追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
格好はこの地ではあまりおかしくない
スカーレット殿下は先程まで治療を受けていたせいかは分からないが、上着が少し着崩れた状態でいつの間にかそこに居た。
【空間保持】か、あるいは気配を遮断する類の魔法を使ったかは分からないが……ともかく、状況を考えると非常にマズい状況だ。
見るからに怪しい仮面の男と会合し、謎の言語で話している。……俺がこの男と仲間と思われ、今回の騒動を巻き起こしたと疑われる状況。聞かれたのは今回傷を負ったスカーレット殿下。……王族殺害未遂の疑いを持たれても不思議ではない。
「さて、そこに居るのは今回の騒動を巻き起こした者かな。あるいは冒険者が迷い込んだか……」
スカーレット殿下は隠れていた木の影から出てきて、俺達と距離を一定まで開いた場所に立つ。恐らくあの場所がスカーレット殿下にとっての捕獲と退避のできる距離なのだろう。
そして恐らくは俺も警戒をしている。当然の判断であるし、俺もこの状況を説明しなければ下手には動けない。
「もしかしてただのシキの住民?」
「私が言うのもなんだが、こんな格好の住民が居ると思うか?」
「シキなら普通でしょ」
「…………うん、まぁ否定はしないが」
否定は出来ないな。黒魔術師のオーキッドとかもっと不思議な格好をしているし。
「まぁ、貴女様の問いに答えるのならば私は今回の騒動を主導した、と表現できる者ではある」
「あっさりと認めるんだ」
「嘘を吐いても仕方ないからな。だが勘違いしないで欲しいのは、私が利用したのは、あくまでも“元々この地で起こる事”であるという事だ」
「――なに?」
俺がどうするべきか決めあぐねいていると、仮面の男の言葉につい疑問の言葉を口にしてしまう。その言葉は――
『「どういう意味かな、と問いたいのでしょうが、今語るべきではない事ですよ」』
そして俺が尋ねる前に、仮面の男は日本語で言葉を紡ぐ。
言葉も言語も明らかに挑発をしている。スカーレット殿下の前でわざわざ不明な言語で話し、意思疎通を行う。更には俺がこの状況においてどう動けば良いかを悩んでいるのを見て楽しんでいるようにすら見える。
「色々と聞きはしたいけれど、今は取り押さえる方が先かな。その謎言葉も含めて、後でゆっくりと話して貰おうかな」
『「おやおや、怖いですねスカーレット殿下。立場上は従うしか無いでしょうが、私は捕まる訳にはいかないのですよ」』
「……私の名前は聞き取れたけど、不思議な言語ね。東にある国と似てはいるけれど、違うようだし」
「内容が知りたければそこに居るハートフィールドに聞けば良いんだよ。彼はこの言葉をよく知っている。なにせ転せ――」
だから俺は楽しもうとしている仮面の男にそれ以上言葉を言わせないように、全力で仮面の男を取り押さえようとした。
これ以上この場で仮面の男に言葉を言わせるのは俺にとって益になる事はない。スカーレット殿下に手を煩わせる事無く、無力化して――
『「クロさんの今世の妹さん、可愛いですよね」』
――しようとして、その言葉に俺の動きは止まった。
『「クリ・ハートフィールドさんですか。勉学も運動も優秀で、治癒魔法が得意で、見た目も良くって家事全般が出来る。性格は少し暗いけど、色んな貴族に一目置かれているそうじゃないですか。私も彼女は好ましく思います」』
『「……だからどうした」』
『「いいや、ただの確認作業ですよ。クロさんは、ハートフィールド家で両親と長兄と長姉以外の家族とはそれなりに仲が良いそうですね。……そういえば、最近婚約の話が上がっているそうですね。いやはや、そんな時期に彼女の身になにかあっては大変です」』
『「脅して……いるのか」』
『「おや、そう聞こえましたか? ですが、私がこのままシ――この地から帰ることが出来なければ、彼女の身は私は関与できませんね。……まったく、私が帰れないからといって事故に遭わなきゃ良いんですが』
『「…………」』
仮面の男が言う言葉は間違いなく脅しだ。だが内容は例え聞かれても、世間話のような物で具体的に傷を付けるなどの事は言ってはいない。当然ハッタリの可能性もあるが、仮面の男が何者かも分からない……背景も分からないのに、動く事は出来なかった。
「……クロ君。今は動けないって事で良いのかな」
俺の様子を見て、言葉は分からずともなにかを感じ取ったのかスカーレット殿下が問うてくる。
俺はその問いに肯定も否定の動きもしなかったが、それこそが問いに対する肯定を意味すると悟ったのか、小さく溜息を吐くとスカーレット殿下は仮面の男を見る。
「さて、私は貴方を捕えなければならない。国家反逆罪か魔物操作傷害罪か……罪状は分からないけどね。けれど今のクロ君が心配した方が良いかな。貴方を捕えている余裕はなさそうね」
「おや、私のような犯罪者を、一領主の為に逃がすと仰る。怪しげな言語で私と会話する領主を?」
「ええ。なにやら貴方は逃走の手段も用意していそうだし、それなら信用できるクロ君を心配した方がマシってものだからね」
スカーレット殿下は警戒はしながら、俺の心配をしているように仮面の男にそう告げて逃げるように言いだした。
恐らく俺の状況を見て、この場で捕まえるのは難しいと考えたのかもしれない。……確かに、スカーレット殿下がもし仮面の男強硬的に捕まえようとしたのならば、俺は逃がすために敵対していた可能性もある。そうなれば俺は疑いようのない犯罪者となった可能性が有る。……そう考えると、空気を読み取ってくれたスカーレット殿下に感謝しなくては。
「そうか。ではお言葉に甘えて逃げさせてもらおう。私の愛しの相手に会いたいものだからな。一応の目的は達成したからな」
「そう。それは良かった。出来れば今後は怪我や死する者が出ない目的を作る事を願うよ」
「勿論」
仮面の男は俺達に紳士的に礼をした後、魔法陣のような物を展開させる。
……成程、転移系の魔法か。せいぜい数十メートル程度だろうが、逃げるように元々用意はしてあったようだ。俺が捕まえようとしても、自身に仕込んだこの魔法陣で逃げただろう。文字通り手のひらの上だったわけだ。
「……ああ、それと。これは目的とは別に私が個人的に貴女様に言いたい事なのだが」
「なに?」
「思ってもいない言葉を言いながら、私を逃がそうとしてくれてありがとう、スカーレット・ランドルフ第二王女」
「……どういう意味かな」
魔法が起動する前に、仮面の男はスカーレット殿下にある言葉を残した。
「私は貴女様を近くで何度か見た。勉学も運動も魔法も、とてもつまらなそうな表情で好成績を修める貴女様を。そして他者の恋愛話や世間一般で楽しいと思う話を聞いて、楽しそうにしているふりをする貴女様を。……余計なお世話だとは思いますが」
それは加工越しの声が、先程とは違うと思えるような声色で。
「貴女、誰か好きな相手でも見つけた方が良いと思いますよ。そうしないと、私の知っている子のような、共感もなく、他者からも理解されない存在になってしまいますよ」
何故かその声は、心の底から心配しているような声だと感じてしまった。
……この男が、どういうヤツかが分からない。
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