追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
好きにやらせる
俺の発言の後、皆はしばらく考えた仕草を取り、意味が分からないのか疑問を浮かべた表情のまま固まる。
「どういう意味か説明してくれるか」
そして一番最初に復活したのはアイボリー。俺の発言に対し、真偽ではなくまずは何故そう思ったのかの説明を求めて来た。確かにそうなるだろう。俺だってそちらの立場なら聞く。
「そうだな。まずは少し前の話になるのだが……スカーレット殿下はとある事情で好きな相手、というのを見つけようとしている」
「ほう?」
あの仮面の男に言われた“心配そうなフリをしている”と“好きな相手でも見つけた方が良い”という言葉。
アレがどう響いたのかは分からないが、ここ数日のスカーレット殿下は怪我の治療で療養をする他に、好きな相手というのを探し始めているのだ。スカーレット殿下なりに思った事があったのだろう。……フリをしている、という点に関してはなんとなく意味は分かるのだが。
ともかくシキにて好きな相手を探そうとしていた。初めの方は俺やヴァイオレットさんに互いをどう好きなのかを聞いたり、シアンやアプリコットに馴れ初めを聞きに行ったりとしていた。
他にも好きな相手を探しに、夫婦の所や男性の所に会話をしに行っていた。
「ああ、検診の時にやけに会話をしたがるとは思ったが、俺を見極めようとしていたのか……結局は急患などで話せずじまいではあったが」
「クク、僕の所にも来たね。来たけど黒魔術に興味を持って、愛猫を可愛がって去っていったが」
「カーキーは?」
「俺は王族と会うと兄上や妹に怒られるから会わないようにしているから、会話はしていないな。だが確かにいつもと行動範囲が違う気はしたんだぜ」
ここに居る面子もなんとなく思い当たる節はあるようである。だが同時にそれとエメラルドを嫁にする、という発言とは結び付かないような表情でもある。
「シキにいる面子は濃いから、スカーレット殿下も生活はそれなりに楽しんではいるようなんだ。だけど好きな相手を見つけようとしてはいるが、所詮は数日間。そう簡単に見つかる訳でも無い」
「うむ、分からんでも無いが」
「そして彼女は思ったっぽいんだ。“そうだ、好きな相手とは別に異性じゃなくても良いのでは?”……と」
「……うむ、好きな相手という括りなら、友情などで好きも有るからな」
「で、現在はこのシキで仲良くなったエメラルドを手籠めにしようと画策中。王族初の平民同性を正妻にしていこうと今朝から意気込みを開始しようとしている」
「待て」
そして俺の説明にアイボリーが止めを入れた。話が飛び過ぎだと言いたいようであるが俺だってよく分からないんだ。
今朝俺の所に訪ねて来たと思ったら「クロ君とだけで話をしたい」と言いだし、その後に話す場を設けて話を聞くと、
『クロ君、私はエメラルドを性的な目で見ているのかもしれない』
などと言いだしたのだ。その衝撃は珈琲を味や熱さを感じずに飲み干すレベルのモノであった。
俺はとりあえずどういった意味かを聞くと、スカーレット殿下は語り始めたのだ。
『私も不思議なんだ。何故このような感情が芽生えるのか……だが彼女が傷の様子を確認しようと傷口を見たり、新たな薬を差し出そうとするたびに私の胸は高鳴るのだ!』
『それただの痛みや苦みへの恐怖心じゃないですかね』
『包帯に巻かれた右腕は過去の彼女の努力の証。己が肉体を顧みず毒と薬をうつことで発展に尽力する証左!』
『確かにそうですが、あれはただの性癖です』
『更には私を王族と知ってもなお蔑んだ目で見るのは、まさに特別扱いしていない事だ! 見られると不思議と背筋がゾクゾクする!』
『スカーレット殿下は被虐趣味者かなにかで?』
『ともかく彼女を見ていると昂るこの気持ち、まさしく愛ではなかろうか!』
『…………愛の定義は、己が愛と決めたら愛だと思いますよ』
『そうか!』
と、俺に詰め寄って力説してきて、俺が同意をすると今までにない笑顔になったのであった。
愛なんて俺にも分からないし、あの勢いにはただ頷くしかなかった。
「いやそこはやんわりと否定するべきだろう。我が王国の第二王女が同性の未成年平民に愛を叫ぶとか、お前国王様に嫌われているだろうに、シキで目覚めたとなると監督不行き届きさらに嫌われるぞ」
