追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

銀が慣れてしまうまで_2(:灰)


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「――綺麗」

 私は昔、女性、あるいは男性――生物に対しての綺麗というものが理解できなかった。
 隙を見せれば食べるものは奪われ、仲間意識を持っていたと思った相手には売られ、外に出る事無く前の領主に飼われなぐられていたためなのかは分からない。とにかく、綺麗や美しいというモノはどういうものかは理解出来なかった。
 クロ様に引き取られた後も、多少の自然に対する綺麗やクロ様に対する羨望はあったけれども、ずっと綺麗や美しいは言葉だけの存在モノであった。
 だけど私が初めて綺麗という言葉が想像上の産物でないと知ったのは、数年前の今頃の時間。空気がシンとした、光が差し込み始めた時の丁度同じ場所でその言葉を理解した。
 その「綺麗」という言葉を言ったのはメアリー様であったか、あるいはシルバ様であったか。つい口から出てしまった感想に、私は心の中で同意をした。

「――――我らが神よ。今日もまた、平和な朝を迎えられた事を報告いたします」

 教会の礼拝堂で、祈りを捧げるシアン様。
 いつものような明るい言動はなくただ静かに祈る様は、私が初めて見た綺麗という言葉をそのまま表したかのような美しい佇まいであった。
 以前は佇まいがそう感じさせるのかと思い、一度アプリコット様に同じようにして貰った事は有る。しかし綺麗ではあるが、今のシアン様とは別種の綺麗さであった。アプリコット様曰く――

「敬虔たるシアンさんが祈るからこそ、あの光景は綺麗だと感じられる」

 だ、そうである。
 今も眺めるシルバ様に対し、アプリコット様は私にした説明と同じ事を説いた。

「だからメアリーさんに同じ事をして貰ったかといって、同じ綺麗さがある訳では無いぞ、シルバさん」
「うぐ」

 ……不本意ではあるけれど、どうやらシルバ様も私と同じような事を考えていたようだ。図星を付かれたのか言葉に少したじろぎ、恐る恐ると言った様子でメアリー様の方を見て、見られている事に気付いたメアリー様が微笑みを返す。そして見透かされた事に顔を赤くして、シルバ様は俯いた。

「なんだか近所のお姉さんに揶揄われる男の子、って感じだね」

 その様子を見てクリームヒルトちゃんは小さな声で呟いた。
 確かにメアリー様とシルバ様は同じ年齢には見えず、メアリー様は大人びて見える。
 ……やはり身長なのだろうか。私も将来的にはクロ様くらいには身長が欲しいが……しかし、私にとって尊敬すべきお方であるアプリコット様は、シルバ様よりは背が低いが大人びて見える。反対にブラウンさんはクロ様より背が高いが、大人なようには思えない。
 なにが大人らしさを表しているのだろうか……?

「あ、おはよう、レイちゃんにコットちゃん達。朝早くからどしたの?」

 私が大人とはなんなのかと考えていると、祈りを終えたシアン様がこちらに気付き、いつもの表情に戻って私達の方へと歩いてくる。私達は挨拶を返すと、シアン様はシルバ様が居る事に気付き、声をかける。

「えっと、シルバ君……だっけ。昨日の事故は大丈夫だった? ごめんね、昨日は変に絡んじゃって」
「いいえ、ぼっ……私に怪我は無いので大丈夫です。それに私は魔力が特殊なので、シアーズさんのようなシスターさんには怪しまれてもおかしく無いですから。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「別に無理して敬語は使わなくて良いし、無理して一人称を変えなくて良いよ。……うん、改めて見ても私の勘違いだったみたいだし、私の方こそごめんね」

 敬語を使って謙るシルバ様に対し、シアン様は謝罪の言葉を述べて恭しく謝った。
 それに対しシルバ様はにシアン様の印象が今までと違うモノだったらしく、その態度に若干の戸惑いを覚えながらも、素直に謝罪の言葉を受け取り互いに謝りあった。
 ……シルバ様が頭を下げると何故か一瞬シアン様の足元辺りを見た瞬間固まり、首を横に振っていたが、何故だろう。

「で、改めて聞くけど見学? 懺悔? 改宗? 説教? 肉体言語うんどう?」
「最後変じゃなかったか」
「それは気のせいというもの。もしかして……シキの案内している感じ? 昨日もしようとしていたみたいだし」
「ああ、そうなる。我の案内付きでな。クロさん達は兄君達の相手で込み入った話もあるということで、我が案内をしているのだ」

 シアン様の問いに対し、アプリコット様が答えてこの場に居る者達で会話を始め出した。
 話を聞いていると、アプリコット様はシアン様のイメージを払拭? するついでに、メアリー様も会っていない神父様を紹介したかったようであるが、神父様は用事があってしばらく居ないそうだ。その事にシアン様は「神父様と触れ合う事も出来ないし、ご飯も恋しい」と溜息を吐きながらしょんぼりとしていた。

「という訳で、後でクロの家に朝ご飯たかりに行く予定だったんだけど、ゲンさん達が来ているんじゃ、邪魔しちゃ悪いかー」
「む、では我が作ったのをお裾分けしよう。昼餉に食べる予定ではあったが、少し作りすぎてな。朝餉位は分けても問題無かろう」
「え、コットちゃんのご飯!? やった!」

