追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

灰に対する、杏の思い出


「天に絶し、地は烈し、砂は紅く、水は紅く」

 飛翔小竜種ワイバーンの群れの時間稼ぎをしていると、ふとアプリコットのそんな声が聞こえて来た。
 実際は距離も離れているし、戦闘音で聞こえるはずもない。だが、不思議なほどにアプリコットの詠唱は聞こえて来た。

「金は光りて、風は吼えて、寒きは氷る、化ける血よ」

 アプリコットは魔法に関してはとても優秀だ。
 以前のシキでのシャトルーズ戦や学園祭での闘技場では、魔法を持って熟練の相手をして好成績を収めるし、オリジナルの魔法を考えて自身の武器として成り立たせる程度にはアプリコット自身は魔法に関してエキスパートだ。
 しかし、アプリコットの一番の得意な魔法は、魔法陣や詠唱を用いた、高威力の魔法である。つまりは――今この時のような魔法の展開は、アプリコットの真骨頂ともいえる。

「烈する焔は――魂を落とす」

 合図の為の火魔法が上空に放たれる。
 俺達はその合図を見て、目くらまし兼怯ませるためにそれぞれが大きな技、魔法を放ち戦闘から離脱する。
 そしてアプリコットの所へと駆け付け、全員が魔法の範囲外に出る。
 俺達様子を確認し、発動可能と見た瞬間。アプリコットは杖をワイバーンへと向け。

「【   アシャ】」

 文字通りワイバーンを一掃する、魔法を発動した。
 巨大な炎と闇の、それこそ空想の中にしか登場しないような強大な威力を誇る魔法。複数の魔法使いが時間をかけて展開させるような魔法を、アプリコットは単独で発動させた。
 スカーレット殿下やルーシュ殿下。そしてまだこの威力の魔法を唱える所を見た事が無かったヴァイオレットさんもその威力に目を見開き、驚愕していた。
 発動する前は魔法後の迎撃に構えていたのだが、あまりもの威力で一瞬構えるのを忘れてその魔法に見入ってしまっていた。

「ふはははははは! 塵となって消えるが良いわ!」

 そしてアプリコットは久々の大型魔法をぶっ放せた影響か、なんだか悪役みたいな高笑いをしながら、大きな声で叫び決めポーズを決めていた。
 ……本当、実力のある中二病患者だな、この子。この世界に中二病っていう言葉はないけど。







 アプリコットの魔法が炸裂し、運よく残ったワイバーンも恐れをなしたのか、殆どが退散した。
 遅れて来たシキの急増の調査隊の面々に、哨戒を頼んで俺達は少し休んでいた。

「うー……頭が痛い。少し調子に乗りすぎて魔法陣を展開させ過ぎた……」

 一通り指示を出して、再びグレイ達の所に戻ると頭に手を当てて少し辛そうにしているアプリコットが居た。
 魔法陣の展開も、大掛かりな魔法も精神を持っていかれる感覚がある。なんというか頭脳労働をして脳が疲れている感覚に近い。先程の魔法で大分精神的に来ているのだろう。

「大丈夫でしょうか、アプリコット様。なにか必要なものがあればお申し付けください」

 グレイは辛そうなアプリコットを、先程まで心配し過ぎて慌てふためいていたヴァイオレットさんに手を握られながら心配そうにしている。ちなみに俺も指示を出す先程まではグレイを心配して慌てふためき、エメラルドに頭を叩かれはしたが。

「いや、気にするな弟子よ。それに状態で言えば弟子の方が心配だ。……まぁヴァイオレットさんがあれだけ心配して大丈夫だと保証されたのだから、大丈夫なのだろうが」
「うっ……アレは私も周囲が見えなくて……いや、大切な息子の心配をする事は悪くは無いな!」
「何故貴女は開き直っているのだ」

 しかし、ヴァイオレットさんも大分グレイに対して過保護な部分があるな。学園に行かせる事になった時に大丈夫なのかと心配になるレベルだ。とは言え、俺も今回の件に関してはとやかく言える立場では無いが。

