追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

どこまでが嘘だったのか


「俺を信用出来る……ですか」
「はい」

 あまり言われ慣れない事であるし、前置きを考えると頼みたいという事も複雑な事情が絡み合っているように思える。
 手を貸せば他家の事や王族関連の権力争いに巻き込まれる、関与する事になるだろう。もしかしたら没落やスカイさん自身の先程までの行動も全て計算済みで、精神的に断り辛い状況を作って俺を利用しているのではないか、とすら思える。

「良いでしょう。私に協力出来る事なら仰ってください」

 けれど、困っている事やシキに関する事で俺が協力して解決出来る事ならば力を貸す。
 利用されていようがいまいが、シキで悪事を働こうというのならば防ぎたい。色々と大変な事は多いが、大切な思い出も多くあるシキを壊そうというのならば領主として抗おう。
 そのためならここまでが計算だったとしても知った事ではない。

「ありがとうございます。では、説明させて頂きますね、ハートフィールド卿」

 ……しかし、ハートフィールド卿とは呼ばれ慣れないな。







「――以上が、このシキで行われようとしている策略です」
「……これはまた面倒な」

 話を聞いて、一番最初に思った感想が面倒これである。
 他でやれ、とは思っても言いはしないが、心の中でくらい良いだろうと思い、その策略をシキで行おうとする奴らに心の中だけで悪態をついた。

「……そうなると、準備もしないとな……ヴァイオレットさんにも協力をしてもらえるとしても……ああ、質問よろしいでしょうか」
「どうぞ」
「今回の策略ですが、俺――私やヴァイオレットさん……失礼ですが、スカイさんでは実力はともかく権力的に力不足では無いでしょうか」
「と仰ると?」
「私は貴族内では権力はほぼ無いです。ヴァイオレットさんは公爵家所属ではありますが、王族から婚約破棄をくらい、実質的な後ろ盾は無いに等しいです。スカイさんの子爵家だけでは難しいのではないでしょうか」
「その点に関しては大丈夫です。現場さえ取り押さえれば、後は殿下達の権力によって抑え込む手はずは整えているので」
「……そうですか」

 俺が質問すると、スカイさんは具体的な事は言わないが大丈夫だと答える。恐らくだが言ってはいけない事があるということだろう。大丈夫と言うなら信じるしかない。
 全てを信じる訳では無いため、俺ももしものために策だけは講じておくが。

「しかし、どちらにせよまだ時間がありますね。時間までの間はどうなさるので? 下手に戻ってもスカイさんが怪しまれるのでは」
「はい。本来であれば私は貴方を捕えて彼らに引き渡しているか、篭絡して寝取ってベッドイン! 中ですからね。捕えもせず早く戻ったら怪しまれます」
「寝取ってベッドイン言うなや」

 真面目な表情と声色でなにを言っているんだ。
 先程からそうだが、スカイさんはこういった事に耐性があるのだろうか。最初の印象と大分違うな。

「ですが思ったよりもバレンタイン……妻に操は立てているようで安心しました。彼女も幸せそうで良かったです」
「……こういうのも失礼ですが、スカイさんはヴァイオレットさんと仲があまりよろしくないと思っていましたが」
「ええ、良くないですよ。ですが不幸を望んでいる訳でも無いので。親を殺された訳でも無いですし、嫌いであった部分が直っていたら幸福を願いますよ」

 淡々とした口調だけど、あっさりと言うな。
 恐らく嫌いな部分というのはヴァイオレットさんの以前の性格の話だろうから、変わっていたのならば、スカイさんの基本的な思想である他者の幸福を願う、というのにヴァイオレットさんも当てはまるという事か。……基本良い子はなんだろうな。

「ですが、初めに大きな要求をする事で、後の要求を通りやすくする……という作戦は上手くいきませんでしたね」
「……抱くが本命ではなく、キスが本命であったと?」
「ええ、それを理由に脅しを……とも思ったんですが。あるいは噂通りの貴方であれば、キスの後色々やって既成事実を作っても良かったのでしたが……」

