追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

常識への先制パンチ(不意打ち)


「兄君と姉君を連れ戻し説得するためにバーガンティー殿下が自ら……ですか」
「ええ。ルーシュ兄様もスカーレット姉様も、あまり説得に応じるタイプではないですから。多少無茶してでも連れ戻すように……兄様に言われ、私から立候補しました」

 現在、食材を保管したヴァイオレットさんと共に、バーガンティー殿下達のシキの案内をしていた。そして道中今回の来訪に関しての説明を受けていた。
 あと、多分“兄様に言われ”という所は前にヴァーミリオンという名前が入るのだろうな。ヴァイオレットさんに気を使って名前を出さないようにしているのだろう。

「しかし、護衛の者も近くに居る者が二名だけでは……」
「私とて成人していますし、戦う力は持っていますよ。子供のままでは無いのです」
「そうでしょうが……」

 ヴァイオレットさんが言いたいのは護衛の数や戦う力云々ではないんだろうけど、強くも出れないのだろう。それと近くに、と言っているあたり周囲の隠れている護衛にも気付いては居るのか。

「それに別件もありますから」
「別件ですか?」
「ええ、実は……」
「ティー殿下」

 バーガンティー殿下が俺も聞いていない別件とやらを話そうとして、スカイさんに止められる。

「その件については私から説明いたします。学園の事ですので」
「そうですね。お願いできますか?」

 先程まで後ろに控えていたスカイさんは、俺達をさっと見てから再び歩く方向へと視線を戻す。
 ……警戒されているな、相変わらず。先程ヴァイオレットさんと出会った時は困惑と言うかどう接すれば良いか分からないというような感じであったのだけど。

「此度、私は学園の使者としてこの地、シキに参りました」
「使者?」
「……ええ、この地で起きたという、先日のモンスター被害に関してです、バレンタイン様」
「ハートフィールドだ。様も要らない」
「……ハートフィールド夫人」
「……まぁ構わんが」

 そしてヴァイオレットさんが問うと、あまり動かない表情が僅かに動いていた。呼び方といい、この表情は警戒というよりは別の感情だろう。あまり好ましくものでないことは確かだ。

「先日のこの地で起きた飛翔小竜種ワイバーンの突発的な出現ですが、調査こそ専門の者が行なったものの、異常は見られなかったと聞きます」
「そうだな」

 実際は仮面の男が仕組んだ、この地で起きうる事を利用した騒ぎらしいが、あの被害の後調査に来た方々の結論は異常なしだ。仮面の男に関しても報告はしていない……というか出来ていない。
 ちなみにメアリーさんにこの地で起こる事に関して心当たりはないかと手紙で聞いたら、返事を保留にされたんだよな。
 ……ついでと言ってはなんだが、日本語で会話した時のスカーレット殿下に対してへの説明は結局あまり出来ないままである。色々と片付けてから詳しく聞く、と言われたがスカーレット殿下にとっての色々とはいつなのだろうか。

「数ヵ月前には生息域を大きく離れ、フェンリルも出現したと聞きます。フェンリルは私達のような言語を有する種族の下には付かない種族。さらには魔法による拘束も無かった言う報告もあります。人災で無いという事です」
「……そう、だな」
「?」

 ……それは完全な人災だな、うん。
 シュバルツさんが話し合って連れて来たモンスターだし、魔法による拘束は無いはずだ。お陰で色々と大変だったわけだし。

「それらを踏まえ、私達アゼリア学園及び上層部は……調査団を再び派遣する事にしました」
「調査団、ですか?」
「……それは一体どのようなものだろうか」

 スカイさんが表情を変えずに淡々と調査団を派遣すると告げる。
 ……なんだろうか、嫌な予感しかしない。いつぞやのアゼリア学園の調査団を思い出すが、それ以上の厄介事な気がする。

「アゼリア学園の生徒、および軍部、騎士団。……これらの混合チームで調査を行うのです」

 やっぱり厄介事じゃないか。
 え、なんで? 確かに一地域に危険モンスターが多く襲来しているけど、なんで騎士団も来るんだよ。しかも学園生を含めた混合チームってなんだ――ってあれ。これってもしかして。

「随分と大仰と言うべきか、調査を行うにしても何故それらの勢力を混ぜる? いずれかの派閥を派遣した方が問題は少ないと思うが」
「……私は学園の代表、そして騎士団候補としてこの地に伝令を伝えたまでです。仔細までは知らされていません」
「……相変わらずだな、シニストラ」
「どういう意味でしょうか」
「いや、優秀でメアリーさんに心当たりはないかと聞いたら、返事を保留にされたんだよな。忠実であると言いたいだけだ」
「……そうですか」

