追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

その頃の攻略対象達_4(:茶青)


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 初めての相手。
 字面だけで受け止めるのならば、スカーレット様とハートフィールド男爵が男女の関係を持ったという事になる。
 王国内最高権力者の娘、さらには未婚の王女に手を出したというならば、事実だとすれば大問題である。大問題なのだが……

「スカーレット姉さん。初めての相手というのは……」
「え? ……あ、そうね。ふふ、そう、クロ君は私の初めての相手なんだよ。それはもう情熱的に求めてきて、私もそれに応えて――」
「いえ、あの男が姉さんに手を出すほどの勇気もあるとは思えませんし、姉さんが無理矢理襲うほどの勇気があるとは思えません。もう少しマシな嘘を吐いてください」
「どういう意味!?」

 ヴァーミリオンが言った通り、ハートフィールド男爵がスカーレット様に手を出すとは思えない。ヴァイオレットと別に嫌悪し合っている訳でも無いのに、結婚しておきながらキスも未だだというヘタレぶりであるのだ。スカーレット様と関係を持つなど……いや、一応は持っているが故に卑屈になった、などという可能性もあるにはあるが。

「ヴァイオレットと男爵の間柄は良好でしたが、男爵は婚姻を結び四ヶ月経ってもキスすら未だという臆病者でした」
「クロ君も貴方に言われたくないでしょうね」
「……ともかく、男爵が姉さんに手を出すなど……むしろ出してくれていたら、姉さんも身を固め、男爵ならば手綱を握れて父上も安心していたかもしれません……」
「あっははー。おい弟よ。貴方は姉をどう思っているの」
「首輪のない魔狼マロウ
「……言うようになったね。メアリー・スーのお陰なのかな」

 確かに今までのヴァーミリオンであれば、適当に流して違う話題に切り替えていただろうが、スカーレット様に臆せず言う辺りは変わってきているのかもしれない。
 スカーレット様は魔狼という言葉に怒る事も無く、少し興味深そうに私達を見ながら言葉を続けた。

「と言うより、クロ君キスも未だなんだ……。あ、それで初めて、って言うのはね。魔法を使わない戦闘ケンカで初めて負けたって意味」
「姉さんが?」

 その言葉に私達は妙な事も有るものだと反応する。
 スカーレット様は魔法も優れているが、王族の中でも飛び切り優れた身体能力を有している。それこそアゼリア学園に居た頃は常勝無敗を誇り、“こちらだけが魔法を使って戦っても負けるのではないか”と評されたほどである。
 そんなスカーレット様に勝てたという話も信じがたいが……そもそも何故戦う機会があったのだろうか。接点は少ないままハートフィールド男爵も学園を退学になったはずだが。

「経緯? えーっと……」

 私がその事に関して尋ねてみると、スカーレット様は顎に右人差し指の関節を当て、思い出す仕草を取りながら、

「まず、いわゆる男女の関係で言う所の初めてをクロ君に捧げようとしたの」
「なにを言い出すのです」

 割と吹っ飛んだ内容を話し始めた。
 私達はあまりもの発言に動揺し、続きを聞いて良いモノかと狼狽えた。

「それで、どうなったのですスカーレット殿下?」

 しかしシャルだけは進んで聞いていた。
 シャルにしては珍しい……と思ったが、表情からして「スカーレット殿下に勝った!? 強き者と戦うために参考にしなくては!」といった表情だ。ようはシャルバカは深く考えていない。

「実は私、その時婚期に関して焦っていてね。正直モテてたと思うんだけど、調子に乗っていたら最終学年の学園祭になっても相手は見つからず。このままではお父様が用意するだろう相手に嫁がされて自由を奪われる。と思ったの」

 当時は国王様と王妃様の愚痴にうんざりしており、若干の反抗期も残っていたらしく、決められた相手というのがとにかく嫌であったそうだ。
 だけど誰でも良いという訳でも無く、ある程度実績を残すか特殊な相手を見つけようとしていた。そこで偶々見かけたのがハートフィールド男爵であったそうだ。

