追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

似ているような(:灰)


View.グレイ


「ぜ、ぇ……はぁ……げほっ、ゲホっ!」

 私達は全速力で逃げ、小さな洞窟内に隠れていた。
 追われるという緊張感から一時的に逃れられ、ようやく走る事なく息が出来る状況になったが、全速力で逃げた疲労が一気に襲い掛かり満足に息も出来ず、整えるのにも数十秒かかった。
 ただ逃げるのならば問題はなかっただろうが、状況が状況だ。

「ひぃー……シキって変わっているとは思っていたけど、こんな風に飛翔小竜種ワイバーンの群れが襲い掛かって来るような場所なの? ロイヤルビックリだよ」
「ぜー、はー……なんだその驚きは。あってたまるか、私が来てからは初めてだよ、ぜー……」

 ワイバーンの群れから命からがら逃げて来たからだ。
 一体でも複数名の本職プロが編成を汲んで討伐するようなモンスターが視認できただけでも五体居た。とてもでは無いが、準備もない今の私達では戦うわけにはいかずこうして逃げおおせるだけで精一杯であった。更には――

「おい、ロボ。大丈夫か」
「ダ、大丈夫、でス。緊急信号も、出しマシタカラ、救助にハ誰かガ……」
「今後の対応についてじゃない、お前が大丈夫か聞いているんだ。生憎とお前のその外装の身体は治し方は知らんからな。治療は必要か、戦えるのかを言え」
「……治療は必要有りマセン。デスガ、戦う事は無理でショウ」
「そうか。……じゃあすまないが置かせてもらうぞ。座って楽にさせて貰う」
「……ハイ」

 更には、ロボ様の負傷もあった。
 通常のロボ様であればワイバーンの群れにも対応できただろう。しかし、現れた二体目のワイバーンは圧倒的な力を誇るロボ様の外装を壊し、半分以上を機能停止まで追い込んだ。
 そのロボ様を私とエメラルド様で担ぎながら逃げたのだ。普通に逃げるよりも遥かに労力が必要であった。
 ロボ様が残った機能を無理に使って迎撃し、私も魔法を唱え目くらましと逃げに集中し、エメラルド様も毒を使ってどうにか一時的にワイバーンの視界から逃げることが出来てこうしている。
 私達だけであれば逃げ切る事は出来なかっただろう。だが、スカーレット様の指示と魔法、さらには身体能力のお陰で私達は逃げることが出来た。

「おい、レット。上着を脱げ」
「え、なにエメラルド。そういう趣味? それとも窮地を助ける私に惚れちゃった系?」
「冗談を言っている場合か、私達を逃がすために途中で背中に傷を負っただろう」
「あー……バレてるか。でも治癒魔法もかけたし、大丈夫!」
「本職という訳でも無いだろうが。いいから脱げ」

 そんなスカーレット様も、背中に傷を負っていた。
 私達を庇う形で負った傷だ。かすり傷と言って平気そうにはしていたが、治療する程の傷であったらしい。……私では自分の事で精一杯で気付く事が出来なかった

「お前に処方する薬くらいあるから変に気を使うな。採った薬草の大半は失ったが、この量でも調合は出来る。だから脱いで待ってろ。独りで無理ならグレイに手伝って貰え」
「はーい。あ、イツツ……ごめんグレイ君、上着脱がすの手伝って貰える?」
「は、はい」

 いや、今そんな事を気にしても仕方ない。なにが起こったか分からなくても、私は私に出来る事をしなくては。
 私はロボ様を座らせ、ロボ様の背を洞窟の壁に寄りかからせて安静にさせてからスカーレット様の方へと小走りに近付く。

「失礼します。……一気に脱がせても大丈夫でしょうか」
「うん、大丈夫。普通の服みたいに脱がせられるやつだから、脱がせちゃって」

 そう言われ私は王族の女性の服を脱がせるという行為に少々緊張しながらも、そのような事を着にしてられないと思い、完全に上げるには少し痛みを伴うのか、両腕を軽く上げるスカーレットの後ろから服に手をかける。
 そしてそのまま脱がすと、上半身が冒険者用に使われるような下着ブラだけの状態になる。……冒険者をやっているだけあって筋肉は少々ついているが、女性特有のしなやかさと白さがある肌である。その分少し塞がった傷がより目立っている。