「そういえば弟子よ。何故このような場所に来ていたのだ? エメラルドの採取の手伝いに来ていたのならば、クロさんに一言告げれば良かっただろうに」
「いえ、私めも言おうとしたのですが、クロ様達は朝から夫婦の秘め事をなさっていたので、邪魔をしては悪いと思い出かけるとだけ伝えました」
「……そうか。クロさん。ヴァイオレットさん。夫婦仲が良い事は良いのだが、あまりそう言った方面を息子に見せつけるものではないぞ」
「待て、なんの話だ。そして生暖かい目で見るな」

 夫婦の秘め事ってなんだ。生憎とそんな事をした覚えはないぞ。……自分で考えておいてなんだが、情けないな。
 ともかく、夫婦の秘め事とはなんだと聞くと、朝の俺達の会話の事らしい。それをカーキーという名の色情魔が、そういった事は夫婦の秘め事だと名付けたとの事。よし、後でアイツは殴る。

「それと、エメラルド様のお手伝いと一緒に、探していたモノがありまして」
「探していたモノ?」

 グレイは質問に対しなにかを思い出したのか、ヴァイオレットさんの手を放して自分の懐でなにかを探す。
 そしてなにかを見つけて掴み、笑顔になって懐に手を入れたままアプリコットへと近付く。

「こちらです。アプリコット様がお好きな山茶水仙花サザンスイセンカを探していました」
「我に渡したくて?」
「はい。ここ最近のアプリコット様がいつもと違うご様子であったので、少しでも喜んでもらえれば、以前のようになるかと……」

 そういえばグレイは最近アプリコットに避けられていると言って落ち込んでいたな。
 だからなにか嫌われた事をしたのではないかと思い、好きなモノを探して渡す事で喜んで貰いたかったのか。我が息子ながら可愛らしい。
 そしてグレイは懐から、見つけたであろうモノを……

「あ……」

 グレイが懐から出した花……恐らくアプリコットが好きな花である、山茶水仙花であろうモノは、辛うじて白い花であるという事が分かる程度までボロボロになった状態であった。
 ……先程の戦闘での、風圧か炎球の熱の影響だろうか。

「いえ、これは、その、サザン――いえ、なんでも、ありません」

 花の状態を見たグレイは、状況を理解が出来ずにしどろもどろになって恐らく自分でもどう言えば良いのか分からない状態で言葉を発し、最終的には俯いて黙ってしまう。
 アプリコットに合わせる顔が無いように、視線を上手く合わせられずにいる。

「そうか、我の為にこの花を探してくれていたのか」

 しかしアプリコットはグレイとは対照的に落ち着いた様子で、グレイにさらに近寄る。
 その声は、最近までのグレイを避けていて慌てふためいた声でも、高らかに笑っている時のような自信に溢れた声でもなく、今までには無いとても優しい声色であった。

「それを我に渡してもらっても良いだろうか?」
「いえ、これは違うのです。私めは、アプリコット様に……このようなものをお渡しする訳には……」
「弟子よ。……渡してくれるか」
「…………はい」

 視線の高さを合わせた言葉に、グレイはどうすれば良いか葛藤した後、恐らくなにを言ってもアプリコットはずっと待っていると分かったのか、観念して山茶水仙花を渡した。

「元は綺麗な花だったのですが……既にこのような…………アプリコット様にも綺麗な時を見て貰いたかったです……」
「いいや、今もとても綺麗だ。なにせ弟子が我の為に見つけてくれた花であるからな」
「そのような事は……」
「あるのだ。我は今まで見た山茶水仙花この花の中で、我は今貰った花が一番好きだ」

 山茶水仙花を受け取ったアプリコットは、グレイの頭を撫でながら優しく嬉しそうな微笑みを浮かべ、

「師匠想いの弟子を持てて我は幸せだ。この花の事をもっと好きになってしまったよ。こうして、思い出が増えたからな。――ありがとう」

 感謝の言葉を言いながら、愛おしそうにグレイを抱きしめた。

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