追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
ひしっ
「……はは、良い天気ですね、ヴァイオレットさん」
「……そうだな、クロ殿。外出するには良い天気だ」
「ははは、ですね」
「ははは、そうだな」
「クロ様、ヴァイオレット様? 何故お互いに先程から視線を合わせないのです?」
顔を覆いたくなる様な会話の後、俺達はスカーレット殿下に「もう充分」と言われあの場を解放され「後はご自由に」と言いながら背中を押され退出した。
元々早めに去りたかったので、怪我の功名と言えば功名だ。アイツらを残して若干の不安はあるが、あの空気の中取り残されてもお互いに気まずい思いしかしないから良いだろう。
会話の内容自体は本音ではあったのだが、誰かの前で繰り広げていたとなると思いの外恥ずかしく、今は上手く視線を合わせられずにいる。
「気のせいだぞ、グレイ。今は見送りに来ているのだから、視線がお前達にいっているのは不思議ではない」
「それはそうですが……?」
それはともかく、俺達は現在グレイとアプリコットの見送りに来ていた。
此処に来るまでに時間はあったのだが、俺達はまだ照れて上手く話せずにいる。
「……ハッ! アプリコット様、これはやはり夫婦の秘め事というやつなのでは?」
「ある意味間違っていないと思う気がするのが、なんとも言えぬのがな……」
グレイが小さな声でアプリコットに尋ねるが、俺達の方まで聞こえている。相変わらず意味を勘違いしているようだが、あながち間違うとも言えない部分があるのでお互いにさらに気まずくなった気がする。
「ま、俺達はともかく、首都での試験頑張れよ」
「そうだな。お前達の実力なら問題は無い。胸を張って挑むんだ」
「誤魔化したのでしょうか」
「誤魔化したな」
「誤魔化したなクロ坊」
やかましいぞ息子と中二病少女め。あとついでにグレイ達が首都に行くと聞いた途端、鍛冶を放り出して送り迎えに来たブライさん。誤魔化したのは確かだが、わざわざ言わなくても良いじゃないか。
「今回は俺達は付いて行けないが……少しずつ慣れていかないとな。それにアッシュ卿の手配した宿や、クリームヒルトさんやメアリーさんにも連絡はいっているから、困ったら頼れば良い」
「うむ、分かっている」
「本当であれば私も着いていきたいが……少しずつ慣れていかないとな」
「領主の仕事もあるのだ、仕様があるまい。それに我が居るのだ、なにも心配は無い!」
「…………」
「クロさん、ヴァイオレットさん。何故そのような目で我を見るのだ」
普段あれば、なんだかんだ言いつつ面倒見がよく気配りができるアプリコットであるが、今の状態のアプリコットだと不安なんだよな。
なにかの拍子にいつものようにグレイが近付いたら文字通り自爆しそうだ。
俺達が大丈夫かという視線を向け、アプリコットが困惑していると俺達を余所にブライさんがグレイに近付き心配そうに声をかける
「いいかい、煌めきの星。以前も言ったが、首都は危険だ。慣れ初めが怖くてどういった俺が出て来るか分からない。そして襲われかけたら叫ぶんだ。助けてと言うよりは火事などの野次馬を呼ぶような叫びが良い」
今、俺と書いて不審者と呼んだ気がする。……事実不審者が学園に推薦してきたから、あながち外れでも無いのだが。
今更だけど、大丈夫だろうか。一応はアプリコットやメアリーさんとかに注意をして貰うように言ってはあるのだけど、グレイはまだ子供だ。言葉を鵜呑みにしやすいし心配だ。……グレイ自身の意志を尊重するとはいえ、不安に――
「はい、心得は承知しておりますので。それにご安心ください、私めもまだまだ子供ですが、成長をしない訳では無いのです」
「ほう?」
「学園という王国の最高峰の教育機関の推薦を受けた者として、誇り高き振る舞いをしましょう。そして見事最高のクラスに配属され、私めは尊敬する父上と母上、師匠という、恵まれた環境に居る事を証明してみせます」
…………
「ふ、流石は弟子だ。言うように――」
「う、ぅう……グスッ」
「グレイ、立派になって……!」
「え、泣いているのか!?」
出会った当初はあんなに細くて傷だらけで、弱々しかったあの子がこんなに頼もしく俺達を誇りに思ってくれるなんて。
未だに他者の言葉を信じ過ぎて心配になる事は多々あるけれど、こうやって成長もしている姿を見ると涙が……!
「く、クロ様、ヴァイオレット様!? 私めはなにか変な事を……!?」
「いや、なんでもない。頑張ってくれグレイ。父親としてお前の試験の無事を祈っているからな……」
「は、はぁ……?」
俺はグレイの所へと行き、まだまだ小柄なグレイを抱きしめた。こうやって抱きしめるのも久しぶりな気がする。……昔は抱きしめても怯えてばかりであったのに、今はこうして
「いずれは身長も抜かれるのかもしれないな……ふ、この成長は嬉しくも寂しいものだな……」
「父上……?」
「なんかクロさんが唐突に父性を発揮し始めたぞ」
俺が状況に付いていけていないグレイを抱きしめながら頭を撫でていると、サイドからヴァイオレットさんも近付いてきて同じように抱きしめる。
「グレイ、私を誇ってくれてありがとうな。お腹を痛めて産んではいないが、私にとっても大事な息子だ。グレイも居るから、私も恵まれているのだよ」
「母上……!」
「なんかヴァイオレットさんが物語の大事な時に言いそうな事をさらっと言ったぞ」
ひしっ、という効果音が付きそうな密着具合で俺達家族は抱きしめ合う。
今日は家族がより一つになった日かもしれない。この後グレイが試験に旅立たなければ記念日として豪勢に行きたいくらいだ。代わりに帰ったら豪勢に行こう。
その分今はこうやって家族で抱きしめ合おう……!
「……ブライさん、我はちょっと馬の様子を見てくる。このままだと出発が遅れそうだからな」
「おう、そうした方がよさそうだ」
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