追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

時間潰しという名のからかい(:菫)


View.ヴァイオレット


 雲が少なく、月が輝く夜。
 私達は寒い中外に出て、周囲に誰も居ない所を歩いていた。

「ここなら誰も見ていませんね」

 そしてある所でふと立ち止まると、周囲の様子を確認してから私に告げてくる。
 告げる表情は今まで見て来たものとは違う表情で、妖艶――そんな言葉が似合う表情であった。

「ああ、そうだな……だが、外でというのは恥ずかしいな」
「こちらだって恥ずかしいです。けど……初めてが外で、というのも興奮しませんか?」
「思い出にはなるかもしれないが……そういうものなのか……?」
「大丈夫です、優しくしますから。見られるかもしれないという羞恥も良いものですよ……」
「……そう近くで見られると、緊張するな」
「ふふふ、照れる姿もお可愛いですよ……」

 妖艶に微笑み、私に近付いて来る。私は少々戸惑いながらも逃げることは出来ずにいた。
 外でする事に戸惑いはある。しかし私がここに居るのは私が望んだからでもある。
 見られているかもしれないという中、このような事をするのは羞恥な事だ。初めての経験に私は戸惑いを隠せない――が。

「……なぁ、シニストラ。これは意味あるのか?」
「ふふ、スカイですよ。イーオちゃん」
「その呼び方やめろ。あともう少し感情を込めろ」

 そして私は私とイチャイチャ……? しているスカイに対して小声で聞いてみた。
 今回私はクロ殿にシキでちょっとした遠回しな権力争いが起きるので協力して欲しい、という説明などを受けたので協力している。そこで私は作戦として寒い深夜に外に出て、スカイと共に居る。
 そしてスカイに言われ演技をしているのだが、私達同士で仲良くして意味があるのだろうか。

「いえ、特に意味は無いです。周囲に誰も居ませんし」
「お前、今回の件には必要と言っていたではないか!?」

 だけどスカイはあっさりと意味が無いと言いだした。なら何故させたのだ。スカイは私の事嫌っているから嫌がらせだというのか。恥ずかしい思いもしたというのに……!

「大声出すと見つけられて怪しまれますよ?」
「うっ、ぐ……! 大体なんで私とお前なんだ。この会話は女同士でやっても意味が無いだろう……!?」

 相手を油断をさせるために仲が良いアピールをするとは言っていたが、会話の内容は中の良さのアピールと言ってもなにかが違うと思う。確かにスカイが私達に協力を取り付けたという事で、篭絡……した、というのには良いかもしれないが。方向性がおかしい気がする。

「ではクロさんとすれば良かったですか?」
「……演技とはいえ、見せられたら辛いものがあるな」

 いつぞやはクロ殿に相手を作っても良いとは言ったが、想像すると意外と辛いな。
 ヴァーミリオン殿下の時もそうであったが、束縛するタイプの女であるのだな、私は。

「……貴女達本当に仲が良いですね」
「そうか?」
「あ、そこで照れるんですね」

 当然である。大好きなクロ殿と仲が良く見られるのは嬉しい事だ。だが何故急にい出したのだろうか?

「ともかく、私とシニ……スカイとで仲が良いアピールをしても効果があるのか?」
「私どっちでもいける事になっていますので。今回の周囲の相手には女同士でも平気ですよ」
「どっちでも……? え、本当なのか?」
「そうなっているだけですよ。将来的には分かりかねますが、今の私は男が好きです。……最近フラれたばかりですから、これを機に目覚めるのも良いかもしれませんね」
「おい、そこで私を見るな」

 スカイはそこで私をジッと見だすが、生憎と私はクロ殿が好きなのでその申し出は応えられない。
 というより、スカイは誰か好きな相手がいたのか。学園に居た頃は交流は避けていたとはいえ、あまりそういった方面には興味や関心が無いように思えたのだが。
 幼馴染であるシャトルーズ……あるいはそれつながりでヴァーミリオン殿下やアッシュだろうか。だが、彼らは大分前からメアリーに夢中であるし、最近というからには私の知らない違う相手がいたのだろうか。どちらにせよあまり触れるべきではないか。

「どうですか、周囲を誤魔化すためにキスします?」
「生憎と唇同士のキスはクロ殿以外とする気はない。……揶揄うのはよせ」
「ですが、油断させるには良いと思ったのは本当ですよ。仲良くしていれば、貴女を丸め込めたと思える訳ですから……キスのフリだけでもします? そういった方面が好きな男性もいるようですし」
「不確定で私を巻きこむな」
「それは残念です」

 スカイは何処まで本気か分からない事を言いながら残念という表情をして、拗ねるように私からそっぽを向いた。
 ……スカイはこのような性格だったのだろうか。学園に居た頃は衝突ばかりしていたから素の状態を見ておらず、生真面目な性格としか思っていなかったのだが。

「……正直言うと、私は貴女を今回の件に巻きこむのは心配で……反対だったのですがね」
「心配? ……私では力不足ということか?」

 そしてスカイはそっぽを向いたまま、トーンを少し落として私を心配するように言ってくる。
 スカイは私の実力を心配しているのだろうか。スカイと比べれば実戦経験に乏しいのは確かだろうが、協力出来るのならば私に出来る事はするつもりであり、足を引っ張るほど実力不足のつもりはない。

