追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

黒と菫の恋愛季節:A+α


 エメラルドに対するツッコミもしながら、元の戦いの跡の場所に戻って来た。
 周囲を見るとチラホラと周辺の探索を終えて戻ってきている者も多い。いつ他のモンスターが襲い掛かって来るかは分からないし、今回の騒動の原因も分かってはいないので気は抜けていない。が、少し緩めても良いだろう。
 一応巡回警護は数を増やして担当も先程決めたし、滞在していた冒険者も雇って警備も頼んだ。なので他の調査をしていた方々には軽く連絡をし、感謝の言葉を言って解散させた。
 後は他に戻って来ていない者が居ないかを確認して、この後モンスター除けの道具に不備がないかを確認し、警備が滞りなく行われているかも確認する。
 ようは確認作業の連続だ。領主である以上慣れてはいる……ので、別にそれは良いんだ。
 状況が状況だけに、今日は一睡も出来ないのは覚悟しているし、その後も面倒な手続きや報告があるのも承知の上だ。
 しかし……しかし、だ。

「ロボさん……いや、ブロンドさんとお呼びした方が良いのだろうか」
「ロボ、で良いですよ。あと、あの……この運ばれ方はちょっと、困るのデスガ……」
「なにを言うのだ! ロボさんの素晴らしき外装おすがたが原因不明に外れたのだ! 貴女は動かずに、オレに全てを任せるが良い!」
「ですが、お姫様抱っこは……恥ずかしい、デス」
「オレにとって貴女は姫そのもの。であるのならばこれ以上にない行為だ。……それに、この運び方ならば、美しき貴女をより身近に感じ取れるからな」
「あ、ウゥ……」
「顔が赤いぞどうしたのだ!?」


「あの、アプリコット様。いつまで私めを抱きしめになられるのでしょうか」
「これは抱きしめ合う事でお互いの体内の生命力-MANA-を互いに循環させ、我は魔力、弟子は傷の回復力を高める効果があるのだ」
「な、なんですってそのような効果が!?」
「うむ。……しかしこれはお互いに分かり合い、相性が良くないと効果が発揮されないから他の誰かとはしないようにな」
「はい!」
「……それに我が弟子より高いのは今だけであろうからな。こうして包んでやれる感触を今の内にもっと堪能させて欲しい」
「? あ、そうですアプリコット様。先程私めを名前で呼んで下さいましたよね」
「む? ……そういえば駆け付けた時……呼んだだろうか。夢中であったから覚えていないが」
「あの、もう一度呼んで下さいませんか。普段は私めの名前を呼んで下さらないので……あの時、大切な、と言いながら私めの名前を呼んでくださって嬉しかったのです!」
「そ、そんなに嬉しかったのか?」
「はい! 大切で大好きなアプリコット様に呼んで貰えるのはとても嬉しいです!」
「あ、うぅ……」
「お顔が赤いですどうなされましたか!?」


「シアン、怪我はもうないかな。ごめんな、少し離れていた所に居たせいで駆け付けるのが遅くなって」
「いえ、仕様がない事ですよ神父様。ですがあの、もう大丈夫ですから。治療はして貰いましたので」
「駄目だ。シアンみたいな綺麗な女の子に傷が残っていたら俺は一生後悔する。だから最後まで治療をさせてくれ」
「う……でも私、女の子って年齢じゃ無いですよ。一人前のシスターなんですから、自分の身は自分で――」
「頼むから診させてくれ。俺にとって大切な家族で、俺も大好きなシアンなんだ。いつも笑顔のシアンの為に、俺が出来る事はさせてくれ」
「あう……え、俺?」
「ああ、遠くからだが声が聞こえてな。俺に大好きだと叫んでいたろ?」
「き、聞こえていたんですか!?」
「もちろん、俺は戦闘前に自信を奮い立たせるその家族愛の叫びに応えてやらないと思った! だから俺も大好きだよ、シアン」
「あ、うぅ……」
「顔が赤いぞどうした!?」

 くそ、どいつもこいつもイチャつきやがって。先程までの仮面の男の件とかどうでも良くなってしまいそうになる。
 さっさとくっ付いて幸せになれという話だ。大いに祝福してやるから。

「ワタシの名前はクロクンが付けてくれたのですよ。ロボ、という今までにない響きです」
「なんと、そうであったのか。……む、という事は名付け親がクロ領主で、色々とシキで動けるようになっているのもクロ領主のお陰か」
「そうなりますね。どうされましたか?」
「という事は、クロ領主が書類上の父になり、クロお義父さん……!?」
「――ハッ、クロお父さん……!?」

 そしてあっちはあっちで面倒くさい事になってるな。
 一応活動の許可は出してはいるが、ロボは寄り子でもなんでもないぞ。そもそも子であったら流石に年齢は知っている。でも未成年であれば寄り親になった方が良いのだろうか。そしてロボが幸せになるなら祝福するが、なんでルーシュ殿下は普通に婚姻を結ぶ前提なんだ。……寄り親になって結婚したら俺が第一王子妃の父親……!?
 ……駄目だ。心の中でツッコミ疲れてきた。少し落ち着こう。

「……ふぅ」

 視線を上にあげ、少し息を吐く。
 その後に息をゆっくり吸うと、冷たい空気が肺に流れ込んできて少し落ち着いた。
 そして落ち着くと気が緩み、晩御飯も食べていないのもあって腹が減って来たのを自覚し始める。
 ……けれどこの周囲のイチャイチャぶりだ。なんだか食べていないのに胸やけしそうである。