「あんなにキラキラとした瞳で見られて違いますって言えるか! 今までの目の奥が笑わないビャクな笑顔じゃなくって子供のようなキラキラした瞳なんだぞ!」
「眼の奥が笑わないとかビャクな笑顔とはなんだ!」
「知るか! ともかくあんな好きを見つけられたかのような瞳で見られて……俺は、俺は否定は出来なかったんだよ……!」
「だとしてもあのお方が同性愛に……いや、愛は自由であると理解はしているが……!」
「クク、クロ君もアイボリー君も落ち着きたまえ、ほら、珈琲を飲むが良い」
「ありがとう……」
「すまない……」
俺達は少し興奮した所を、オーキッドに珈琲を差し出されたのでそれを飲んで落ち着くことにした。……ふぅ、美味い。グレイとは違った風味が――ってあれ、オーキッドいつの間に入れたんだ? そういえば視界の隅で黒い靄が出て珈琲を出していたような……気のせいだと思おう。
「まぁ、でもスカーレット殿下も悩んではいるようであったんだよ。その後少し沈んだから」
「ほう?」
俺達は珈琲を飲みながら、先程のスカーレット殿下との会話の続きを話す。
『しかし私は親不孝者とはいえ王族だ。いずれはきちんと父様に婚姻を報告したいと思っているし、子も残し育てたい。元々遅くともこの二年以内には婚姻は結ぼうとは思っていた』
婚姻を決めようとしていたのは意外ではあった。確かにスカーレット殿下は色々と破天荒ではあるが、外見の美しさや学問等の優秀さから婚姻の話に暇はないと聞いた事は有ったので、大怪我などをしなければ二年後であろうと婚姻の話は上がるだろう。
『だが、私には今一つ執着できるモノもなく、好きというものも分からない。そういう意味では好きを見つけて存分に発露させているシキの皆が羨ましくもある。正直私のこの気持ちは分からない。だが、もしもこの気持ちが好きや愛と言うならば、私は大切にしたいんだよ……』
『…………』
俺は同性愛に関してはそれなりに理解はあるつもりではある。当事者同士が幸せなら性別など些細ではあるという考えだ。
だけどスカーレット殿下のこの思考も、悩みも、眼も笑いも……やはり前世の大切な存在と似通った部分があるので、放ってはおけないとも思う。
「まぁという訳でだ皆」
「む?」
「クク、なにがという訳でなのかな、クロ君?」
今は別の事でも忙しいが、出来うる限りはスカーレット殿下に協力したい。同時に好きにやらせた方が良いと思っている。
「……スカーレット殿下は今、ヴァイオレットさんと共にここに向かっている」
「は?」
「ヴァイオレットさんは旦那探しのために、シキの齢の近い未婚の男性と話す場を設けると説明はしてあるのだが」
「どういう意味なんだ、クロ。ハハッ、まさかスカーレット殿下が俺達と恋愛したいという訳でも無いだろう」
「その通りだ、流石はカーキー!」
「わーい、当たったぜー!」
「待て」
俺がカーキーとハイタッチを交わすと、アイボリーが真剣な声色で静止してきた。
……うん、そういう反応になるよな……ごめん、皆。でもこれもスカーレット殿下の意志でもあるんだ。
「スカーレット殿下がな。我が王国では同性婚は認められていないから、王族としてマズいというのは分かっているみたいなんだ」
「そうか。それで?」
「そしてエメラルドにドキドキするようになったのは、今まで相手を深く知ろうとしなかったのが原因ではないかとも言っていたんだ」
「うむ」
「……だから、男性と深く話したい場を作って欲しいと頼まれた。そこで互いに理解すれば、この感情が一時のモノかなにかを理解出来るかもしれんとな」
「……俺達を選んだ理由は?」
「……シキで未婚でスカーレット殿下と似通った年齢から選んだ。あと、顔の良さ。お前ら格好良いからな」
「……そうか。ありがとう」
他にもスノーホワイト神父様も考えたが、シアンに殴り込みをかけられそうであったし。ブラウンとかは確実に犯罪である。フリーで紹介出来る比較的問題が無い奴らというと、この場に居る皆がすぐに上げられたのだ。
うん、とりあえず俺が出来る事と言えば……まず謝って、お願いをしよう。
「……すまない。スカーレット殿下の婚活に付き合ってくれ」
『ええー……』
備考:今回の男衆
・カーキー
身なりが整った伊達な男。顔が良い。
・アイボリー
怪我悪化防止に常に清潔。顔が良い。
・オーキッド
よく分からない。顔が良いらしい。
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