追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

金に対する、臙脂の想い


 お熱い息子と、ある意味娘である若人達の邪魔をしないようにこっそりと俺達はその場を離れた。飛翔小竜種ワイバーンも去った後なので危険性は無いだろうし流石にあの空気を邪魔する気になれない。

「あのような初々しい姿を見ていると、こっちまで照れますね」
「若々しさに溢れた青春、というやつだな」
「ヴァイオレットさん、アプリコットと一つしか変わらないじゃないですか」
「ふふ、そうであったな」

 グレイはよく分からずただ抱きしめられているようで、アプリコットは母性を感じさせるような抱きしめ方であったが。ともかく、初々しいと思うのは同意である。見ているこっちが微笑ましくなる様な、恥ずかしくなるような事を皆の前でするとは……
 ……ん、なんだろう。周囲の誰かが「お前らが言うな」的な事を呟いたのは気のせいか。視線も同じような感じに見られているのは気のせいだろうか。
 気のせいだと思っておこう。グレイ達の恋愛模様も気にはなるが、それと同じくらい気になる事も有る。

「…………」
「どうした、クロ殿?」
「ああ、いえ。さっきのワイバーンの群れなんですが、なんだったのかと思いまして」
「そうだな。あのような数は異常だ」

 そう、気になるのは先程まで戦っていたワイバーンの群れ。
 ハッキリ言ってあの数は異常だ。それこそ歴史の教科書で学ぶような、モンスターとの大規模戦闘のような襲撃。以前のヴェールさんのように調査する者どころか、大掛かりに騎士団とかが来て調査と不穏な存在の駆逐とかが行われかねない。

――でも、もしかしたら……

 だけど俺は一つだけ知っている。
 ワイバーンの群れが唐突に現れ、なにかに引き寄せられるかのようにとある場所に向かう。通常よりも凶暴であり……力が強いというのは少々違うが、ともかく普段とは違う生息域への竜種の唐突な発生。それはあの……

「ロボさん、大丈夫か。怪我はないか、傷はないか、血が出ている所はないかっ?」
「アノ、ソレ同じ意味かト思いマス」
「いつもと違う話し方だ。やはり何処か異常が……! くっ、だがオレは失われしロスト古代技術テクノロジーの治し方は分からない! むっ、腕に傷が!」
「イエ、自動修復しマスカラ問題は無いノデ、離れテ頂けレバ……」

 と、あのワイバーンについて考えていると、事後処理に追われて走り回っている周囲の中嫌でも目立つ奴らが居た。
 シキの面々も、ロボの事情を知っているため外装が壊れて若干肌が見えるのを見てどう接すれば良いのか分からないのと、ルーシュ殿下がロボを心底心配そうな表情でアタフタとしているので近付けないでいる。

「……どうしましょうか」
「行き過ぎるようであれば止めた方が良いかもしれないな」
「ですね。ところでルーシュ殿下って以前からあんな感じなんですか?」
「昔はヴァーミリオン殿下のようにやんちゃであったから、ある意味昔のように戻った、とい言った方が良いかもしれないな」
「へぇ、そうなんですね」

 ヴァーミリオン殿下はあの乙女ゲームカサスでは幼少期にやんちゃであった描写があったが、父親おうさまの遺伝というものだろうか。
 ともかく今はルーシュ殿下が心配のし過ぎで、ロボのトラウマを刺激しないようにしないと。気の周る方ではあるが、ロボ関連の事になると暴走しがちだし今はロボがピンチであったという状況だ。なにがキッカケになるかも分からない。

「アレ……?」
「どうした、ロボさん」
「ナンダカ、マタ妙な音が聞こエテキマシテ……」

 と俺がルーシュ殿下に話しかけて、会話を終わらせロボから話そうとした時。ロボがなにやらルーシュ殿下とは違う……人気のない方に反応していた。
 俺も言葉につられ、立ち止まってロボが見た方向を見る。
 ……しかし視線の先には誰も。周囲の探索隊の面々も丁度誰も居ないような木々があるだけだ。

「イエ、ナンデモナイヨウデス。気の――」

 恐らく気のせいのようです。とロボは続けようとして、それ以上の言葉が続くことは無かった。

「――あれ?」

 何故なら、言葉を続ける前に今まで傷は付いても壊れることも外れる事も無かった顔の外装が、まるで機能を失ったかのように外れたからだ。
 留め具が外れたただの兜かのように、ガチャンと音を立ててロボ――ブロンドの顔を、外気に晒したのである。