「もう一仕事、頑張るか」

 ともかく、頑張らないとな。俺は腕を上にあげ背筋を伸ばし、身体全体に力を入れて奮起させようとする。気になる事も解決する事も色々あるから、力を入れて頑張らなければ。
 日本語を話す仮面の男とか、“この地で元々起こる事”を利用したとか、スカーレット殿下の前世の大切な存在の小さな頃と同じ雰囲気を感じたとか。……ついでにスカーレット殿下の笑顔は、今世における別の誰かついても何故か思い浮かべた事とか。
 そういえば今思えばロボの外装の一部が空から落ちて来たのは、あの仮面の男が異常を知らせるために飛翔小竜種ワイバーンに命令して落とさせたのだろうか。完全に信じた訳では無いが大怪我をさせないとは言っていたし。
 そうなるとやはり単純に……この地でワイバーンが暴れた、という事実が欲しかったのだろうか?
 しかしそうなると――

「クロ殿」

 俺が色々と考えていると、後ろからヴァイオレットさんに呼びかけられた。
 ヴァイオレットさんにはこれから少し手伝って貰って、後はグレイ達の面倒を見て貰おうかな。アプリコットはいるが魔力も心配だし、仮面の男もなにを仕出かしてくるか分からない。
 シアンと神父様に頼んで屋敷に泊まってもらい、ゆっくりと……はいかないが、ともかく休んでもらうとしよう。

「はい、どうされましたかヴァイオレットさ――」

 俺はそう思いつつ振り返ると、

「――んむ」

 唐突に口で口を塞がれた。
 俺が振り返った瞬間にはすぐ傍にヴァイオレットさんの顔があり、そして次の瞬間には腕で抱きしめるように身体を寄せて塞がれた。ようはキスである。
 唐突な出来事。別に以前のように俺の気持ちを落ち着かせるためにしている訳でも無いし、周囲が他に誰も居なくて雰囲気が良かった訳でも無い。
 本当に、突然ヴァイオレットさんにキスをされた。

「――ん、ん!?」

 あれ、今口の中に――

「――ぷはっ。……ふふ、油断したな」

 しかしすぐに口を放され、悪戯を仕掛けた子供かのような怪しげな笑顔をヴァイオレットさんは浮かべる。くっ、そんな表情をされるとますます貴女の魅力に惹かれてしまうではないか。……問題あるだろうか? ないか。

「え、えと、その? 急に何故……!?」

 多分俺は今間の抜けた表情をしているか、顔が酷く赤くなっているのかのどちらかだ。あるいはその両方か。
 なにせこの状況でキスをされる理由が分からない。狼狽えるのも仕方ないと思う。

「クロ殿が少し溜息を吐いて、疲れた様子であったからな。それにこの後も頑張るようであったから……私なりの応援をしようかと」
「それで、キスを?」
「うむ。……それで、その……元気は、出ただろうか?」

 先程までの妖しげな表情から、頬を赤くしてこちらの様子を伺うような表情になる。
 もしかしたらヴァイオレットさんも周囲の影響を受けて大胆になり、このような行動に出て今になって少し羞恥が出始めているのかもしれないが、元気は出たし、嬉しいものは嬉しい。
 これは昨日スカーレット殿下に煽られた結果だったり、俺を心配して頑張ってほしくて行動した結果かもしれない。今朝からの気まずい雰囲気もあったし、それを払拭しようとしたのかもしれない。俺を想ってくれる行動は素直に嬉しい。
 だけど……うん、タイミングが悪い。

「ヴァイオレットさん」
「どうした、クロ殿。……意外な行動かもしれないが、私だっていつまでも――」
「俺だって我慢して頑張ろうとしている時に――良い度胸ですね」
「――え?」

 けれど俺だって我慢はしていたし、これから大切な仕事をしようと気持ちを切り替えようとした矢先にこんな事をされて我慢できようか。いや、出来ない。

「あ、あの、クロ……殿? 表情が――えっ、あの」

 俺は両手をヴァイオレットさんの頭と首の境目辺りに置き、顔を固定させる。
 白い肌に触れる事緊張はするし、戦闘後で俺の手は汚いだろうがそんな事は構いやしない。
 ヴァイオレットさんは元気が出て欲しいと俺に言ったんだ。ならば俺は単純で貴女の肌に触れると元気が出るのだから、触れても文句はあるまい。
 それにこの間もそうだが、俺だってして貰ってばかりでいる訳にもいかない。

「クロ殿、顔が、顔が近い。それに私は今戦闘をして、走ったから触れられると汗とかで、まだ水浴びもなにもしていないから……」
「仕掛けて来たのはそちらからですよ」
「そ、そうではあるが――んむっ」

 俺は元気が出るためにして貰った事を、ヴァイオレットさんにやり返した。








「私達はなにを見せられているんだろうねー。周囲のイチャイチャぶりに毒されたのかな」
「あの夫婦は大抵あんな感じだ。早くグレイに弟か妹でもつくれという話だ」
「ただでさえ兄様の恋愛を見せられるっていう、微妙な感じなのに……はぁ、私も好きな相手見つけた方が良いのかなぁ。良さが分かると気持ちも分かるのかな……よし、決めた」
「……なんだか嫌な予感がする」

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