追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

据え膳


 何故このような状況になったのか。
 それを思い出すには先程の教会での会話から思い出さねばならない。

 教会での話し合いは、まだルーシュ殿下達が帰るかどうかはハッキリと決まってはいないまま、夕食時という事で一旦保留という事になった。
 当初の目的であるバーガンティー殿下とルーシュ殿下達を会わせ、話し合いをさせるという目的自体は達成出来たので、俺とヴァイオレットさんは別れの言葉だけを言って後は護衛の方々に任せて教会で別れようとした。

『ハートフィールド卿、よろしいでしょうか』
『はい? あ、シニストラ卿。構いませんが、どうされましたか』

 しかし殿下達を教会から見送りし、シアンや神父様になにか注意や連絡をしようとしていると、護衛でずっと後ろに控えていたスカイさんが俺に話しかけて来たのだ。俺はハートフィールド卿という呼ばれ慣れない言葉に戸惑った反応をしつつ、スカイさんに向き直ると、

『調査の件でお話したい事がありまして。少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか』
『構いませんが……』

 と、今日の今まで一番長く見て来た真面目な表情で、スカイさんは俺に対して話があると言う。そしてシアンなどの部外者や、ヴァイオレットさんにもあまり聞かれたくない話のようであり、場所を変えるという話になった。

『では屋敷に来るか? 屋敷の……執務室で話し合えば良い』
『ご配慮ありがとうございます、ハートフィールド夫人』
『……気にするな』

 そしてヴァイオレットさんはそう提案する。相変わらず妙な距離感を両者はとっていたが、ともかくとして屋敷に戻って話し合う事となった。
 屋敷に戻るとヴァイオレットさんは俺とスカイさんを部屋で二人きりにする事をとても心配そうに見ていて、

『……未婚の女性が、既婚の男性と部屋で第三者が居ない状態というのは良くないのではないか』
『申し訳ありませんが、一部は部外者に話せないことがありまして。……卿にしか話せないのですよ、ハートフィールド夫人』
『……相変わらずの物言いだな、シニストラ』
『はて、なんのことでしょうか』
『…………』

 と、他にも色々な言外のバトルをしており、俺がなにか言うべきなのかと悩んでいると、

『クロかヴァイオレット。すまないがどちらか手を貸して欲しい』
『アイボリー?』

 突然来訪したアイボリーによって会話が遮られ、アイボリーにしては珍しく急いだ様子で手を貸して欲しいと言ってきた。
 その様子にヴァイオレットさんは色々と葛藤していたが、最終的には緊急なら仕方ないと言ってヴァイオレットさんがアイボリーに付いて行った。
 そして俺とスカイさんは報告……というよりは調査の日程や宿泊施設の確保などの打ち合わせをし始めた。
 事前準備はしてあったようで、こちらとしてはほとんど了承と規模などの確認するだけであり、三十分もすれば打ち合わせは終わった。
 この程度のならヴァイオレットさんが同席しても良かったのではないか……と思っていると、

『……クロ・ハートフィールド卿。とても大事なお話があります』

 と、資料を手持ちの鞄に仕舞い、先程までの真面目な表情とは違う真剣な表情で俺を真っ直ぐ見て来た。
 もしやこれが今回の目的なのではないか? そう思いつつ、俺も気をより引き締めてスカイさんを見る。

――さて、鬼が出るか蛇が出るか。

 俺が第二王子アレと仲が悪いという事を見越して、第四王子であるバーガンティー殿下の一派に加わる様に勧誘しに来たのかもしれない。
 あるいはシキという特殊な環境ならば、他の事に目がいき誤魔化しやすいからとなにかの不正に手を貸せ、という話かもしれない。
 あの乙女ゲームカサスであれば、シニストラ家は没落の危機に陥る事も有るから、没落させないためにスカイさんがなにかしようとしている可能性もある――と思いつつ、言葉を待っていた。

「クロ・ハートフィールド卿。私を抱いてください」
「…………はい?」

 だけど、この言葉は予想外であった。
 そしてこれまでの経緯を思い出したが、やはり訳が分からない。脈絡もなにも無いだろう。いや、聞き間違いか。今日会ったばかりの女性、しかも子爵家出身で騎士を目指す様な真面目な女性がいきなり抱いて、なんて言う訳がない。