 噂……ああ、好色家とか性奴隷を多く買っているとか、そういった類のやつか。……だから俺を篭絡させるために、没落しかけというシニストラ家のスカイさんを利用しようとしたのか。性に爛れて女に弱いと思ったから。

「……ところで、もし私が噂通りの男で、貴女を襲っていたらどうしたんです? 信用は出来ないと判断してこの後の作戦は話さず、蹴りや魔法でも喰らわせて気絶させでもしたんですか?」
「いえ、受け入れましたよ」
「え゛」
「時間的にはまだ余裕がありますし、貴方は外見的には好みですから。むしろそれでバラされたくなければ……的な脅しをかけれれば良かったのですがね。貴方の性格だとそちらの方がより従いそうですから」

 真面目な表情が微笑んだ表情になり、本気のような揶揄っているだけのような事を言いだす。
 これもやはり演技なのだろうか……シアンだったら嘘か真か分かっただろうが、俺にはどちらか判断がつかなかった。

「……今からでも襲えば、これからも共に――」
「そういえば! スカイさんの演技は上手かったですね!」
「え、はい」

 なんか妙な方向に行きそうであったので、話題を変えた。話題を変えたのは良いが微妙に変え切れていないと言った後に気付いたが、ともかく押し切ろう。

「演技というか、全体的な話の運びが上手かったというか……唐突ではありますが、信じさせるようななにかがあった気がします」

 スカイさんの言葉や動きは、もし俺がヴァイオレットさんと出会っていなくて、未婚のままであらば信じていたかもしれない仕草や話ではあった。それでももう少し話し合うとは言っていたと思うが。

「嘘を本当と信じ込ませるために有効な手段である、嘘の中に真実を混ぜる、というのをご存じでしょうか?」
「え? ええ、よく聞く話ですね。先程の言葉に真実……となると」
「実は貴方に過去に会っているのは本当なのですよ? だから感情という曖昧なものの中に信じてみよう、という曖昧な感情が出来たんだと思います」
「…………いつでしょうか」

 どうしよう、全然覚えていない。
 ヴァーミリオン殿下やアッシュなどは少年期でもあの乙女ゲームカサスの面影があったので見た時に分かったが、スカイさんと会った事など……あったのだろうか?

「私にとっての先輩である貴方の弟さんと妹さんがお茶会デビューし始めた時でしょうかね。人見知りなのか、後ろに控えている弟さん達の面倒を見られていました」

 カラスバとクリがお茶会デビューの頃か。
 あいつらは確かに外地蔵的な感じな所があったから、最初の頃は面倒は見ていたが……あ。

「何回かカラスバ達の友達を見つけるために、取り持ったり気付けば面倒を見ていたりした事は有りましたが……」
「恐らくその内の誰かが、私でしょうね。お茶会が終わるまで貴方とクリ先輩達と一緒に話したり遊んだりしましたから。……まだ名乗っていないのに、私をシニストラ家の者だと知っていた時に、私の事を覚えてくれていたのだと思っていたのですが……」
「……ごめんなさい。シャトルーズ卿やヴェール卿を通して、親しい一家として知っていたのです」
「……そうですか」

 本当はあの乙女ゲームカサスの知識で知っていただけであるのだが。
 ……そう言えば確かにバーガンティー殿下は「スカイ」としか呼んでいない上に自己紹介もまだであったのに、俺はシニストラと呼んでいたな。それで俺が覚えているものだと思ったのか。

「貴方は優しいお兄さん的な存在でしたからね。私の兄はあまり優しくなかったので、反動と言うべきか結構懐いていたと思うんですが……」

 そう言われると……スカイさんに似た子で、懐いていた子は居た気はする。今より髪が短くて男の子のような感じであった気もするが。

「昔会ったお兄さん的存在に懐いた女の子の再会。まさに王道かつ妄想で“この子、昔に取った行動のお陰で俺に惚れたのでは!? よしイケるぞ!”と思わせる事請け合い。……を狙ったんですがね。駄目でしたか」
「それは……ごめんなさいと言うべき所なのでしょうか?」

