追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

格好良さインスタント(:灰)


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「アプリコット……様」
「無事とは言い難いようであるが、待たせたな弟子よ。後は我々に任せるが良い」

 私の呼びかけに振り返らずに言うアプリコット様は、安心させるように微笑んでいるようにも見えると同時、静かに怒りながら飛翔小竜種ワイバーンを睨み、私の前に立っていた。
 その背中は私と背丈がそう変わらないにも関わらず、とても大きく見えた。

「ルシ、クン」
「……怪我をしてしまったようだな。安心しろ、オレが来たからにはもう傷付けさせはしない」

 隣に並び立つ男性……ルーシュ様は、十字架のような大きな双剣を構えながらロボ様を見る事なく、私達を守るかのように立っていた。その背中は以前感じた、獅子のような雰囲気オーラを身に纏っているかのようで安心感がある。

「妹の治療を頼む。もう少しすれば医者も来るだろう」
「先行した我達に少し遅れて、ヴァイオレットさん達が来る。下手に逃げるよりは、そこで待っていると良い」
「ああ、そうだな。オレの雄姿を――冒険者としての在り方を、その目で焼き付けると良い」
「いいや、我の英雄譚を垣間見るのだ」

 アプリコット様達は、ワイバーンの群れに対して一切怯む事なく、むしろ余裕すら感じさせる物言いで私達の前に立っている。
 もし知らぬ者がこの状況を見れば、二名増えた程度でどうにかなると思えない状況だろう。

『GRRRR...ARRRRRRRGRAAAAAAAAA!!』

 だけど私は知っている。今、目の前に立つ御方はこの場においての救世主に足りうることを。
 唐突な介入に困惑と様子見をしていたワイバーンが、獲物を採ろうとした所を邪魔されて怒り狂い、咆哮する。
 声だけで地響きを起こすのではないかと錯覚する震え。そしてそのまま上空に舞い上がり、息を大きくすうような動作をした後、巨大な炎球を私達に向かって撃ち吐き出す。

「【飛翔星アルタイル】」
「【創法の射はなつ】」
『GRRRRRAA!?』

 しかし、その様子を見たアプリコット様は闇魔法による射撃を。ルーシュ様は双剣に光を乗せて斬撃のように放ち、その炎球をあっさりと打ち消し――さらには、上空のワイバーンにも、攻撃を食らわせる。
 ……流石はアプリコット様にルーシュ様。いとも簡単に高度な事をやってのけなさる。

「やるようだな。王族とはどこぞの我の育ての父を貶めるだけの腑抜けだけではないようだ」
「それに関してはオレもとやかくは言えないが、そちらも中々だな。まさかオレの攻撃に追随する形で魔法を放てるとは」
「……なに? 馬鹿を言うな。どう見ても我の魔法がそちらの攻撃よりも早く、威力が高く放たれただろう」
「……馬鹿を言うな。オレの光魔法【飛翔星アルタイル】が一歩先であっただろう」

 ……あれ? 雲行きが怪しいのは気のせいだろうか?

「はっ、馬鹿を言うな。我の――」
『GRAAA――』
「やかましい! 【流星闇矢タナトス】!! ――どうみても我の闇魔法が先に届き、炎を打ち消し、ダメージを与えていただろう!」
「そちらこそ視界を捏造してはいけないな。オレの――」
『GRRR――』
「黙れ! 【蠍王家の星アンタレス】!! ――オレの王族秘伝の魔法が打ち消して、深い傷を負わせていただろう?」
「王族秘伝とはなんとも羨ま――いや、実態の分からない魔法を唱える事で結果を曖昧にする気だろう!」
「……そうか。そう思うのならばそれで良いだろう」
「あ、凄くムカつく言い回しだなルシさん! だが逃げるのならば良いだろう、我の勝利だな!」
「逃げる、だと?」
「そう、大人なふりをして、戦う事から逃げているようにしか――」
『GR――』
「静かにしろ! 【炎と闇のロムルス槍撃レウス】!!」
「重要な話し合い中だ! 【魚王家の星フォーマルハウト】!!」

 よく分からない言い争いをしながら、アプリコット様は火と闇の上級魔法レベルを繰り出し、ワイバーンを追い払いダメージを負わせる。同じように言い争いをしながら、ルーシュ様は光魔法のような力を双剣に宿し、ワイバーンに明確にダメージを与える。
 何気なく使ってはいるが、全てがワイバーンの攻撃を相殺どころか遠くに居るワイバーンにまでダメージを与えている。さらには私達に被害が及ばないようにすらしている。流石はアプリコット様達である!
 しかし、ルーシュ様がこのように言い争うとは少し意外だ。
 以前から見ている限り、大きな器であまり言い争う姿は想像できなかったのだが。

「……あいつら、余所でやれと言いたいが……愛しい相手の前で格好つけたいのだろうな」

 エメラルド様がスカーレット様の治療をしながら少し呆れたかのように呟いた。
 愛しい相手? ルーシュ様の場合はロボ様で、アプリコット様の場合は……誰になるのだろうか。弟子とは呼んで下さるが、愛弟子とは呼んで貰えないし……最近は避けられている気もする。
 となると愛しき相手――はっ! 確か以前喧嘩するほど仲が良い。ツンツンしていて喧嘩はするけど、本当はデレデレと甘えたいものだとメアリー様が言っていた。つまりアプリコット様の愛しき相手はルーシュ様!? だから最近のアプリコット様は心境の変化があって、私に対していつもと違う感じが――あれ、なんだろう、胸がとても痛い。怪我をしたのだろうか?

「おいコラテメエら! こちとらグレイ達を探しながらワイバーンの群れと戦っていたというのに、そっちはなに喧嘩しやがってんだ!」

 そして、クロ様が十メートル離れた場所にワイバーンを投げつけ、他のワイバーンを引き付け、文句を言いながら駆け付けてくれた。
 服などが大分ボロボロである。私達の為に、ここまで必死に戦ってきたのが伺える。……迷惑を掛けて申し訳ないが、必死に駆け付けてくれた事が少し嬉しかった。

「……今、クロ領主はワイバーンを投げたのか?」
「……そうであるな。クロさんなら木を蹴って跳躍し尻尾を掴んで腕力だけで撃ち落した後、あのように投げる事が可能であるからな」
「……そうなのか。恐るべき力だな。だが確かに喧嘩もしてられまい」
「ルシよ。済まないが、我は詠唱と魔法陣を大きく展開させて一気に片付ける。だから……」
「オレとクロ領主で時間を稼げば良いのだな?」
「そうなる。頼めるか」
「ふ、オレを時間稼ぎに使うとは良い度胸だ。しかし承った。だが……」
「だが?」
「時間稼ぎとはいえ、全てを倒してしまっても文句は言うなよ?」
「クロさんが言っていたが、それ死ぬ前のヤツが言う言葉らしいぞ」
「え」

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