追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
豆鉄砲を食らう
温泉の前でルーシュ殿下と会った後、一旦宿屋の方に戻ろうとすると広場の方で子供達と遊んでいるスカーレット殿下と合流した。
初めはバーガンティー殿下が居る事を不思議そうにした後、持ち前の明るさでスカイさん達にも気軽に挨拶をしていたスカーレット殿下であったが、目的が連れ戻しだと分かると露骨に嫌そうな表情になっていた。流石に弟には「ロイヤルバストを揉むか!?」的な事は言わないようであったので少し安心した。
その後、スカーレット殿下の恋愛事情……エメラルドという同性の相手の事について話す事になったのだが、スカーレット殿下がエメラルドを恋愛的に好いている、という事実はシキでは知られていない。知っているのは、許可を得て言った以前の合コン的なモノの男性陣と、素で見破ったシアン位のものだ。
ヴァイオレットさんやルーシュ殿下は違和感はあるようだが、確定はしていない、と言った所であった。今回の話し合いでバレはしたようだが。
ともかく、シキの面々に気付かれないように話し合う場所が必要となった訳である。
「で、教会に来たと」
「そうなる」
なので、第二王女に関しての恋愛に関してあまり外でするものでは無いという事で、教会で話し合う事になった。
教会に行くとシアンが礼拝堂を掃除しており、不思議そうな表情はしていたが、俺が頼むとすぐに人払いを済ませてくれ、礼拝堂を貸してくれた。ちなみにスノーホワイト神父様は、挨拶だけした後、殿下達だけで話すべきだと気を使って晩御飯の仕込みで席を外している。
俺とヴァイオレットさん、シアンはいつでも対応できるように少し離れた位置で軽く会話をしている。
「しかし、第四王子も間が悪い。せめて来るのが明後日ならクロが私をさらに裏切ったものを」
「シアン、クロ殿がさらに裏切るとはどういう意味だ?」
「ヴァイオレットさん。あまり突っ込まなくて結構ですよ。どうせろくでも無い事です」
「?」
裏切る、というのはいつぞやの結婚したての時に蹴りを入れようとしてきた時のような話だろう。間違いなく逆恨みな話だ。
……なんだかシアンが「はよ進展しろや」的なジト目でこちらを見ているが、気にしないでおこう。というか進展したらしたで、シアンにはすぐバレそうだから怖いな。
「ところで、あの第四王子様は教会に泊まるの? なんか妙な視線を投げかけている不審者も含めたら宿屋には泊まれないでしょ」
シアンは持っていた箒の穂先を上にして、柄の部分を中指だけで支えてバランスを取りながら聞いて来る。
相変わらず感情に鋭いようで、教会の内部にまだ入っていない周囲の護衛の存在も認知しているようだ。
「周囲の奴らは分からないけど、宿屋に泊まるって言ったよ。多分酒場や周囲で一晩明かすんじゃないか?」
「うわー、護衛も大変だ。というか今宿屋が襲撃されたら大変じゃない? 一と四の王子と二の王女様が身罷ったり怪我をしたら……」
「……言うな。俺だって割と悩んでいるんだ」
「あー……ごめん」
シアンの言う通りで、今宿屋に襲撃でもあったら大変な事になる。
今までは一応身分を偽っていたのと、殿下達自身に戦闘力が有していたからどうにかなってはいたが……バーガンティー殿下の場合は、恐らく偽ったりせず素直に来ているだろうから、いつもよりなにが起こるか分からないんだよな……それに別の心配もある。
「そういえばさ、クロ。ちょっといい?」
「ん、どうした?」
「ちょっとこっち来て。ごめん、イオちゃん。ちょっと旦那借りるよー」
「別に構わないが……ちゃんと返すのだろうな」
「返す返すー」
シアンが箒を再び持つと、少し離れて手招きして俺を呼ぶ。
どうやらヴァイオレットさんには聞かれたくないような話のようだ。俺は疑問に思いつつ、ヴァイオレットさんに軽く礼をして断りを入れてからシアンに近付く。
するとシアンが俺の横に並び、今にも肩を組みそうな態勢で俺の耳に顔を近付ける。