「……申し訳ありません、シニストラ卿。今、なんと?」
「私を抱いてください。……それと、スカイと呼んでください。呼び捨てで構いません」

 くそ、聞き間違えじゃなかった。
 顔を赤くし、真面目であった表情を崩しての言葉。これがヴァイオレットさんであったらどれだけ良いかと思いつつ、今までのギャップに理解が追い付かない。

「落ち着いてください、シニストラ卿。まずは落ち着いて話を……」
「スカイです」
「……シニストラ卿。俺はですね」
「スカイ。そう呼びかけないと話し合いには応じません。卿をつけても応じません」
「……スカイさん」
「はい!」

 嬉しそうに返事をするスカイさん。……なんというか、あのままシニストラ卿呼びだと無言で襲い掛かってきそうな雰囲気があったので名前で呼んだが……嬉しそうに見える表情で返事をされると、どう言って良いものか悩んでしまう。

「本当は呼び捨てが良いのですが……徐々に呼び捨てで呼んで頂ければ良いですか」
「そう言いつつ装備を外すの止めてください」
「脱がせたい派ですか」
「違います」

 スカイさんが騎士としての装備を外し始めたので、俺は言葉だけで止める。多分止めなきゃドンドン脱いでいっただろう。
 そして脱がせたいタイプかと問われれば……前世も今世も妹のはよく脱がせては居た。ようは妹を思い出すので複雑だから脱がせたいタイプでは無いと思う。
 ……ヴァイオレットさんに対しては……ノーコメントだが。

「落ち着きましょう、スカイさん。私と貴女は今日初めて会ったばかり。貴女は未婚であると聞いていますし、そして私は既婚です。それなのに……」

 それなのに抱いて、なんて言われるのはおかしい。生憎とヴァーミリオン殿下やグレイのような初めて会った相手でも見惚れさせるような外見ルックスでは無いと思うし、彼女の幼馴染のシャトルーズと比べても遥かに外見面では負けているのだが。
 これは……美人局か。美人局というやつなのか!?

「覚えていないかもしれませんが、私と貴方は過去にある社交場で会っているのですよ」
「え」
「そう、昔……私は貴方と出会って一目で惚れていたんです。そして今日、貴女と再会できたことはまさに運命だと思いました」

 え、なにそのハーレム系ラブコメ主人公にありがちな、昔実は……的な過去。俺にそんな過去がいつの間に出来ていたんだ。
 スカイさんと会うような社交場とかお茶会の時の俺って、マルーンやバフと話しているか、適当に流しているだけだったと思うんだが。

「例えそうだとしても、私は妻も居ます。そのような不貞を働くなど出来ません」
「……分かっています」

 俺が言うと、スカイさんは気まずそうに顔を伏せる。
 そう言われると覚悟していたかのように、唇を小さく噛みしめて悔しそうな表情にある。
 ……そのような表情をされると、本気の様に思えてしまう。

「貴方には軽い女と見られるでしょう。疑わしくもあるでしょう。ですが……ですが、私にとってはずっと想い続けていた男性が、目の前に現れたのです」
「…………」
「運命だと思いました。初めは頭を打った幻覚とさえ思いました。ですが現実であり、私は今日、貴方の傍に居られる事実で表情が緩まないようにするのに必死でした。ですが……気が付くと、視線で貴方を追っていたんです」

 “チラチラと見ている気がするからさ。なんかあって、クロに気でもあるのかな、って思って”
 “彼女に夜這いされないように気をつけなさいな”
 そんな、先程のシアンの言葉を思い出す。
 シアンは他者の感情を読み取るのが上手い。悪意には特に敏感だが、好意に対しても反応しやすい。つまりそれは……

「分かっているんです。貴方はバレンタイン……ヴァイオレットと仲が良いと。今日一日でもそれは分かりました。私に入る余地はない、と。ですが……」
「……はい、ですが、なんでしょう」

 スカイさんは間を置くと、再び俺を空色の瞳で見据え、一歩近付いて来る。

「お願いします。情けでも良いです。憐れみでも良いのです。泡沫の夢を見させてください。胡蝶の夢のように思ってください。どうかほんの一時、一度だけで良いんです」

 近付き、上目遣いで。
 眼は潤ませ、頬は赤く染め。
 声はか細く、懇願するように。
 着衣が少し乱れ、肌が見える部分が増えていて。
 騎士としての装備が外れたせいか、女性特有の身体のラインが浮き出ていて。
 いわゆる男性の劣情を煽るような仕草を取りながら、スカイさんは近付き―― 

「クロさん――私を、抱いてください」

 俺にそう言った。

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