追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

その頃の攻略対象達_2(:茶青)


View.アッシュ


「ふん、ぬっ!」
「っ!?」

 私が扉を閉めると、彼女は王族淑女らしからぬ声と共に拳を扉に貫通させた。
 手探りで内側の鍵の場所を探し、閉めた鍵を内側から開ける事に成功させると手を引っ込めて、向こう側からガチャリと扉を開けてくる。

「やぁ、アッシュ。久しぶりね」

 この十秒程度の事は無かったかのように変わらない笑顔のまま、先程の言葉をもう一度言う。後ろには先程一瞬見た時よりもさらに居心地が悪そうなシャルとエクルが居る。“気持ちは分かるが……”みたいな表情だ。

「……お久しぶりです、スカーレット殿下。王国に戻られていたのですね」
「うん、一年振りくらいね」

 スカーレット・ランドルフ。
 メアリー169cmよりもさらに背の高い、お淑やかというよりは活気溢れるという言葉の方が似合いそうな、私達の六つ上二十二歳の第二王女。
 基本十代で婚姻が結ばれる王国で、第一王子のように、誰とも婚姻を結ばずに各国を周りモンスターをその手で屠る冒険者稼業を行うお転婆な女性。

「ドレス、お似合いですね。髪と同じあか色のドレスを着こなす様は正に“王国内で王妃と並び立つ程に赤が似合う”と評されることは有りますね」
「あのお母様と並び立つ、って言われてもね。正直ドレスなんて動き辛いから脱ぎたいんだけど」
「……せめて年始はお父様である国王様をご安心させてあげてください」
「分かってるからこうして着ているんでしょ」

 ……とまぁ、女性服スカートよりも男性服ズボンを好むような方である。年末年始も今年は今まで見なかったほどには自由な方であるので、国王様はその様子に頭を痛め、王妃様は眉をよく顰めている。

「スカーレット姉さん、お久しぶりです」
「うん、ヴァーミリオンも久しぶり。お、背、伸びたね」
「はい。スカーレット姉さんも……お元気なのはよろしいですが、扉を破壊するのお止め下さい。父上が知れば頭に手をやる回数が増えてしまいます」
「あっははー、なにを言っているの。王女である私を部屋に入れないようにとする弟の近侍バレットとか居る訳ないんだから、この扉は最初から壊れていたの。そして私は普通に入った。違う?」
「……そうですね。壊れていました」

 ヴァーミリオンはいつもの冷静な表情を取っているが、何処か諦めたかのような表情でもある。
 余談ではあるが、この部屋の扉は刺客対策に魔力が込められ通常の扉よりは頑丈に作られている。とてもではないが一撃で貫通を許す様な柔な作りではないはずだが、彼女には通じない。
 スカーレット様が学園を卒業なされてからは会う機会も少なくなったので、そんな普通じょうしきも忘れていたが。

「それじゃ、失礼するねー。あ、お茶とか要らないから」
「承知いたしました」

 スカーレット様はドレスのまま素早く移動し、私やシャルが気を使うよりも早く部屋の中にある椅子に適当に座り、ドレスで分かりにくいがそのまま足を組む。
 それに続きシャルとエクルも部屋の中に入り、壊れた扉をエクルが閉めた。

「それで、なんの御用でしょうか。シャルやフォーサイス家の子息まで連れて」
「そうね、色々言いたいことは有るけれど……ねぇヴァーミリオン。貴方……いえ、貴方達。私が王国に居ない間に随分と面白い事をしていたみたいね」
『――――』

 その笑顔に私達男衆は背筋をより伸ばし、嫌な予感を感じこれから起こりうる事に身構えた。
 ……そう、わざわざ私達の所に来るという事は、それなりの理由があるという事だ。
 昔の記憶を掘り返しても、このような笑顔で来る時は大抵碌でも無い事しか思い出せない。つい昔ヴァーミリオンやシャルと一緒に逃げた時を思い出して扉を閉めてしまったが。付け加えるとその時のヴァーミリオンも扉を閉めた後何処か逃げたそうにしていた。

「スカーレット殿下。私達は――」
「ああ、別に良いのエクル君。あの異性どころか幼馴染のアッシュやシャルを除けば他者に興味が無さそうな弟が、そこまで執着する同級生の女の子を見つけたーって言うのは素直に喜ばしい事ね」
「そう……なのですか?」

 エクルが率先して非難を受けようと最初に言葉を言おうとするが、スカーレット様は言葉を言わせずに微笑みながら喜ばしいと口にした。
 私達よりも接する機会が少なかったエクルはその言葉に面を喰らうが、私達はこの微笑みはそれだけでは済まないと理解しているので表情を崩せないでいた。

「別にヴァイオレットを気に入っていたから婚約破棄をした事に怒っているとかでもないの。正直あの子はそんなに好きじゃなかったし。相手が平民とかも関係無いの。身分差があろうと立ち向かおうとするなら私は応援するわ」
「ならば何故……?」

 そこまでハッキリと言われ、私達もエクルのように疑問を持つ。ただし表情は変えない。
 スカーレット様はヴァイオレットを嫌ってもいないが好いても居ないというのは以前から知っている。身分差云々はそもそも冒険者のような事をする方なので、そこの所の心配もしてはいなかったが……

「いやー、良い子よね、メアリー・スーちゃん。品行方正、文武両道、魔法は素晴らしく、錬金魔法なんてものも使える。おまけに美女で性格も良くて料理も上手くてカリスマ性もある。あんな子見た事ないわねー」
「そうですね。私も彼女は素晴らしい女性だと思えます」

 かけている眼鏡をクイッと上げ、何故か誇らしそうにするエクル。

「うんうん、そんな女の子が居たら狙いたくもなるのも分かるわー。なにせここにいないシルバ君……だっけ。彼も巻き込んで決闘までしたんでしょ? いやー見たかったわー。貴方達魔法とか身体能力に優れているし、ヴァイオレットが呼んだ外部の優秀な子を巻きこんだ決闘でしょ? そりゃあ見てるだけでも楽しい決闘だったでしょうねー」

 うんうんと腕を組み、それはもう楽し表情で決闘を見たかったのだとスカーレット様は口にする。
 エクルはその表情に少し安堵した表情になってはいるが……

「で、お前ら。そこまでやっておいて誰もメアリー・スーと付き合っていないとはどういう事だコラ」

 その言葉に、全員の動きが固まった。

「……バレンタイン家の執事と侍女に聞いて半信半疑だったけど、その反応を見るに事実みたいね。……ねぇ、ヴァーミリオン」
「……なんでしょうか、姉さん」
「そしてアッシュ。シャル。エクル君。貴方達にもとりあえず言いたい事があるの」
「なんでしょうかスカーレット殿下」
「……騎士として、謹んで言葉を受け止めさせていただきます」
「は、はい。私も受けさせて頂きます」
「王族だけど自由にやっていて、事情を詳しく知らない私に言われたくないでしょうけれど」

 スカーレット様は私達を一瞥して、満面の笑みで私達を一言で評した。

「このポンコツヘタレ共」

 私達は誰も、言い返せなかった。

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