追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

足が長いかもしれないオジサン(:灰)


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「――次、027番。アプリコット・ハートフィールド」

 一分間魔法を叩き込めるだけ叩き込み、爽やかに汗を流すとアプリコット様とクリームヒルトちゃん以外は何故か周囲は奇妙な目で見ていた気がしたが、中々よい魔法を見せることが出来たと思う。

「あの子もハートフィールド家の……?」

 ともかく私の魔法試験は終わり、私の次であるアプリコット様の番になると周囲は再び困惑したざわつきと奇妙な視線をアプリコット様に向けていた。
 何故尊敬の念などではなく、あのような視線を……ハッ! もしや皆様はアプリコット様の実力を見抜いて、既に警戒心を抱いているのかもしれない! 流石はアプリコット様である。溢れ出るオーラを隠しきれないという……!

「はじめっ!」

 ヴァーミリオン様が開始の合図を取り、アプリコット様は集中して魔法陣の展開や詠唱を唱え始める。どうやら私のように数で攻めるのではなく、質で勝負するようだ。
 真剣に高威力の魔法を唱えるアプリコット様のお顔は凛々しく、弟子として――あれ、また不整脈が。収まって来たと思ったのだが。

「――【火闇のシステム神葬ロット】」

 私が謎の不整脈のせいで胸に手を当てていると、いつの間にか詠唱を終えたアプリコット様が杖を使えないので代わりに手を前に出して、魔法を発動させていた。
 あれは……私が全力を出しても敵わない威力を持つアプリコット様の秘奥義! 黒き焔が対象を焼き尽くし灰燼に帰す、とにかく派手で禁じられたという割に普通に出すアプリコット様上位魔法だ!

「フハハハハハハハハ! 滅するが良いわ!」

 ああ、なんという事だろう。アレではたった一撃で私の複数回の魔法など簡単に上回る。あのような魔法を以前見た時よりもさらに威力をあげて放つとは……! 私の師匠は相変わらず凄いお方である! 先程の不整脈とは違う胸の高鳴りが私を支配し、今すぐ褒め称えたいが今は試験中だ。抑えないと……!

「あはは、グレイ君もアプリコットちゃんも良い笑顔だなー」

 私が目を輝かせる中、クリームヒルトちゃんが私達を見て微笑ましそうな表情でこちらを見ていた気がした。
 だけど……やはりスカーレット様と似た笑顔で見ている気もした。
 詳細を語れと言われると難しいが、改めて見るとスカーレット様よりは遥かにと言えるような笑顔である気がした。







「――流石でした、アプリコット様!」
「ふふふ、そう褒めるでないぞ弟子よ。我は当然の魔法じつりょくを発揮させただけなのだからな!」
「いえ、素晴らしいものは褒める。これは当然の事です!」
「流石だ弟子よ。分かっているではないか!」
「あはは、相変わらず仲良いねー」

 魔法の試験が終わり、お昼休憩。
 私達は学園の食堂とやらにてお昼を食べながらワイワイと先程までの試験やここ最近の近況などを話し合っていた。メンバーは私とアプリコット様とクリームヒルトちゃんである。

「おい、クリームヒルト。あまり試験官でもあるお前が受験生と仲良く話すな。不正を疑われるぞ」
「む、それもそうだね。あ、シルバ君。骨付きチキン追加で」
「分かった――じゃない、普通に注文するな」

 そこに食堂で働いているシルバ様がやって来て、クリームヒルトちゃんに注意をする。なんでもシルバ様は色々な所で働きながら学費を稼いでいるらしく、食堂もその働き口の一つだとか。さらには生徒会の仕事もこなしていると言うので、素晴らしい方なのだと思う。……学園に入学したら、ここで働くのも良いかもしれない。良い経験になりそうだ。

「ほら、いくぞ」
「わー、男の子に無理矢理引っ張られて有らぬところに連れて行かれるー」
「誤解を招く言い方をするな。ていうか歩け」
「私ぐらい引っ張りなよー。そんなに重くないと思うよ?」

