追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

背中(:灰)


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「スカーレット様!」

 スカーレット様は私達が逃げずに参戦してきた事に対し、一瞬苦々しい表情になったがすぐに言い争っている場合でないと判断したのか戦闘に戻り私達と逆の方向を向きながら、

「そちら側をお願い!」

 とだけ言って魔法で対応を続けていた。背中は任せると言いたいのだろう。
 私とエメラルド様はそれに応じた方を向き、対応を始める。

――私めは、ハッキリ言って戦闘経験は浅い。

 アプリコット様と共に冒険者登録はしているため、したことは無いという訳では無いのだが、自らが進んですることは少なく、大抵がクロ様かアプリコット様と共に討伐することが多い。そもそも単独での討伐は、昔やったらクロ様にとても怒られたのであまりやらないでいる。
 ともかく、私は止めをさす、というのがとても苦手だ。出来ない訳では無いのだが。どうしても昔の……前領主の私と一緒に飼われていた奴隷仲間を思い出す。貧民街スラムに居た頃はそうでもなかったのだが、今では苦手である。

『戦うために。強くなるために重要なのは、経験だ。後は――手加減をしない事だ、グレイ。だけどそれは褒められる事ではない。手加減をする、というのは痛みが分かるという事なんだから。……グレイは優しいのだから、無理はするなよ』

 かつてクロ様は私の頭を撫でながら優しく微笑み、そう言ってくれた。
 その手加減やさしさは私の長所だと言ってはくれた。
 けれど今は、生き残るためにも手加減を捨てなくては。そうしなければ……以前誘拐された時や、冬の貧民街スラムの時のように、死を身近に感じるこの場を切り抜ける事なんて、出来ない。
 再びクロ様と会い。ヴァイオレット様と話し。アプリコット様の笑顔を見たい。

「――行きます」

 だからこそ、私は本気を出さなくてはいけない。







 私は炎の魔法を唱えた。怯ませる事には成功したが、傷は負わせられなかった。
 エメラルド様が毒の粉が入った袋を上空に投げた。
 私は風魔法でそれを風下に居るワイバーンへと運んでぶつけた。
 スカーレット様が雷撃を放った。一匹が怯んだが、他のワイバーンが襲い掛かって来た。
 一匹のワイバーンがまるで捨て駒かのように、直角に突撃をして来た。
 停止する事無く地面に激突し、地響きが起こった。
 怯んだ隙を見逃さず、ワイバーンが取り囲んで炎球を吐いた。
 私とスカーレット様が防護魔法を唱え、どうにか防ぎ切った。
 だが攻撃の手を緩めた事によって、次々とワイバーンが炎球を吐く。
 火球にあたっても良いかのように、突撃もする。
 翼で風を起こして体勢を崩してくる。
 炎球を吐く。突撃する。突風を巻き起こす。
 炎球、突撃、突風、衝突、炎球、突風、雪塵、炎球、衝突、激突、炎球、地響、風刃、衝突、炎球、突風、雪塵、炎球、衝突――

「痛、ぅ……!」
「グレイ君! く、よくも……!」

 捌ききれなくなり、私は腕に怪我をする。
 駄目だ、集中力を切らすな。痛みなんて後で存分に痛がればいい。今は考えずに、逃げるタイミングを見測れば良い。そう、時間を稼げば良いんだ。

「ロボ!!」

 そして、エメラルド様がなにかに気付いて大きな声でロボ様に合図を送る。
 その声を聴いて私は防護魔法を多重展開させ、スカーレット様も合図と私の行動の意図を汲み取ったのか、同じように私達を覆うように防護魔法を展開させる。

クラスター粉砕キャノン衝撃砲ファイア発射!!」

 そして展開させた刹那、独り隠れてチャージをしていたロボ様の攻撃ビームが、私達を取り囲んでいたワイバーンの群れへと直撃する。

「各自、視界を防ぐ幕を張れ!」

 そして直撃を見ると、エメラルド様が間髪入れずに私達に指示をする。
 今は倒す必要はない。私達の目的は、あくまでもこの窮地を切り抜ける事だ。そのためにロボ様の一撃で怯ませたタイミングで相手の視界を防いで皆で逃げる事が私達の目的。

「【土人形】――分解」
「【風中級魔法サイクロン】!」

 スカーレット様も私達の目的を理解して、私が作った土人形を分解させて出来た砂を風魔法を使ってワイバーンも使っていた砂塵――砂嵐を私とワイバーンの間に発生させて、私達はロボ様の攻撃ビームが放たれた場所へと向かう。