 そうだ、これはあの乙女ゲームカサスでも終盤の、トゥルールートにおける封印系のモンスターが各地で蘇る類のイベントのやつだ。
 少しでも各地に戦力を配備したいが故の策。国王陛下など国のお偉い方だけが知っている、過去に討伐されたとされるモンスターが実は封印されているだけで、それが甦る前兆があったから調査をさせる。
 その際にどの封印が解かれていても対応できるように、連携を深めるための混合の演習という名目で配置調査をさせるというイベントだ。

「ちなみにと言ってはなんだけど、私や妹のフューシャも来る予定だ」
「殿下達もですか?」
「ああ、貴女も知っているでしょうが、私と妹は今年学園に入学するからね。その前の経験をする……という名目で、引きこもりの妹を連れ出すのですよ。今日はその下調べもあるのです」
「そうなのですか……」

 しかしあのイベントはどんな展開だっただろうか。
 俺も常に前世の妹の後ろでプレイを見ていた訳でも無いし、完全には覚えていない。

「まぁパーティーとかとでは違う、兄様達と話して冒険者としての彼らを見たいというのもありますが――ん? あれは……?」
「どうされましたか、ティー殿下――おや?」

 前世の妹が楽しそうに語るので大体は理解していたけれど……この調査は一回目で封印モンスターが解かれるのだっただろうか。それとも二、三回目であっただろうか。メアリーさんに今度手紙で聞いてみようか。

「ティー殿下、お下がりください! くっ、ゴブリンめ、何故街中に現れたのだ!」
「やはりシキには特別な力が……? スカイ、大丈夫ですよ。ゴブリンならば私でも行けます」

 だけど、聞き辛くもある。なんと言うべきか分からないが、手紙でのメアリーさんの言葉にそこはかとない違和感があるんだよな……。決意をして目標に進もうとしているような……

「……バーガンティー殿下。シニストラ。武器を構えなくて結構ですよ」
「バ――ハートフィールド夫人。なにを言うのですか、ゴブリンは立派な討伐対象ですよ! 略奪や暴力を平気で行う知性を持つモンスターで……!」
「ええ。モンスター除けの道具を嫌いはしても、潜り抜ける知性を持つモンスター。人族の子供程度の力と知性で最近はあまり見ませんが、警戒するに越したことは無いです」
「ですから……」

 以前のような危うさとは違う、妙な感触。……仮面の男が「メアリー様」などと呼称していたせいで、怪しく思えるせいなのかもしれないが。
 怪しくとはいえ、彼女自身が悪意を持ってなにか仕出かそうとしているのを疑っている訳では無い。彼女の行動は善意を元に行動しているのは確かだろう。

「彼はシキの住民です。危険は無いです」
「……ハートフィールド夫人、なにを訳の分からない事を。ゴブリンが住民など有り得ません」
「ほら、遠くから笑顔で駆け寄って来る女性が居るだろう? あの方が妻だ」
「妻? ゴブリンと結婚なんて、そんなモノ好きが――ホリゾンブルー先輩!?」
「む、知り合いかシニストラ?」
「わ、私の憧れの先輩で、突如騎士団を辞められた方ですよ! な、なんでシキに!?」

 怪しく見えると言えば、クリームヒルトさんもそうだ。
 彼女は仮面の男とは違うことは確かだが、妙な違和感がある。だけど俺もこの違和感を説明しろと言われれば難しい。ただ……なんとなくだが、あの乙女ゲームカサスにおける、前世の記憶が関与している気がするんだよな……。

「ふむ……あまり語るべきでないかもしれないが、彼女は以前任務で失敗してな。その際に彼……アップルグリーンさんに救われたそうだ。だが、騎士団……と言うべきか、周囲の者が認めなくてな。色々あってこのシキに辿り着いたんだ」
「あ、あり得ません……あの憧れの先輩がなんで――ああああああ!? 周囲の視線を気にせず、キスを!? しかも舌を……!?」
「相変わらず熱いな、あの夫婦は。多分こっちの声が聞こえているな、ホリゾンブルーは」
「そ、そうです、洗脳されているのですね! そうでなければ有り得ないです!」
「あの幸せそうな夫婦を見てまだそう思えるのならば、そう思うが良い。……そう思えば、それはお前の中では真実となりうるだろう」
「くっ、バレンタインがなんか悟ったような口を! 以前だったら嫌悪していたはずなのに、認めてすらいるなんて!」
「ハートフィールドだ」

 前世の……主人公ヒロインとしての動きに違和感があるというよりは、もっと別の所。そう、彼女自身も、もしかしたら……

「クロ男爵。クロ男爵」
「え? ああ、どうされましたか、ええと……ローラン様」
「クロ男爵って、意外とマイペースな所あるのですね」
「はい?」

 どういう意味だろうか?
 ……あれ、なんでスカイさんが地面に項垂れているのだろう。雪で冷たくないのだろうか。

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