 シルバ様はクリームヒルトちゃんの制服の首根っこの辺りを掴むと、私達から引き離そうと引き摺ろうとする。クリームヒルトちゃんも口では抵抗するが、身体の方は特になにもせず引き摺られるような形になっている。
 ……以前から思ってはいたが、仲が良いようだ。

「あー……そうだ、グレイ」
「はい?」

 そして引っ張ろうとする前に、シルバ様がなにかを思い出したかのように立ち止まる。
 質問があるようだが、クリームヒルトちゃんが「ぐえっ」という声を出したが良いのだろうか。

「……いや、二人共、試験頑張れよ。学年が違うとはいえ、同じルナ組になる事を願っているよ」
「? はい」
「ふ、言われるまでも無い!」

 シルバ様は少し悩んだ後、当たり障りのない励ましの言葉を言う。
 どうかしたのだろうか? ……あ、そうだ。聞きたいことがあったのだ。関係無いとは思うが、一応聞いておこう。

「シルバ様、一つ聞きたいのですが」
「ん、どうした?」
「先程私めとアプリコット様が試験を受けられていた時なのですが、遠くから私め達の方を見ておりましたか?」
「? いや、見ていないけど……なにかあったのか?」
「はい、姿は見えなかったのですが、誰かの視線と、男性の声が聞こえた気がするので、念のために」

 先程の魔法試験の際、詳細は聞こえなかったが誰か男性に見られている気がした。観察するような、値踏みするような。ブライ様が私を見る目と似てはいるが、何処となく違う奇妙な視線。
 あれは……なんと言うべきか分からないが、無視してはいけない気がした。

「うーん、僕は食堂で働くから試験官とか準備は午後からの戦闘関連だけだし……クリームヒルト、誰かいた?」
「私とヴァーミリオン殿下以外だと……準備もあって近くで見ていたのは戦闘試験担当のシャル君とエクル先輩かな? 後は……学園長やナイチンゲール先生とか? メアリーちゃんとアッシュ君は別の推薦組の担当だから違うと思うよ」
「男なんだからメアリーさんではないだろう」
「でも錬金魔法で声を変えられる道具作れるし、一応ね」
「……万能だな、錬金魔法。ごめん、ハッキリとは分からないみたいだ」
「いえ、ありがとうございました」

 クリームヒルトちゃんが引き摺られる形のまま、私の疑問に答えてくださるとシルバ様と共に手を振ってそのまま去っていった。シルバ様は意外と腕力がおありのようである。

「視線と男性の声か。我は気付かなかったが、どのような感じであったのだ?」

 彼女らが去り、私達が見送るとアプリコット様が昼食のムニエルを切り分けながら私に聞いて来る。私の発言をとりわけ気にしているというよりは、単純に気を紛らわせるための話題として話しているのだろう。

「男性のお声という事以外は特徴の無いものでしたが……奇妙な言語であったような気がします」
「奇妙?」
「はい。浅学なため分かりかねますが……この周辺ではあまり聞かない言語でした」

 あの時の呟く言葉は殆ど聞こえなかったけれど……例えるのならば――

「クロ・ハートフィールド兄様が使われた言語と似ていた。じゃないか?」

 そう、昔クロ様が呟いていたい気がする言葉と似ていた気が――

「はい?」
「む?」

 私が言おうとした言葉は、第三者によって答えられた。
 言葉が聞こえた方を向くと、アゼリア学園の貴族用くろい制服を身に纏った男性と女性が立っていた。
 男性はクロ様と似た体躯であり、女性は男性より少し小柄。両者共クロ様と同じ黒い髪に碧い瞳。クロ様と似た特徴を持つ彼らは……残念だが、会った事も見た事も無い。

「失礼だが、何方だろうか?」
「ああ、俺と妹を見るのは初めてか。じゃあはじめまして。俺は……いわゆるお前らのオジサンだ」

 オジサン?
 私とアプリコット様にとってのオジサンとはつまり……はっ!

「まさか都会に現れると言う、少年少女を買う足の長いオジサンというやつなのですか!?」
「違う」
「……え、兄様は買っているの? 婚約者じゃ満足できないの?」
「違う」

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