「ね、あのスカイちゃんとやらに、なにかした?」
「シニストラ卿? ……いや、挨拶以降はあまり話していないな」
「本当に?」
「ああ。シキの案内で説明をしたり、バーガンティー殿下の行動に対して慌てたりしていた以外の会話は無かったぞ」
「ふーん?」
俺が質問に答えると、シアンは不思議そうな表情をする。
シアンがこういった表情をする時は、大抵なにかを読み取った時だ。
「なにか思う所でもあるのか?」
「いや、なんかクロの方をチラチラと見ている気がするからさ。なんかあって、クロに気でもあるのかな、って思って」
「……いや、ないだろ」
「ないかー」
生憎とスカイさんに見惚れられるような覚えはない。ないのだが……シアンが気になったとなると、疑いが色々と出て来る。見惚れるなどはまずは無いとしても、見ていることは確かなのだから、俺に対して目的を持っていることは、やはり確かなのだろう。
「……彼女、ヴァイオレットさんと仲悪かったらしいからな。その夫がどんな感じなのか、観察しているんじゃないか?」
「それもありそうだけど……なーんか違う感情もある気がするんだよねー」
シアンはあまり真剣ではなさそうであるが、注意をしているように殿下達の後ろに控えているスカイさんを見ながら呟いた。
しかし、シアンのこういった方面の予想は当たるから怖い。この機微を少しでも神父様に向けられたらな……と、そう思うとシアンは鋭く当ててくるから考えないようにしよう。
「ま、私の予想が当たって、彼女に夜這いされないように気をつけなさいな」
「出会ったその日に夜這い仕掛けてくる女性は嫌だな」
「確かに、イオちゃんの時もクロは断ったらしいから、そういった事は本当に嫌なんだろうけど」
「おい、何故知ってる」
「こっちにはこっちの情報網が色々とあるの。ま、とにかく気をつけた方が良いんじゃない? イオちゃんが第三王子を想ってた期間よりも短い間でも、今は第三王子以上にクロの事を好いているように、時間が全てじゃないんだから」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味」
シアンは俺の肩を叩き、気軽ではあるが何処か真剣身を帯びた声色で俺に注意を促す。
「“今”に押し付けられた感情は、過去の積み重ねよりも重い時があるかもしれないんだから。その一時の感情で動いてしまうかもしれない、って事」
シアンはそう言うと、俺から離れてヴァイオレットさんの元へと戻る。どうやらシアンは言いたい事は言ったつもりらしい。まるで説教のような抽象的な言い方ではあるが……
――とは言え、言いたい事はなんとなく分かるけど。
シアンは何処か勘違いしているようであるが、スカイさんがなにかしらの行動をしようとしていることは確かである。そしてスカイさんは早ければ今夜にでも目的を達成するために動き出すだろう。俺を見ているのは領主としての動きを観察しているのだろう。
目的の詳細は分からないが……このシキで、殿下達に関してなんらかのアクションをするように命令されている。といった所か。
先程の妙な視線からして、恐らく周囲に潜んでいる護衛の者の一部が監視役なのだろう。
――まぁ俺の考えすぎ、という可能性もあるけれど。
当然なにも起きないという事も、俺の勘違いという事も有るだろう。だけど注意はする。
陳腐な言い方ではあるが、裏の世界的なつながりを持つ貴族も居るのだし、シニストラ家がもしかしたら裏で圧力をかけられて……という可能性もある。
なにをする気かは分からない。ただ、確実に言えることがあるとしたら、
「シキで悪い事をしようというのなら、させないようにしないとな」
という事くらいだ。
どう動こうとも対応できるように、対策だけは講じておこう。
◆
「クロ・ハートフィールド卿。私を抱いてください」
「…………はい?」
だからと言って、この動きは予想外である。
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