「え、……あれ、視界が、視界……風が……」

 ロボは、ただただなにが起きたのか分からないかのように、目をキョロキョロとさせ、周囲を見渡す。

「あれが、ロボの……」

 なにが起きたか分からないのは周囲……俺やヴァイオレットさん、ルーシュ殿下も同じであり、ヴァイオレットさんは初めて見るロボの素ブロンドの顔を見て、小さく言葉を呟いた。
 金色の癖の無い長く綺麗な髪。碧い右目に翠の左目の非対称色の瞳オッドアイ
 整った顔立ちに、外気や日光に晒される機会が極端に短いせいか白い肌の箇所はとても白く、それでいて健康的なほどに張りがある。
 しかし、顔の半分以上は黒に近い色に染まり、同時に火傷のような痕跡も見られる。蠢くような黒い箇所は、ブロンドが迫害を受ける原因となった要因だ。
 親に疎まれ、兄弟に虐げられて顔を晒す事をなによりも恐怖するようになった、ブロンドの呪痕。身体にもあるが、特にひどく表面化している顔の呪痕を見られるのを、ブロンドは酷く恐怖している。

「い、いや……これって、もしかして――」

 ブロンドは状況を把握すると、呪痕の箇所を手で覆い呼吸困難のような症状に陥いりかける。俺とヴァイオレットさんはそれに気付き、どうにか落ち着くように駆け寄ろうとして――

「やはり綺麗だな」

 駆け寄ろうとして、ルーシュ殿下のその言葉を聞いて走り出そうとする足を止めた。
 落ち着かせる方法は分からずとも、本当は駆け寄って落ち着かせるための手段を講じるべきなのだろうが、その言葉を聞いて何故か足を止めて見守るべきだと感じたのだ。

「今、なんと……?」
「綺麗だと言った。昔オレを救ってくれた時と変わらず、綺麗な……美しき姿であるとな。……ふむ、顔に怪我はないようだな、良かった」

 ルーシュ殿下はブロンドの顔を見て、見惚れるような表情を取った後顔に怪我が無いかを確認し、呪いと火傷の痕以外の裂傷が無いかを確認し、無いと判断すると安堵したような表情にある。

「……嘘デス。ワタシが綺麗なんてそんな事、ないデス。嘘は――」
「オレと出会った時の事を、覚えているか?」

 ルーシュ殿下はブロンドの言葉に対し、怪我をした腕の所に治癒魔法をかけながら言葉を遮って話し始めた。
 今までの王族のような自信に溢れた語調でも、先程までの慌てふためいた声でもなく、落ち着いた声色だ。

「昔、王族としての在り方を強要される事に嫌気がさしていたが、いずれは王族として有り方を示そうと覚悟をしていた時……学園の最終学年の時だ。オレは自分探しを兼ねた冒険に出た」

 ルーシュ殿下といい、ヴァーミリオン殿下といい。王族は有り方を強要されるのが嫌なのだろうか。口調からしていずれは真面目に王族としてあろうとはしていたみたいだが。

「単独で帝国の遺跡に挑戦し、踏破し、帰ろうとする前に川辺で野営をした。……その時にオレは反王国派の差し向けた刺客にやられ、大怪我を負った。その時にオレは貴女と出会った」
「……はい、覚えてイマス。夜、ワタシがまだ失われしロスト古代技術テクノロジーが無かった時、うろついていたら……大怪我を負ったルシクンが居たのデスから」
「そうだ。貴女はオレに対し、懸命に治療を施してくれた。慣れない手つきではあったが、オレは薄れゆく意識の中で、貴女の美しさを見た」

 ……やはりロボと再会した時救われたと言っていたが、俺達に話した内容と多少違いがあるようだ。しかし第一王子がそんな事態になったなど大問題ではなかろうか。

「……それはワタシの」
「見ず知らずのオレの為に治療を施してくれた心の美しさもそうだが、オレは間違いなく貴女に美しさを見たのだよ」

 ルーシュ殿下は治癒魔法をかけ終え、念のために言うかのように包帯を何処からか取り出し、怪我をした腕に巻き始める。その動きと瞳は、過去にやって貰った事のお返しというかのような懐かしさと優しさに溢れたものであった。

「まさに一目惚れだ。意識が戻って起きた後に貴女は居なかったが、貴女を思い出す度に心の中から溢れる感情を止められなかった。こんな経験は他にはあの時も今も無い」
「ひとめ……ぼれ」
「ああ、今際の際に見たから溢れたのではない。貴女と出会った時にこの感情は間違いでないと自覚した。今もその想いは変わらない」

