追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
当たり障りのない
ヴァイオレットさんは今日も可愛いという事を今更ながら改めて実感しつつ、前向きに守ろうと決意をすると、
「……ティー? 何故お前がここに?」
「ルーシュ兄様!」
冒険者としての依頼達成の帰りなのか、温泉に入ろうとしたのかルーシュ殿下と遭遇した。
少しだけ汚れた格好で、居るはずもないと思っていた弟であるバーガンティー殿下を見て驚いているようだ。
「それと……シニストラ家の者か。久しいな」
「はい。ルーシュ殿下もご壮健なようで」
そして、先程まで言い合っていたが、ルーシュ殿下が来るなり無表情の仕事状態に戻ったスカイさんを見て互いに挨拶をする。名前がすぐに出て来るという事は以前から知り合いのようだ。
「……?」
「…………」
けれどローブを身に纏うローランさんに関しては、誰なのかと言うような視線を向けるだけで、ローランさんが軽く礼をするだけであった。
「それで、今日はどうした。学園入学前に力試しとしてシキに来た……という事ではなかろう」
「はい。実は――」
知り合いではないようで、ルーシュ殿下もそういった手合いには慣れているのか視線を向けたのも一瞬で、すぐにバーガンティー殿下の方へと視線を戻すと何故シキに来たのかの説明を求め、バーガンティー殿下はシキに来た経緯などを説明する。
連れ戻そうとしている事に嫌な表情をするか、素直に応じるかは分からないが、俺は口も出せないので静かに見守っていようとして、
――視線が……?
ふと、周囲の姿をあまり見せない、護衛の方々の視線が変わったように感じた。
視線の先の対象に警戒される前にすぐに戻ったが、一瞬だが敵意などとは違うモノが混じって居たような気がする。前世での社会人時代や、今世の貴族社会の時に感じた利用するような視線。
だけど俺を見ていた訳では無い。見ているのはルーシュ殿下と……スカイさん?
何故見ていたのだろうかと思い、周囲の視線の持ち主に気付かれぬようルーシュ殿下達の方を目線だけで確認すると、ルーシュ殿下は会話で気付いていないのか特に気付いた様子はない。
ただ、スカイさんの方は……つい先ほど会ったばかりなので表情の区別はつきにくいが、仕事中の真面目な表情の中でどこか……唇を噛み締めるような、感情を押し殺す様な表情のように思えた。
――演技上手いな、彼女。
なにが起きようとしているのか、なんの思惑が起きようとしているのかは分からない。けれど一つ分かるとしたら、スカイさんは演技が上手いという事だ。
そう思うと同時に、せめて昼はともかく、今日の夜くらいはと思っていた折角のヴァイオレットさんとの夫婦水入らずが消えそうになる事を、内心で溜息を吐く。明日の夜は色々と準備をしているので、俺の予想であるこの面倒そうな出来事が明日の夕方までに片付けば良いのだが。
――ローランさんの気をつけて、ってこういう事なのだろうか。
それを思うと、やはり彼女は身分の高い女性か、なにかしらの法的機関に属しているのかもしれないな。王国の暗部……とかでない事を祈ろう。
当然今俺の立てている“推察”が外れる事が望ましいけれど、注意だけはしておこう。……一応後でシアンとレモンさんには伝えておくか。宿泊先をどちらにするかは分からないが、怪しまれないように宿泊を頼む時に注意を促そう。
俺は今後の方針を決定すると、出来る限り周囲に感づかれないようにこの事を考えるのを止める。
「ルーシュ兄様、ロボさんと会いましたよ! あの方が私の義姉となるお方なのですね!」
「その通りだとも、二年後にはオレの妃となる女性だ」
「流石はルーシュ兄様です。私が今までに見た事の無い、素晴らしき女性と既に婚姻を結んでいるとは!」
「いや……まだ結んだわけではない。彼女自身もオレと顔を合わせてようやく話そうとしている段階でな」
