追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

女湯の場合_3(:菫)


View.ヴァイオレット


「子供……弟子との間に子供? 弟子と我は性別が違くて……」

 シアンの言葉に疑問を持ち、なにを言っているのかを言葉を反芻させて理解しようとしていた。
 普段であれば頭の回転が速い方なアプリコットではあるが、まるで口にした言葉以外では思考できないかのような処理落ちラグが起きていた。

「シアン、いくらなんでもその言い方は」
「うん、分かるよイオちゃん。イオちゃんは不安かもしれない。けど、ここまで言わないとコットちゃんの場合自覚しきれないと思うし、性の扱いは難しいけど、男女の恋愛に性関連は切り離せないからね」
「そうかもしれないが……」

 私がいくらなんでも飛躍しすぎだとシアンに注意をしようとしたが、シアンは軽い声色で返答をする。このような言い方ではあるが、シアンとしては大分真面目な時の言い回しだ。事実ここまで言わないと分かりかねない、というのは分からないでも無いが、恋愛関係や夫婦になりたい、という言い回しでは駄目であったのだろうか。

「確かにイオちゃんとクロとの間よりも息子が先に進展して、息子に先を越されて祖母になる、という不安はあるかもしれないけれど……」
「待てシアン。そういった不安じゃない」

 実際に起きたらなんという特殊な状況だというんだ。でも有り得ない……事はないのか……?
 息子に先を越され、この年齢で祖母になる。…………駄目だ、頭痛がして来た。祖母になる年齢は確かに他の者達よりは早いだろうが、せめてグレイが成人15するまでは待ってもらいたい。

「欲しいかとはつまり、我が弟子と……我、が……!?」

 アプリコットは今までの言葉と照らし合わせてシアンが言った事をようやく意味を理解したようだ。
 初めは強く否定するかと思ったが、アプリコットは顔を赤くしてしばらくブツブツとなにかを呟いた。そしてその様子を眺めていると、アプリコットはふと私達が居た事を再認識し、慌てて言葉を発していった。そしてその様子を見たメアリーが、声が男湯となりに聞こえないようにと【空間保持】による音遮断をさりげなく行う。

「い、いや、我と弟子は師弟関係だ! 決してそういった関係になる事は許されるものではない!」
「別に四歳くらいしか離れていない師弟関係だし、恋愛と師弟関係は両立してもおかしくないんじゃない?」
「えと、そ、そうだ! 我と弟子では身分が違う。気ままな平民トラベラーでは認めまい!」
「身分で言えば私とクロ殿の方が元を辿れば身分差はあるのだが、今はこうして幸せに結婚生活を送れている。身分差そこは関係無いだろうし、クロ殿も気にしないだろう。むしろ好き同士なら喜んで進めそうだ。私も気にはしない」

 以前の私であれば、男爵と平民であればあまりいい顔をしなかっただろうが、今は特に気にもしない。むしろ変な輩が息子グレイと婚姻を結ぶくらいならば、料理や魔法など教わる所が多いアプリコットの方が安心もする。意外と言えば失礼だが、礼儀正しい面もあるからな。

「それに見てアプリコットちゃん! ここにいるのは上手くいったら平民から第三王子の妃となって場合によっては王妃となる可能性が有るメアリーちゃん! この子を見ていれば平民と男爵家なんて取るにならない壁に見えるでしょ!」
「あの、クリームヒルト? そういう言い方は……」
「くっ、確かに……!」
「納得しないでください!?」

 ……確かに、シルバ以外の殿下達の誰かと結ばれれば、メアリーは最低でも子爵家に入る。場合によっては王妃である。メアリーは納得しきれない部分もあるのか複雑そうな表情ではあったが、否定も出来ないのか項垂れた。

「わ、我は将来ドラゴンを屠りドラゴン殺しスレイヤーの異名を目指し者。そして魔法探求を続ける者。そのような根無し草に、息子と婚姻関係を結ばせるのは良いのか、ヴァイオレットさん! 跡継ぎなどもあるだろう!」
「大丈夫、コットちゃん。レイちゃんは付いてきてくれるだろうし、愛があれば関係無いよ。クロも寂しくても成長を喜ぶタイプだろうし」
「それに後継ぎに関しては、これからヴァイオレットちゃんとクロさん夫婦が解決する事だから問題無し! こっちも愛があるからね!」
「………………」
「ヴァイオレット。貴女が照れてどうするんですか」