 包帯を結び、安心させるかのように包帯の部分を撫でる。

「そしてこれからも変わりはしない。間違いなく貴女の美しさにオレは惚れたんだ。……だから、そんな表情をしないでくれ」

 その言葉には、例えフラれようとも顔を曇らせるという事が耐えられない、というような意味が含まれているように思えた。
 俺も昔ヴァイオレットさんの弱った表情を見た時にそう思えた様に、ルーシュ殿下も好きな相手が泣く姿を見たくないのだろう。

「本当……デスカ?」
「なにがだ?」
「ワタシの顔は、醜くて隠すべきで、誰の目にも触れられないような所で、処分するべきだと、ルシクンは言わないのデスカ?」

 処分。恐らく、ブロンドが過去に言われただろう言葉。
 生き物に対する対応ではなく、物として扱うような言葉を言われたのだろう。泣き崩れる前のような震えるような声でブロンドは尋ねる。

「言う訳ないだろう、何故そんな事を聞くんだ? オレは出会った時から、貴女の事を好きだったんだ。共に居たいと思う事は有っても、離れたいと願ったことは無い」

 だけどルーシュ殿下は何故そんな事を言うのかすら分からないと言った表情で、ブロンドに答えた。
 特別な事では無いかと言うように、当たり前の事を当たり前に言うかのように、ルーシュ殿下はブロンドに告げた。

「……ありがとう、ございます」
「ん? なにが――って、ロボさん、何故泣く!? オ、オレはなにか失言を!?」
「ワタシの素顔を見て、そんな事を言って貰えたのは、初めてデス」

 だけどブロンドにとっては当たり前に言うその言葉こそが、求めていた言葉モノであるかのように涙を見せた。
 ただしそれは、悲しみから来る涙ではなく以前ヴァイオレットさんに指輪を渡した時にも見た……嬉しさから来るだろう涙であり。

「こんなに嬉しいのは、生まれて初めてかもしれません。これからもこの気持ちは、変わらないでしょう。だから言わせてクダサイ。――ワタシも、貴方に会えてよかった」

 涙を流しながら笑顔を見せるのに、充分な言葉であったのだろう。
 俺がブロンドとしての顔を見た時は、あのように笑顔を見せることは無かった。ただ軽蔑されなかった事に対する安堵があっただけで、あんな……心の底から嬉しそうに笑う事は無かった。
 俺はその笑顔を見て嬉しく思う。
 助けられも迷惑をかけられる事も有るが、友である彼女があのように笑う事が出来て。

「……良かったな」
「……ええ、良かったです」

 俺達は彼らを見て、彼らに聞こえないように小さく会話をする。
 ブロンドが素顔を見せる事に恐怖をしていたのは知っていたヴァイオレットさんも、友である彼女があのように笑顔を見せたのが嬉しいのだろう。その表情と声は安堵したように落ち着いたモノであった。
 俺達には出来ない、ブロンドに恋愛感情を抱くルーシュ殿下だからこそ出来た事に、俺達は胸を撫で下ろしたのであった。
 しかし、グレイとアプリコットや、今のルーシュ殿下達といい、恋愛の季節なのかな。……俺もヴァイオレットさんとイチャつきたいな。アプリコットのようにヴァイオレットさんを抱きしめようか。……やるにしても今この場では止めておこう

「だとしてもルシクンの妃になって欲しいという告白デスが、返事は少し……二年は待って頂けマスカ?」
「いくらでも待つ。なにせ五年も当てもなく貴女を探し続けたのだからな。二年程度は構わない……が、何故二年なんだ?」
「二年経てば、ワタシも婚姻できる年齢になりますから」
「そうか。なら待って――ん?」
「え?」
「はい?」

 ブロンドの言葉に、ルーシュ殿下だけではなく俺とヴァイオレットさんもつい疑問の声をあげてしまう。
 婚姻できる年齢? ……この国では男女問わず、成人すれば婚姻を結ぶことが出来る法律がある。
 法律と今の発言を考えると、つまり……

「ワタシ、まだ十三歳デスから。婚姻するにしても、成人まで待って頂かないと……」
『…………えっ!!?』

 俺達は少し間を置いて、ブロンドの言葉の意味を理解して同時に声をあげる。
 今明かされる、衝撃の事実。





備考:ブロンド
現在十三歳。ルーシュ会った当時八歳。
だけど当時身長は150cm中盤であったため、ルーシュが幼女趣味だった訳では無い。

「追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活 」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く