「ありがとー。ついでに下着も……あ、フックの所一緒に切られている。前から外せるか」

 と、スカーレット様は下着ブラの留め具が外れる事に気付き、そのまま自身で前から外す。……これ以上は見ないでおこう。アプリコット様やエメラルド様のは温泉などでよく見るが、成人を超えている女性の肌を見るものではないと聞いているから、あまり見るのは失礼だろう。

「おや、見たかったら見ればいいよグレイ君。私の体なんてそう簡単に見れるモノじゃないから、希少だよー? ほれほれ、ロイヤルバストだぞー?」
「減らず口を叩いている場合か。グレイ、お前も休んでおけ。今は特に気配も無いからな」
「はい、ありがとうございますエメラルド様」

 私を……揶揄っている? ような表情のスカーレット様に対し、調合を素早く終えて、常備している包帯を持ちながらエメラルド様がスカーレット様の背後へと周る。
 流石はエメラルド様、薬の調合がお早い。

「それにしても、包帯をよく持ってたね」
「私の右腕に巻く用に常備しているからな。……ったく、傷を負ってさっきまで命辛々だったというのに、何故そんな減らず口を叩けるんだ、お前は」
「ふっ、ピンチを乗り越えてこそ王族だし、女という生き物は男に体の内部の器官に穴を開けられて破られないといけないの。だからこの位の傷なんて平気――アイタタタタタタタ! ちょっとエメラルド! 優しく、優しくして!」
「こんな状況で言える下ネタをありがとう、第二王女殿下。生憎と私はあの変態医者では無いから、怪我を治すのは苦手なんだよ。痛いのは我慢しろ」
「絶対嘘だ!」
「ははは、ロイヤルな貴女に対しての特別な薬剤師の処方でありますぞ。嘘なはずありますまい」
「なにその口調!? イタ、これ傷を付けられた時より痛いって!」
「我慢しろ。……動脈は大丈夫のようだな。傷接合道具があれば良いのだが、そうも上手くいかないか」

 エメラルド様の治療に、スカーレット様は痛いと声をあげる。洞窟内に入る前に【空間保持】をスカーレット様が唱えた事によって音は外にあまり洩れないが、精神が不安定になると解けるのではないかと不安になる。あと、穴を開けられて破かれるとはなんだろうか。後でスカーレット様か……クロ様かヴァイオレット様に聞いてみるとしよう。
 そのためにもまずは……

「ロボ様、大丈夫……でしょうか」

 ロボ様の体調を心配した。
 先程は大丈夫とは言ったが、強がっている可能性もある。私はロボ様の様子を見ようとするが……

「大丈夫でス。大丈夫でスカラ……」
「しかし、気付かぬうちに怪我をしている可能性も――」
「チ、近付かナイデクダサイ!」

 ロボ様は震えた大きないつもとは違う声で、私が近付こうとしたのを止めた。
 その不意の言葉に、私は差し出そうとしていた手を止めてしまう。

「ゴメ、ゴメンナサイ、平気、平気でスカラ。身体に異常はアリマセン。デスガ、今のワタシハ機能を殆ど失っテイマス。今は修復機能に割り当てテイマスガ……不意に顔の部分が壊れルカモシレマセン」
「…………」
「ダカラ、近付かナイデクダサイ。外装が無いワタシハ――」

 とても汚いですから。
 ロボ様は、消え入るような声で、そう言った。
 お顔は全て覆っているため表情は見えない。体の外装が損傷し、隙間から今まで見た事の無いロボ様の綺麗な金色の髪が出ている。ただ、見える肌は白い肌の中に、蝕んでいるような黒い部分があったのが見えた。……この黒い部分を、見られたくないのだろう。

「……ゴメンナサイ。自動修復機能がアリマスカラ、今は休まセテクダサイ。ココマデ背負っテ貰いナガラ、ゴメンナサイ……役に立てナクテ、ワタシガ二匹目のワイバーンに反応出来てイレバコノヨウナコトハ……」
「……いえ、私め達はロボ様に感謝こそすれど、謝れるような事はされていませんから」
「ゴメンナサイ。ゴメンナサイ……」
「…………」