 アプリコット様は持っていた荷物から食べ物を取り出し、同じく持っていた布で軽く包むとシアン様に渡していた。

「というかシスターがたかりって……それは良いのか……?」
「神父様がおられない時はよく来られますよ? そのためおられない時は私め達分プラスで一名分多く作っております」
「慣れているんだな、お前……」
「シアン様、お料理苦手ですから」
「そこが問題じゃないと思うが」

 苦手とは言っても、出来ない訳では無いらしいが。
 だが全体的に“雑”になり、料理器具の片付けが大変な事(まな板の破損など)になるらしいので、我が屋敷に来た方が早いという事になっている。たかるとは仰るが、お礼もキチンとなされているのでクロ様もあまりなにも言わない。

「というか失礼だろうけど……シスターは喜んでいるけど、アプリコットって料理できるのか? なんか、料理中も“闇の波動”が……とか言いそうなんだけど」
「アプリコット様はシキの中で一番か二番目程度には料理がお上手ですよ?」
「……本当に?」
「本当にです」

 ちなみに一番を争っている料理が上手い方は神父様である。いつかは私もその争いに参加したいものである。

「…………」
「ん、どうした、グレイ」
「あ、いえ。シアン様は先程神父様と触れ合い出来なくて寂しいと仰りましたが……」
「言っていたな。あの様子を見るに、神父様を好きなようだけど」
「は。それは知っているのですが、シアン様が神父様と触れ合う所はあまり見ないような気がしまして……」
「よく分からんがそれ以上は追及してやるな。……なんとなく、僕にはシスターの気持ちは分かる」

 私の疑問に対し、シルバ様は何故か分かったようにそれ以上の追及をするのを止めされられた。何故なのだろう。

「あ、でもクロに服縫って貰おうとしたんだけど……ま、明日でいっか」
「え、シアンちゃんの服もクロさんが縫っているの?」
「まぁね。私縫うのは苦手だし、クロが縫うと不思議なほどに身体に馴染むんだよね……だけど油断するとスリットを浅くするから、そこは自分で調整するけどね!」
「クロさん泣くんじゃないかな。型紙師パタンナーってそういう所拘るだろうし、なら初めからシアンちゃんが調整すれば良いんじゃないかな」
「ふっ、リムちゃん。私の手は壊す事に長けているのだよ……!」
「あはは、それはどうなの」

 よく分からないが、向き不向きがあってシアン様はクロ様を頼っているという事だろう。ならば喜ばしい事である。
 私がクロ様が頼られている事を誇らしく思っていると、シルバ様が小さな声で私に聞いて来た。

「なぁ、お前の父親って服も縫えるのか?」
「はい。クロ様は服を縫う事に関しては職人プロ級ですよ。ええと……以前学園祭で私め達が着た服もクロ様が全て縫われましたし」
「えっ、そうなの。……少ししか見てないけど、既製品か特注に見えたのに……」

 シルバ様はその事を聞いて、少し複雑そうな表情で何故かシアン様を見て、その後アプリコット様を見る。そして小さな声で、

「第一印象で判断しちゃダメか……僕もそういった偏見で見られていたから見ないようにしていたのに、まだまだなのかな……」

 と呟いていた。
 誰かに聞かせている訳でも無く、自分に言い聞かせるような小さな声であった。

「シルバさん、ちなみに我の服もクロさんの特注だぞ」
「え、本当に?」
「うむ、我のあらゆるサイズを測り、我に丁度良い服を作ってくれているのだ! お陰で我が昏き闇の魔装は素晴らしいものとなっている! それに毎年成長に合わせて作り直してくれるから、クロさんには感謝しきれぬぞ」
「……女の子のサイズを測って、作っているのか……でも作るのには必要な情報だからな……変な意味じゃないんだろうな……」
「……そうだな。クロさんには我の身長や胸囲、胴囲、腰囲、股下やBP間も知られているからな……複雑ではあるが、作るのには重要であるし、クロさんは下心が無いというか、そういった疑いをかける事すら失礼だと思う程には真剣であるし……」
「BP間……?」
「ちなみに我の下着もクロさん特製だ。頼めばシルバさんの下着も作ってくれるだろうし、メアリーさんの下着をプレゼントしたかったら頼めば特注で作れるぞ。喜ぶのではないか?」
「いや、恋愛関係じゃない異性からの下着のプレゼントって駄目だと思うぞ。流石に僕でも分かる」
「ふむ、シャトルーズならばメアリーさんが喜ぶという単語だけで作って送りそうであったが……シルバさんはそこは分かるか」
「いや、いくらなんでもアイツはそこまで……しそうだな。突っ走りそうだ」
「であろう?」

 アプリコット様が自身の着ている服の類もクロ様の特性だと言うと、シルバ様は服を興味深そうに見て感心していた。そして楽しそうに会話をしている。
 その様子を見て、私はまた何故か妙な感覚を覚えた。……風邪がまだ残っているのだろうか。酷いようであったら安静にした方が良いかもしれない。





備考1:BP間:バストポイント間。綺麗なラインの服を作るのには割と重要な数値。当然ドレスを作るためにヴァイオレットの数値もシアンが測ったためクロは知っているが、やましい事は少ししかない。少しだけあったので、一度大木に頭をぶつけて邪念を振り払った。


備考2:「シャトルーズならばメアリーさんが喜ぶという単語だけで作って送りそう」
結論:シャトルーズはしようとする。
   しようとして、良く考えればサイズを知らないと嘆き、聞こうとして上手く聞き出せず結局は送れずに挫折する。

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