追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

優しき優柔不断(:灰)


View.グレイ


「【水創生魔法メイクウォータ】【氷上級魔法ブリザード】」

 最初に動いたのはスカーレット様であった。
 飛翔小竜種ワイバーンを目視した瞬間、詠唱を伴わない魔法を発動させる。攻撃目的ではなく、あくまでも怯ませる目的で発動された水魔法に対し、ワイバーンは僅かに怯む。
 その怯んだ一瞬をつき氷魔法で動きを鈍らせた後に、スカーレット様は恐らく肉体強化を使った身体でワイバーンへと距離を詰め――

「【雷中級魔法ライトニング】――強化かぜ――殺」

 翼に向かって雷魔法を発動。
 翼の動きが痙攣して晒された喉に、強化されて風魔法の刃を纏った右腕で刺し穿ち、そのまま横にスライドさせて喉元を切り裂いた。ワイバーンは悲鳴を上げ逃げようと羽ばたこうとするが、スカーレット様は間髪入れずに眼、舌など比較的柔らかい箇所を切り刻み。

「【火光上バーン級魔法レイザー】……燃えろ」

 距離をとって、炎の光線をワイバーンに浴びせた。
 周囲を燃やすのではなく、熱光線のような魔法であり、傷のついた部分に向かって放たれたその攻撃は、ワイバーンを絶命させるのに十分な威力であった。

「ったく、遠くからの奇襲と攻撃・飛翔がお前らの武器なのに、近付いたらやられる決まっているだろうが」

 ……凄い。
 私達は殆ど動けなかったのに、スカーレット様は一瞬にして対応してワイバーンを屠ってしまった。これが場慣れしている、というやつなのだろうか。口調がいつもと違って少し怖いが、これが冒険者としての姿が今のスカーレット様なのかもしれない。

「グレイ君、エメラルド、ロボ。まずは洞窟から出よう。他のワイバーンに探知されているから、このままじゃ数で押されるよ」
「は、はいっ」
「分かリマシタ」
「…………」

 しかしいつもの口調のスカーレット様に戻り、入り口を警戒しながら私達に告げる。
 私はすぐさま立ち上がり、まずはロボ様の方へと駆け寄る。

「ロボ様、掴まってください」
「大丈夫でス。立てマスカラ。……アリガトウゴザイマス」

 私の差し出した腕は取らずに、ロボ様は自力で立ち上がった。これは元気になった証とみるべきか、まだ弱っているからこそ取らなかったのか。……今は前者だと信じて、とりあえずこの場を切り抜けよう。

「スカーレット様、お待たせしました。状況は――」

 私達は洞窟を出て、先に出ていたスカーレット様へと声をかけようとして――その光景を見た。
 ワイバーンは、番いを見つける時や子供が飛び立つまでは基本的にワイバーン同士では群れる習性は無いモンスターだ。群れるのは基本ワイバーンより下級のリザードなどのモンスターになる。
 だけど私達の前に居るのは、

「なんで、こんなに……!?」

 先程視認できた数よりも圧倒的に多い、ワイバーンの群れ。
 遠くに目視できるだけでも、二十は居るのではないだろうか。こんな数など、王国の軍が中隊規模の編成を組まないと対応すら出来ないのではないだろうか。
 先程はスカーレット様が地の利と不意打ちを食らわせたお陰で倒すことは出来た。だが敵は上空、利はあちらにある。エメラルド様は戦闘には不向きで、ロボ様は万全ではない。
 このような状況は――

「グレイ君、エメラルド。まずはこの状況を打破するよ」

 しかしスカーレット様は、ワイバーンの群れに対しても一切怯む事なく私達に言葉を告げる。……そうだ、不安がっている場合じゃない。まずは前を向かなくては。

「指示をお願いできますか」
「私が攻撃を引き付けるから、貴方達は逃げながら救助を呼んできて」
「なっ――なりません! それでは、」
「囮ではあるけれど、そうも言ってられない。私達の中で一番戦闘能力のあるのは私。まずは攻撃を引き付けないと、纏めてやられる」
「そう、ですが……!」
「大丈夫、貴方達が誰か呼んできてくれたら、私だって助かるんだから。ロイヤルな私を信じなさい。――じゃ、後はよろしく! 距離が離れたのを確認したら、私も逃げるからね!」
「スカーレット様!? ――くっ……!」

 スカーレット様は私の静止を聞かずに、そのまま単独で駆けていった。
 だが確かにこの数を相手に戦う、生き延びるためにはまずは相手を分散させるかエメラルド様やロボ様を避難させなくてはならない。避難ついでに救援を呼ぶのも良いだろう。
 それにスカーレット様の実力は本物だ。下手に私達が範囲内に居るよりは、遠くに居た方が良いかもしれない。冒険者としても実力の高いスカーレット様は、切り抜けると言う実戦経験に関しては私達よりはるかに上なのだから。

――けれど、それではスカーレット様が危険すぎます。

 逃げるのだって立派な生き残るための大切な戦略だ。
 理屈では分かっても、私の中ではスカーレット様を放って逃げるなんてすぐには選べない。
 足を引っ張るかもしれなく、私のような子供が居ても迷惑どころか危険だろう。だけど、逃げて良いモノなのか。一緒に逃げた方が良いのではないか。あるいは皆で協力してこの場で戦いを継続して続けた方が良いのではないか。
 ……そんな、どれも決められない優柔不断さが、私の足を止める。

「グレイ、あのバカを止めるぞ!」

 しかし、エメラルド様は私と違って迷わずにスカーレット様を止める事を選んだ。

「ですが、私め達では足手まといになるのでは――」
「なろうがなるまいがどうでも良い!」

 エメラルド様は残った毒草を砕き、粉末状にしたものを袋の中に入れながら私に告げる。
 ……こんな状況でも、エメラルド様は助ける事に迷いがない。流石は普段から万能薬を作り上げたいと願うお方だ。救いたい、という願いは人一倍強いのだろう。
 そのお姿はクロ様やスノーホワイト神父様のようで、憧れが――

「アイツなら独りで切り抜ける事も出来るかもしれん! だが、あの女の勘定にはあの女の命は入っていない!」

 だけど、エメラルド様が止めようとした理由は、私が想像していたものと違っていた。

「あいつは王族の立場も、冒険者としても、恋愛も、それが好ましいと思われやすいからそうしているだけで、失った所で興味を持つような女じゃない!」
「それはどういう……?」
「理由は――ええい、後で話す! 良いから行くぞ、グレイ! あと、ロボ! お前逃げるくらいは出来るか!」
「少しチャージノ時間を頂けレバ、攻撃も逃げゲルノモ可能でス」
「そうか、だったらお前はチャージでもしてろ。合図でぶっ放せ。そのタイミングで逃げる」

 エメラルド様は粉末を入れた袋の口を閉めると、右腕に巻かれた包帯をきつく締めてスカーレット様の方へと視線を向ける。

「ああもう、早く帰って毒を喰いたいのに、何故こうなっているんだ!」








「……機械を身に纏ったアレは、もう一押し。スカーレット殿下は……怪我程度で良いんだが、あれじゃもつだろうか。……まぁ良いか。全てはヴァーミリオン殿下とメアリー様の婚姻シナリオの為に。それが、一番の幸福だからね」

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