の幸福を阻もうとする気はない」
「チッ。ハートフィールド領主はどうだ。第二王子が憎くは無いのか。辺境に飛ばされ、未だに根も葉もない噂を立てるあの男を失脚させたくないのか?」
「まぁ姉君の前で言うのも失礼ですが、憎くないと言えば嘘になりますが、生憎と嫌いな第二王子以外を恨むほど、俺は感情豊かな男ではないので」
「……どいつもこいつも」

 この男は私達がまだ憎んでいるので、引き込めるとでも思っているのだろうか。……いや、違うな。単純に気を逸らそうとしているだけか。
 気を逸らして、なにかを狙っているのだろうが……生憎と油断する気はない。それはクロ殿も同じのようで、質問に答えはすれど油断はしない――

『「転生者なのに、幸福を享受するため、重要な事から目を逸らしている男が偉そうに」』
「………………はい?」

 ――しないと思ったのだが、クロ殿は男の言葉に間違いなく動揺していた。
 ……なんだ。なんの言葉だ? 私が昔聞いた『「内助の功」』にも似た発音と言語のようにも思えるが……何故クロ殿はあそこまで動揺を……?

「お前、なんでそれを……?」
「クロ男爵。それ以上近付いてはなりません」

 クロ殿が動揺し、男に詰め寄ろうとするとローズ殿下がクロ殿を手で制する。

「この男はクロ男爵が詰め寄ろうとした瞬間に、自傷、あるいは自死まがいをする気なのでしょう。取り押さえられた後に不当な扱いを受けたとでも言う気です」
「……チッ」

 ……この期に及んで往生際の悪い男である。
 だが、私ももっと早く止めなくては。あのままでは私が止めるよりも早くクロ殿は男に詰め寄っただろう。ローズ殿下には感謝しなくては。

「……っ、ありがとうございます、ローズ殿下。ですが……」
「先程の言葉の意味は分かりませんが、貴方に動揺をさせるための、言った彼も意味を知らぬ言葉の類でしょう」
「どうだかな。学の無い第一王女では分からないだけだろう」

 ……いい加減この男を気絶させた方が良いだろうか。
 スカイも剣の柄に手を当てて抜刀準備をしているし、クロ殿もどうするべきかと悩んでいる。

「そちらが私をどう思うかは勝手です。そちらの評価が私の全てを決める訳では無いですから」

 しかしローズ殿下は淡々と、怒る事も慌てる事も無く男に告げる。

「ですがどうやら反省の色も無く、出て来る言葉は罵詈雑言。情報を話す気も無いようですね。とりあえずは今の発言も含めて二十年くらい刑務所に服役させましょうか」
「……は?」

 そう、淡々と。怒りもしていないのに、妙に圧がある雰囲気オーラを纏いながらローズ殿下は言葉を続ける。

「調べた所によると、貴方は今回の件以外にも様々な犯罪に手を染めていますね。恐喝・窃盗・弾圧。今までは証拠は不十分なものもありましたが、今回の件ではそれらを含めて全て訴追しておきましょう」
「……待て」
「今回の件に関わった者達の全ての過去を洗い出して、貴方はただの一市民として裁かれます。……ああ、それとこちらの大臣ですが、近々更迭する予定です。貴方には関係ない話かもしれませんが……今回シキで起きた件に関与している可能性が有るらしいので」
「……っ!?」

 ローズ殿下は懐から取り出した紙を見せ、男は紙の内容に目を見開いて驚愕していた。

「証拠不十分、とは言っても何者かが証拠をもみ消した疑いもありましたからね。反対にこの大臣の犯罪も誰かが消した疑いもあるようです。とはいえ、疑いは疑いなので、白にしろ黒にしろ、きちんと結果が出るまで最後まで追い詰めるとしましょうか。……最後まで、きちんとやりますから。能力の高くない私は、それくらいしか出来ないものなので」

 ……ああ、懐かしい。
 ヴァーミリオン殿下やアッシュ達がやんちゃであった頃に、この光景はよく見ていた。
 いつもはなにかと飄々と躱していた彼らが、ローズ殿下の前だけはただ委縮するしかなかったあの光景。
 ローズ殿下は自身の能力が低いとは言ってはいたが……私は彼女に関して言える事がある。

「安心してください。二十年頑張れば外に出られるのです。私の知っている犯罪以外もあったらもっと伸びるかもしれませんが、真面目に過ごせば短くもなりますから頑張ってください」

 個性豊かなご兄弟の中で、ローズ殿下に逆らえる者は居ない、という事である。

「犯罪は良くない事です。きちんと裁きますからね?」

 ぐうの音も出ない正論であった。
 恐らく……いや、確実にこの男は裁かれるだろう。そう確信できる雰囲気オーラが、今のローズ殿下にはあった。
 ……相変わらず、この方だけは敵に回したくない。





備考1:殿下達の能力(学園時・あるいは入学前数値)
第一王女 学園総合成績上位
第一王子 学園総合成績首席   兄弟間戦闘能力一
第二王女 学園総合成績首席   兄弟間運動能力一
第二王子 学園総合成績首席   兄弟間筆記能力一 
第三王子 学園総合成績首席   兄弟間総合能力一
第四王子 学園総合成績首席候補 兄弟間魔法能力一
第三王女 学園総合成績首席候補 兄弟間幸運能力一


備考2:殿下達への問い「兄弟で一番怖いのは?」
第一王女 兄弟を怖いと思う事は無く、愛しい弟や妹達です
第一王子 第一王女
第二王女 第一王女
第二王子 第一王女 
第三王子 第一王女
第四王子 第一王女
第三王女 第一王女

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