「そうなのですか?」
「そうだ。その点で言うと……オレよりもクロ領主やヴァイオレットの方が親しいと言える。彼らの前だとある程度外すようであるからな。だがそんな所も――」
「ヴァイオレットさんは同性だからともかく……つまりそれはクロさんが兄様の婚約者候補を寝取ろうとしている……!?」
「ティー殿下?」
「ティー。お前、何処でそんな言葉覚えた」
ん、なんか妙な感じに飛び火した気がする。
バーガンティー殿下の発言に、先程まで控えていたスカイさんもつい疑問の声を挟んでいた。
「私は聞いた事があるのです。男性が多くの女性と関係を結ぼうとするのは男としての本能であると」
「うむ、間違ってはいない。我らが父も好色家な所もあるからな」
「ロボさんは素晴らしきルーシュ兄様が惚れこむほどのお相手。そして私もロボさんにお会いしましたが、不思議と男心をくすぐる魅力的な女性でした」
たぶんそれ、ロボのロボット的な部分に浪漫的なモノを感じただけじゃないかな。突っ込めないけれど。
「それと同時にこうも教わりました! “他者に渡ろうとしているものこそ、奪いたくなる”と! それは奪う対象が素晴らしき存在でこそよりそう思う。だからこそ浮気とは甘美であり、寝取るというのは麻薬のような快感を味わえるのだと! だからこそクロさんはロボさんを……!」
「よし、誰から教わったか教えろ。兄としてその者に折檻――もとい、説教してやるから」
うん、俺としてもそいつには説教したい。……もしかして第二王子じゃないだろうな。だとしたら一回ぶん殴る。その後数発殴る。
「母上ですが」
『母上!?』
息子になにを教えてんだ王妃様。
……いや、まぁもしかしたら自分が奪われかけたという経験をしたから、息子にはそうならない様にと教えただけかもしれないけれど。だけど俺はその事実は知らない(あの乙女ゲーム知識)ので、言うに言えない……というか、この状況では言えない。
「それで、どうなのですかクロさん!」
「ここで俺に振りますか」
温泉施設の前で騒いでいたせいか、利用していた中の方々何事かとこちらを見ているじゃないか。姿を現していない護衛の方々もこっちに視線を向けているのは気のせいではあるまい。
……ていうかシキの面子は「おう、愛の宣言でもして嫁を安心させてノロケでも見せろや!」的な感じで見守っているのは気のせいか。いや、気のせいではあるまい。親戚の世話焼きの叔父さんか叔母さんかお前ら。
そしてルーシュ殿下はなんで「よもやロボさんに……!?」的な視線を向けるんだ。俺は貴方のために色々協力していたでしょうが。……いや、立場が逆で、対象がヴァイオレットさんだった場合は同じ視線を向けていたかもしれないな。なら仕様がないか。
「そうですね……」
しかしどう言えば良いか。ただヴァイオレットさんへの愛の告白や、ロボは女友達と言うだけでは、今のバーガンティー殿下は納得させられない気がする。
となれば、一度は認めた上で、「それでも私には大切な家庭がある」といった感じに纏めるのが、まだ子供であるバーガンティー殿下に対しての対応としては無難なんだろう。
「……私には妻がおりますから。そのような恐れの多い事は出来ませんよ」
だけど俺は愛想笑いで、そんな当たり障りのない返答をした。
大切とも、好きだという言葉を使わない返答。
バーガンティー殿下はその後色々と言っていたが、とりあえずはこの場は収まり、その後兄弟で別の話題で会話をし始める。
シキの面々は俺の回答にガッカリしているようにも思えるし、今のヴァイオレットさんの様な不思議そうな表情をしている者も居た。
……とりあえずはヴァイオレットさんは悲しまないでくれたが、この回答が後々尾を引かなければ良いけれども。
そう思いつつ、赤く染まりつつある空を眺めるのであった。
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