「丁度カーマインと戦う前だったかな。一回戦では少し見かけてある程度やる子だったのは分かっていたし、声だけはかけておこうかな、って」

 まずは挨拶をした後に、ある程度「貴方に興味があるの」というような事を伝えたそうだ。
 もし学園祭の決闘で良い成績を残せたのならば、強い男として惚れた事にして王族の立場を利用した断れない状況で既成事実を作り、後に脅し込んで婚姻を結ぼうとしたそうだ。準男爵相手だと国王様も渋るだろうが、既成事実さえあればこっちのモノだと納得させようとさせるつもりであったとか。
 ……スカーレット様は大変な事をしようとしていたようである。

「……姉さん、流石にそれはどうかと思います」
「いや、思い返すとそうなんだけど。別にクロ君を良いかなーって思ったのは確かだから。ちょっと調べたら婚約者はいないって聞いたし、クロ君自体に悪い噂は無かったし、狙い目と思ったんだけどね。……上手く言いくるめれば冒険者稼業も両立できると思ったし」

 事実一回戦での戦いぶりを見て興味自体はあったそうではある。魔法を殆ど使わない戦闘技術は目を見張るものがあったとの事だ。とは言え、その時点ではまだ興味がある、程度であったらしい。
 しかしその後に件のカーマイン様との決闘の事があったそうだ。
 当然王妃様はお怒りになり、処刑も話も上がるだろうとスカーレット様は考えた。しかしあくまでも決闘中にあった出来事であるので、取り扱いに悩むだろうとも考えた。
 だがなによりも一番に気になったのは、

「戦う技術も力も、前の試合とは比べ物にならないほど凄かった」

 と、ハートフィールド男爵に対する戦闘能力に見惚れたそうだ。
 “興味があった”程度の感情は“戦ってみたい”というものに変わり、変わったからには即行動をしなくてはならないという衝動に駆られたそうだ。
 思いついたのでハートフィールド家の当代と長男、長姉が集まっていた所に乗り込み、権力を使ってハートフィールド男爵と一対一で話し合う機会を設けた。

「でも、当のクロ君は抜け殻みたいになっていてね」

 初めは戦いたい衝動に駆られていたのでその変わり様に拍子抜けしたそうだ。しかし、戦いたいという言葉にハートフィールド男爵は応え――スカーレット様は負けたそうだ。
 あくまでも部屋の内部であったので派手なことは出来なかったが、それでも全ての攻撃を見切られ、抑えられ、勝てないと理解したとの事。
 理解した後に戦うのは止めて、どうしてあのような事をしたのか聞いた。最初は話すことは無いと言ったのだが、無理に聞き出した。そして話を聞いている内に、とある理由で庇う必要があると考えたそうだ。その理由については言えないそうだ。

「ま、そんな感じで初めて負けた相手なの、クロ君は」
「……成程、そうでしたか」

 一通りの話を聞き、私達はスカーレット様は特に同情などが欲しい訳では無いだろうと判断し、そのような事があったのかと出来るだけ表情を出さずに頷いた。誰にでも過去はあり、それが偶々知っている者同士の話であった、それだけの話である。
 ……しかし、クロ・ハートフィールドとは妙な男である。
 会った限りではシキという特殊な地において、良く纏められているなと敬意と同情を抱くような相手ではある。
 しかしカーマイン様相手にも決闘で暴力を躊躇わずに振り続け、スカーレット様にも戦闘を受けて黙らせた。他にもネフライト関連の不思議な発言、メアリーとの会話や決闘は妙な錯覚すら覚えた。
 なんと言うべきかは分からないが、メアリーが持っているなにかを共有していたような――

「あ、そうだ。良い事思いついた」

 しかし私が考えている内に、スカーレット様がなにか良い事を思いついたと言い出して立ち上がる。
 私達はその行動に疑問を持ちつつ見ていると、スカーレット様はヴァーミリオンに先程のような笑顔を見せ、

「私、ちょっとシキに行ってくるから、後はよろしくねヴァーミリオン! お父様にはスカーレットは過去の恋を探しに旅に出たって伝えておいて!」
「は!? お待ちくださいスカーレット姉さん!?」

 そのままドレス姿で全速力で扉を開けて壊して部屋を出ていった。

 ……………………追い駆けなくては!?

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