 うるさいぞメアリー。これは照れているんじゃなくて湯に浸かって赤いだけだ。あまり見られたくないから顔を手で覆いたくなっただけだ。

「わ、我はまだ成人もしていない。弟子もまだ年若いでは無いか」
「でも、コットちゃんくらいの年齢で子供産むのも珍しくないと思うけど」
「確かにそうではあるが……」

 男女ともに成人する15までは法律上の結婚を出来はしないが、そういった行為が特別禁じられている訳でも無い。強制的なモノは当然重罪だが。
 貴族であれば学園卒業後に正式に婚姻を結び、十九才で子供を持つのが基本だ。軍所属などであれば話は別であるが。

「あ、それもそうだね。私のお――ははは今三十路位だし、私くらいの時にはもう私が生まれていたからね」
「学園に通わない国民とかだとそのくらいだよね」

 地方などの学園に通わない国民だと、クリームヒルトが言ったように私達程度の年齢で子が産まれ育んでいる家庭もある。決して私達程度の年齢で子供が居るのは多くは無いが、居ないという訳でも無い。

「えと、つまりこれは、その……」
「どうかしたか、メアリー?」
「……いえ、なんでもありません。ちょっとした私の中の倫理観を確かめていまして……」
「倫理観……? 大丈夫なのか?」
「はい、大丈夫ですよ。心配なさらないでください。(そうですよね、おかしくないのですよね……利家公とまつや光源氏のような感じで……でも違うような……)」
「?」

 何故かメアリーが珍しく眉間に指を当てて目を瞑り悩み困っているのを見て私が尋ねると、メアリーは少し震えた声で自問自答を繰り返していた。まるで常識が覆されたかのような、最近のシルバのような表情であるが、急にどうしたのだろうか。最後の方に至ってはなにを言っているかも聞こえない。
 メアリーに対して疑問は持ったが、今はアプリコットの話だ。この話は私にとっての義娘が出来るかもしれないというモノに繋がるのだ。今はそちらに集中しよう。……場合によっては一歳下の義娘か。貴族の中ではあるにはある話ではあるが、まさか私がそうなる可能性が有るとはな。

「まぁ子供云々は気が早いけどさ、クロもそういう所はキチンとしているし、流石にいきなりはないだろうけど」
「う、うむ、その通りだシアンさん! クロさんは自立していない我々がそのような事を考えるなど許すはずもあるまい!」

 シアンの言葉にアプリコットは立ち上がって力強く同調する。とりあえず少しは隠した方が良いのではないだろうか。
 確かにクロ殿であれば気が早いと言って認めないだろう。それ自体は間違いない。
 だが、シアンが話をうまく逸らしてはいるが、一番明確にしておきたかった事を否定していない事を、アプリコットは気付いていない。

「でもコットちゃん、レイちゃんに対する男の子に対しての好意自体は否定していなかったよね?」
「――――」

 そう、アプリコットがグレイの事を好きということ自体は、アプリコットは否定していないのだ。色々と問題点をあげても「グレイとの間に子供が欲しいか」という恋愛的な好意を確かめる質問に対して、好意自体を否定していない。
 その事を突かれ、立ち上がった状態でプルプルと震える。反応からして“男女の関係として好き”という事実は、アプリコットの中で当然の事のように存在して、否定する気はなかったようだ。

「う……」

 私は流石に追い詰め過ぎたかと思い、アプリコットが最悪泣いてしまうのではないかと不安になったので、助け舟を出そうとするが、

「うるさいぞ好きな相手や言い寄られる相手がいる癖に、手を出す勇気もより近付く勇気もない臆病で経験の無い乙女共が!」
『うぐっ!?』

 アプリコットの放った言葉に私達は思い切り心を抉られた。特にシアンが一番のダメージを受けているように見える。
 確かに私達は他者をとやかく言うだけの恋愛関係は無かったのであった。

「ふふふ……アプリコットちゃん、それは的外れというものだよ。実は私は――」
「ないだろう」
「うん、無いよ!」

 そして何故かクリームヒルトだけは堂々と見栄を張っていた。

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