追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

帰る間際の一騒動_5


 ダイニングルームに入る場所の近くにて。
 アゼリア学園女生徒用制服に身を包んだシアンがこれからする事に自分の勇気を奮い立たせていた。その様子を見ている俺とヴァイオレットさんは、不安に駆られていた。

「……シアン、本当に行くのか?」
「勿論行く。服を貸してくれてありがとうね、イオちゃん」
「いや、それは構わないのだが……」

 何故シアンが制服を着ているのかと問われれば、理由は俺が煽ったことが原因ではある。
 ……俺としては「いつもと違う格好をすれば意識させられるよね」くらいのつもりで話したのだが、シアンの中では「男は制服に惹かれる……!?」みたいな感じに変換されたらしい。確かに俺の言い方も悪かったとは思う。
 生憎とクリームヒルトさん達は制服を着てきてはいないので、身長差もあまりないという事でヴァイオレットさんの制服を着る事になったのだが……

「クロ殿、シアンは大丈夫なのか? スカートは私が通っていた頃の長さにしたが、その……シアンは……」

 ヴァイオレットさんは俺に近付いてシアンに聞こえないように聞いてくる。
 不安に思うのは分かる。アゼリア学園の女生徒の制服の下はスカートだ。一応はある程度の改造は大丈夫なため、スカートの長さは余程でなければ個で自由に決められる。ヴァイオレットさんはそこまで短くしていなかったので、クリームヒルトさんやメアリーさんと比べると長い事は長いが……問題は別にある。

「うーん、正直いつもより風通しは良いね。動きやすいけど、少し気を付けないと」

 シアンは教義上の教えである下着を身に着けていないのだ。ハッキリ言ってスリット入り修道服より危うい。

「……今更言って履くような性格じゃないですし、俺達でフォローしましょうか」
「……そうだな」

 かと言ってシアンは教義自体は守るので、今更言っても仕方ない。今回だけ特別、という訳にもいかないだろう。そこの所は真面目なシアンである。真面目ならば修道服の時にもスリットはいれないと思うのは置いておこう。

「よよよよ、よし、行ってくる。さっと登場してさっと会話して、さっと感想を言って貰った後さっと抱き着けば良いだけ、ふふふふふふ大丈夫、私には出来る。そうしないと取られちゃうから、出来るはず……!」

 明らかに不安になる意気込みを聞きながら、俺とヴァイオレットさんは顔を見合わせてただ黙って頷き合った。なるようになるしかないだろう。

「よし――出陣!」

 何処へ行く気だというツッコミは抑え、動きが硬いシアンの後ろを俺達は付いて行く。
 ……もしかして俺とヴァイオレットさんも、互いに照れて上手く話せない時は今のシアンのように見られているのだろうか。……確かにこれだと揶揄われるのも無理はない気がする。
 ともかく、煽ったのは俺であるのでサポートをしようと思いつつ、後でヴァイオレットさんも巻き込んでしまった事を謝らないとな、と思いつつ。
 そしてダイニングルームに入った俺達が見たのは――

「あ」
「え」
「あれ、シアン?」
「神父様?」

 神父様に詰め寄る、メアリーさんの姿であった。
 やけに距離が近い気がする。
 ……え、なにこれ。状況はよく分からないけど、本当に神父様がメアリーさんにとって好みだったとかそんな事が起きたのか?
 そうでなければ、ただ話すにしても距離が近くて、顔も近付けていて、メアリーさんが神父様に対して興味ありげな表情を浮かべていて――うん、修羅場だ、これ。阿修羅も帝釈天も居ないけど修羅場ってヤツだ。

「あ、シアンちゃん、制服姿可愛――」
「神父様ぁあああー!!」
「は、はい!?」

 クリームヒルトさんの可愛らしい発言を無視して、シアンは叫んだ。
 普段であれば神父様の前では出さないような声量と声色。そして取り繕いなどない慌てた表情で神父様の所へと行き、神父様とメアリーさんの間に割り込んで距離を取らせる。
 そしてそのまま神父様の方へと向き直る。周囲、特に神父様はなにが起きたか分からないかのように目を白黒させている。

「神父様! 私のこの姿を見てどう思いますか!!」
「え? あ、ああ、普段はシスター服で、私服もパンツスタイルだから短めのスカートのシアンは新鮮だな、可愛いよ」
「ありがとうございます!」

 ああ、普段であればその一言だけでも嬉しさのあまり赤面して満足に言葉も話せなくなるのに、今のシアンは焦りのあまり周囲が見えていないな……止めた方が良いだろうか。だけど今止めようとすれば手加減の無いシアンの拳か蹴りが飛んできそうである。蹴りは特に危うい。

「神父様、実は以前から貴方に言いたい事があったのです!」
「そ、そうなのか? 一体、それは――っ、シアン!?」

 シアンは恐らく自分がなにをしているかもわからない精神状態のまま、神父様の両手をシアンの両手でガシッと外側から掴む。
 普段であれば触れる事すら緊張でできないのに、大胆なアピールである。

「私は言いたい事を言うために緊張しています! この緊張による鼓動が伝わるでしょうか!」
「あ、ああ。シアンが緊張しているのは分かった、だから少し落ち着いて――」
「いえ、いいえ! 神父様はまだ私の緊張が分かっておりません! 具体的には百阿僧祇あそうぎ距離くらい離れた予測です!」
「百阿僧祇!?」

 挙句には文脈が訳の分からない事になっている。十の……確か五十六乗か。デカすぎて逆に近いんじゃないかな、それ。
 俺達の疑問を他所に、シアンは暴走を続け――

「ですから、私の鼓動をよく聞いてください!」
「え、なにを――ぬわっ!?」

 神父様の手を離した後、頭の後ろに手を回して、神父様の顔をシアンの胸に埋めた。
 ………………なにやってんだアイツ!?

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