「よし、逃げるぞ」
「はい!」
「了解でス!」
「分かったよ!」

 ロボ様の派手な攻撃は想定よりも早く放たれはしたが、ワイバーンを怯ませることには成功した。
 隠れていたロボ様とも合流した。今のタイミングならば逃げられ――

「GRRRR!」

 ――ると思ったのだけれど、一匹のワイバーンだけがロボ様の攻撃ビームも逃れ、砂嵐を意に介さずに適当に放っただろう風の刃が、私達に襲いかかって来ていた。
 逃げる事に集中しようと切り替えた瞬間であったため、反応が遅れてしまい、

「危ないっ!」

 スカーレット様が、庇う形でその風刃を受けた。

「スカーレット様!?」
「スカーレットクン!」
「くっ、舐め、るな――!」

 私達は叫ぶ。
 スカーレット様は背中に受けた風刃の痛みに顔を歪ませ、そのまま風刃を放ったワイバーンに向かって先程仕留めた火と雷混合魔法をワイバーンに向かって放った。

「――い、っぅ……! ああ、もう、折角治ったっていうのに。嫁入り前の王族の身体は労わりなさいよ……!」
「スカーレット様、今すぐ逃げて治療を……!」

 スカーレット様は恐らくいつも通りの言葉をいう事で、痛みから意識を逸らしている。
 ならば私達は庇ってくれたスカーレット様の為にも、逃げて治療をしなくてはならない。

「は、はは。ありがとう、グレイ君。でもちょっと逃げるのは無理かな」
「なっ……!?」

 けれど、私が望む事は出来なかった。
 砂嵐を抜けたのか、別の所から現れたのか。どちらにせよ、逃げるのが遅れた私達の前には、数体のワイバーンが現れたのだ。まるで、獲物を逃がさないかと言うように、こちらを見ながら上空を漂っている。
 先程の時間稼ぎなどで、私達は魔力が万全ではない。
 スカーレット様は背中に傷を負った。
 元々戦闘に慣れていないエメラルド様は武器である毒は使い切った。
 ロボ様は次の攻撃まで時間がかかる。

「……行きなさい、貴方達。私はこの背中の傷のまま、逃げるのは無理。だから、貴方達だけでも逃げなさい。そのくらいの時間は稼いであげる」
「いいえ、出来ません! 動けぬのならば私め達もここで戦います!」
「行きなさいって言っているでしょう!」
「出来ないと言っているのです!」

 スカーレット様の言いたい事も、託したいことも分かる。
 私がスカーレット様の立場であれば、同じ事を言ったかもしれない。だけど置いて行けば間違いなくスカーレット様は無事では済まない。ここに私達が居ても無事でいれるとは思えない。ならば子供の我が儘を言わずに、多くを生き延びる道を選択した方が良いかもしれない。
 けれど、ここで我が儘を言わずに引き下がるのは、あまりにも情けなかった。
 逃げて生き延びたとして、クロ様やヴァイオレット様。……アプリコット様に生き残った選択をしたんだと慰められても、顔を向けられない気がした。

「お前ら、前を――」

 けれど、結局それは私の只の我が儘で。
 任せて逃げていれば、エメラルド様やロボ様を危険な目に遭わせずに済んだかもしれない。
 襲い掛かって来るワイバーンに対して私は、防護魔法を――










「――二刀破断」
「――【火最上エクスプ級魔法ロージョン】」

 だが、私達を襲おうとしていたワイバーンが両刀で切り裂かれ。
 迫ろうとしていた複数のワイバーンを炎が飲み込んだ。

「――え」

 唐突な出来事に、私は理解が及ばない。

「弟子を探し、ロボさんの救難信号を見て駆け付けて見れば、随分と危機的な状況のようだ」
「ああ。愛しのロボさんと、大切な妹。愛すべき民がこのような状況とはな」

 しかし、聞こえて来た声と魔法。そして私達を守るようにして目の前に現れた、杖を持つ魔女の服を着る女性の姿と、大柄で双剣を携える男性の背中を見てなにが起きたか、誰が来たかを理解する。

「王族は甘やかされて育ち戦えないという事は無いだろうな」
「無用の心配だ。そちらこそ、か弱き少女の身だから戦うことは出来ないなどと言うつもりは無かろうな」
「それこそ意味の無い気遣いだ。生憎と我は未熟さを理由に今この場で黙って居る程、冷静ではない」
「落ち着けと言いたいが、気が合うようだ。オレ達の目的は一致しているようだな」
「そのようだ」

 それは私が尊敬する女性の後姿で。とても大切な。

「よくも我の大切なグレイを傷付けてくれたな。――容赦はしない」
「よくもオレの愛しき女性を傷付けたな。――慈悲は持たない」

 とても大切な師匠。アプリコット様が、私達を救いに現れてくれた。

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