 真面目で淡々と言われると本気なのか冗談なのか分からないな。
 確かに記憶を都合よく解釈してイケるならば行く、的な思想をする奴は居るには居るだろうけど。色情魔カーキーとか。

「とまぁ、嘘の中に事実を混ぜたので、信じたんだと思いますよ。……まぁ逆に事実に嘘を混ぜたので、本当な事も嘘のように思えたのかもしれませんが」

 信じさせることが出来るのならば、逆に信じ込ませる事も出来なくなるという事だろうか。狼少年のような、本当でも他の嘘のせいで全てが嘘と疑ってしまう……ような感じか。
 ……しかし、嘘に真実を入れたとしても、それ以外にも理由があるような気がしたのだが……気のせいだったのだろうか。単純にスカイさんの演技が上手かったのだろうか?

「そういう意味では貴方達が羨ましいです。今日一日だけでも仮面夫婦では無く、嘘偽りがないということが分かる仲の良さでしたから」
「そうですか? そう思って貰えたのならば嬉しいです」

 どこでそう思ったのかは分からないが、ヴァイオレットさんと良い夫婦として見られたのならば嬉しい。偶に俺はヴァイオレットさんに対する愛情をきちんと向けられているのか不安になる時がある。好きを言い忘れて泣かれたりとか。……本当にいつぞやの誕生日の時の涙が、大分心に来ているな……

「……本当に彼女と仲が良いのですね。私もそういった伴侶を見つけたいものです」
「スカイさんならば見つけられますよ。貴女も魅力的なのですから」
「ありがとうございます――そうなる事を願ってください。では、私はこれで」
「あれ、帰られるのですか?」

 スカイさんは礼をすると、持ってきていた資料を入れた鞄などを持ち、屋敷から去る準備をし始めた。時間的には微妙な所なので、もう少しいると思ったのだが……

「晩御飯でも食べていかれませんか? ヴァイオレットさんが帰って来てからになりますが、ヴァイオレットさんの手料理ですよ」
「彼女が作る……というのは興味が尽きませんが、夫婦水入らずのようですから、心遣いだけ受け取らせて頂きます。……この後に協力を願い出ておいて言うのも変な話ですが」
「いえ、お気になさらないでください。この後の件についてはヴァイオレットさんに私から伝えますので」
「ありがとうございます」

 スカイさんは礼をして去ろうとしたので、俺はスカイさんが通れるように部屋の扉を開ける。
 その後玄関まで一人分距離をとった状態で一緒に歩き、玄関の扉を開けて、

「では、また後ほど」
「はい。よろしくお願いします」

 とだけ会話を交わして玄関先で別れた。
 綺麗な所作で礼をして、そのまま去っていく歩く姿はブレが無く、彼女の育ちの良さと鍛えている事が分かるような歩き方であった。
 ……おっと、見ている場合じゃないな。この後の準備も考えると準備をしないと。
 ヴァイオレットさんもそろそろ戻って来るだろうし……

「……事実に嘘を入れると、全てが嘘のように思えてくる……ですか。確かにそうなのでしょうね。でも仕様が無いですね。私だって今の彼に迫るのは嫌でしたから。でも……」

 と、この後の事を考えていると、遠くに歩いているスカイさんの声が聞こえた気がした。声のした方を見ると、スカイさんが歩くスピードを緩めて下を向いている。

「……さようなら、優しいクロお兄ちゃん」

 ふと、下を向いている彼女からなにか聞こえた気がしたが、ハッキリとした内容までは聞こえなかった。
 ……なんとなくだけど、聞こえても否定した俺には聞いてはいけない気がした。

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