 ロボ様は精神が不安定になっている。
 今まで傷付く事はあってもここまでの破損まではいかなかった外装が壊れた、という原因不明の事態もそうだが、ロボ様は油断をすれば肌やお顔が見られるかもしれないという事実に恐怖し、この状況でそれを気にしている事に自己嫌悪しているように見える。

「ロボ様、私めは……」

 なにか、声をかけないといけない。だけどどう声をかければいいか分からない。
 クロ様であればロボ様を落ち着かせることが出来ただろうか。アプリコット様であればこのような事態にならずに済んだだろうか。そんな、自分自身の不甲斐なさが込み上げてきてどう声をかけて良いかが分からなくなる。
 言葉が詰まり、動く事も出来ない。フォローも出来ない。私は――

「大丈夫、ロイヤルな私が居ればこんなピンチなんてすぐ抜け出せる!」

 私が固まっているのを見てどう思ったのか、スカーレット様が私達に大きな声で励ましの言葉を叫んできた。洞窟内であったためか、その声は響いたため私は驚いてスカーレット様の方へと顔を向ける。

「私を誰だと思っているの! 冒険者のレットにして、スカーレット・ランドルフ! そう、忘れているかもしれないけれど、この国でもえらーい立場の女!」
「自分で言うのか」

 スカーレット様は意気揚々と、怪我をして痛みがあり、ワイバーンの群れが襲い掛かって来たという状況にも関わらず、笑顔を作って私達を励ましてくる。エメラルド様は治療でスカーレット様の胸に包帯を巻きながら唯一返答? をしている。

「アゼリア学園にて学問・魔法・戦闘の全てを首席で卒業した天才の私!」
「……そうなのか。凄いな」
「それに治療が上手くてあらゆる毒に精通しているエメラルド」
「まだ毒は勉強中の身だがな」
「全魔法適性を有して魔力もあって多くの魔法を使えるグレイ君!」
「え、はい。お褒め頂きありがとうございます?」
「私達を傷付きながらも助けてくれた、なんかよく分からない力を振るってくれたロボ!」
「ハ、ハイ?」
「安心なさい、私が此処に居る上に他にも居るのは優秀な我が王国の民達! この窮地に前に出なくてなにが王族、なにが第二王女! 民を守り導いてこその王族!」

 そしてスカーレット様はロボ様をビシッ! という音が付きそうな勢いで指をさす。

「だから沈む事も謝る事も無いの、ロボ! 貴女はただ安心して“任せる”って言えば良いのだからね!」

 まさに威風堂々という言葉が似合うような態度で、このような窮地など乗り越えて見せると笑みを作りながら宣言した。
 ……不思議だ。状況はまだ変わらず、ワイバーンの群れを倒す算段などまだ見つけていないのに、スカーレット様の言葉は私達を安心させる不思議な魅力がある。
 クロ様を貶めた王子の姉君であったので何処か引いてみていたが、今の言葉でこの方はあまりピンとこなかった王族なんだと思えるようなカリスマ性を感じられた。
 ただ……

「……励ましてくれるのは構わないが、よろしいかスカーレット第二王女殿下」
「どうしたの、エメラルド!」
「上半身裸で、よく言えるな」
「同性とグレイ君しかいないし、胸に包帯巻いてるし、ロイヤルな私の肢体に恥ずべき所などないから良いの」
「……何処かの変態と同じような事を……」
「え、ローズ姉様でも来たの?」
「第一王女はそんな事言うのか?」
「あっははー。真面目な姉様が言う訳ないじゃない。真面目で隙無しの姉様だよ?」
「じゃあ何故言った」
「なんとなく。あの姉様がそれ言ったら面白そうだなー、って」

 ……ただ、気になった事が一つ。
 スカーレット様の笑顔は、やはり何処かクリームヒルトちゃんと同じ感じがした。
 言語化は難しいが……瞳の奥が、何処か違う所を見ているような感覚だ。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品