「いえ、貴女の実力は知っています。それ以前の問題なのです」
「それ以前?」
「ええ。貴女は学園に居た頃から優秀ですし、今回の件も貴女が居れば楽になります。ですが……貴女は私の知っている学園の頃の動きをする事が出来ないでしょうし……」
「……? 体形が変わった事を言っているのか? それだったらむしろ今の方が充分に動けると思うぞ?」

 クロ殿にはまだ「もっと栄養をつけて下さい」とは言われているのだが、学園生の頃と比べると体重は増えてはいる。体形の変化に関して心配しているのならば、以前の常に気分の悪く、食事も楽しく無い頃と比べれば今の方が大分調子が良いくらいだ。

「いえ、体型以前の問題と言いますか……というよりクロお――ハートフィールド卿が貴女の作戦参加を了承した事も信じられないと言いますか」

 そう言いつつ、スカイは私の身体……特に腹部を見た。
 ……実はみっともないと思われているのではないだろうな? クロ殿は実は少し太めが好きで私に太れと言っているだけで、実は以前と比べるとだらしなくなっているという事はないだろうか。まぁそれはそれとして、だらしないと言われようがクロ殿の好みの感じにはなりたいが。
 あとクロオ・ハートフィールド卿とは一体誰だ。

「歯切れが悪い。ハッキリと言ったらどうだ。私の知っているスカイ・シニストラという女は、従いはすれど、不正は許さず言いたい事は言う真っ直ぐな印象であったが」
「……そう見ていたんですね。では言いましょう。貴女は母親なんですから、あまり無理をして欲しくないという事ですよ。私とてそのくらいの良識は有ります」

 私の言葉に少し意外そうな表情をした後、その理由とやらを言う。
 母親……確かにグレイの母親であり、危険が及ぶと知ったらグレイは心配するだろうが……

「確かに母親ではあるが……安心しろ、息子のグレイも知れば心配するだろうが、こうして行動した方が誇らしく思ってくれるだろう」
「息子のグレイ……へぇ、名前も性別も決まっているんですね。どちらが名付けたんです?」
「ん?」
「え?」

 ? なにかが噛み合っていないような。
 名付けた……と言うと、クロ殿が引き取って家名を与え、グレイ・ハートフィールドになったので名付けたと言うとクロ殿になる。

「名付けたのはクロ殿だが」
「そうなんですね。ですが既に決めているとは、彼は子煩悩なのかもしれませんね。弟さん達……カラスバ先輩の時も面倒見が良かったですし、面倒を見るのが得意なんでしょうか」
「弟君を知っているのか?」
「ええ、昔のお茶会の時に一度だけハートフィールド卿……クロ卿とお会いしていまして。その際に弟さん達とも会ったんです」
「そうだったのか。だがクロ殿が面倒見がいいことは確かだよ。子煩悩……ではあるな。常に成長を見守っている」
「本当に彼も父親なんですね……ですが成長を見守っている、ですか。……あの、イオちゃん。お願いがあるのですが」
「無理してシアンの真似をするな。なんだ?」
「よろしければお腹に耳を当てても良いですか? 一度やってみたかったんですよね」
「構わないが……当ててなにをするのだ?」
「上手くいけば心音が聞こえるらしいじゃないですか。生命の鼓動を聞いてみたいです」
「聞くならば胸の方が良いのではないか? お腹そこでは聞こえないと思うぞ?」
「へ?」
「んん?」

 やはりおかしい。なにかがすれ違っている気がする。
 私のお腹に耳を当てた所で心音は聞こえないだろう。……実は当てると聞こえたりするのだろうか。初耳ではあるが。

「……よく分からないが、聞くか? 服越し……だと厚手だから聞こえないかもしれないが、シャツ越しならば良いだろう。素肌は流石に……」
「え、よろしいのですか!」
「う、うむ? そんなに嬉しいのか? ……まぁ少しだけだぞ。同性とはいえ恥ずかしいからな」
「はい! わぁ、楽しみです。興味を持った頃には良い年齢であったので、上手く言えなかったんですが、これで生命礼賛を味わえ――しかし、貴女の身体は細いですね。ちゃんと食べてます?」
「食べている。腹筋が割れているお前と比べれば細いかもしれないが……」
「私は鍛えていますからね。聞かせてくれたお礼に腹筋触ります? 結構自慢なんですよ」
「いらん。早くあてろ」
「はーい。……本当に細いですね。目立たない女性も居るとは聞きますが」

 スカイは喜びと戸惑いの表情をしつつも、まるで壊れるものを扱うかのようにゆっくりと顔を私のお腹に近付け、お腹に耳を当てる。
 そしてしばらく耳を澄まし、お腹の音を聞こうとしている。……不思議な光景だな。傍から見たらどう映るのだろうか。

「聞こえるのか?」
「……む、残念ながらそれらしい音は聞こえませんね」
「そうか。残念だったな」
「残念ですが、私は今生命を身近に感じているんですね……グレイ君は元気なんでしょうか。この状態でも外の音は聞こえている、と聞きますし、呼びかければ良いのでしょうか」
「何故今グレイの名が出て来る?」
「え? 息子さんの名前ってグレイなんですよね?」
「そうだが、この行動とグレイになんの繋がりがあるんだ?」
「こうすればグレイ君の生命を感じるかと思いまして」
「えっ?」
「あれ?」

 ……おかしい、やはりなにかが噛み合っていない。

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