追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

その頃の攻略対象達_1(:茶青)


View.アッシュ


「メアリー成分が足りない」
「…………はぁ」

 私、オースティン侯爵家の子息、アッシュ・オースティンが仕える高貴な御方がよく分からない事を言い出した。
 場所は王城のとある一室。私達以外に居るものは居らず、ヴァーミリオンは精神的に疲れたのか椅子に座って真剣に呟いている。
 気持ちは分かるかどうかと言えば分かりはするが、普段メアリーと関わらない所では冷静の仮面を被っているヴァーミリオンにしては珍しい言葉である。……いや、最近は変な所で変な方面に行くが。
 ともかく、年始の挨拶やパーティーなどが連日行われ、王族としての振る舞いを続けている事で精神的に滅入ってしまったのだろうか。

「アッシュ、何故メアリーは俺の傍に居ないのだ」
「……それは彼女は平民であり、婚約も為された訳でも無いのですから、貴方の傍に居ることは出来ないでしょう」
「愛する事に平民もなにもないだろう。だから傍に居ても問題は無いはずだ」
「……ヴァーミリオン殿下、疲れてますか?」

 この男はなにを言っているのだろうか。私は今近侍バレットの立場であるので丁寧な言葉で心配をした。
 愛する、愛さないという問題では無いのだが……それに私の方がメアリーを愛しているのだから、傍に居るとしたら私の傍であるというのに。

「何故俺の傍に女が寄って来る……何故娘をよろしく願いませんかと紹介してくる……俺はメアリーを愛していると伝わっていないのか……?」

 ……やはりというか、それが原因か。
 ヴァーミリオンはこの数日で多くの女性に話しかけられ、アピールされ、あらゆる身分の者に新たな婚約者を勧められた。その事に疲れているのだろう。

「……伝わってはいても、一時の熱病と思われているのでしょう。平民相手では正式な婚約が為されないですから」
「愛に身分など……俺は国母としてメアリーを迎え入れる覚悟と派閥の脈作りはしているというのに、今更別の女なぞ……」

 公爵家の娘との婚約を破棄して、平民の女性をとった。という噂は貴族どころか多くの者に知れ渡っている。
 本来ならばヴァーミリオンは貴族の派閥や王族としての立場は危うくなる。実際に婚約破棄直後はなりかけた。
 だが、婚約破棄はヴァイオレット・バレンタインに問題があったという方向性に至っているのと、ヴァーミリオン自身の優秀さ、そして愛しているという相手が平民なので正妻にはならないだろうという事で、正妻を狙う者達が出始めているのだ。
 能力自体は疑いようもなく優秀であり、メアリーの影響により王族としての振る舞いに磨きもかかっているので、上手く取り入れば国母の座を、という事だろう。決闘騒ぎから時間が経ち、学園を介さないこの場では絶好な媚を売る時間だ。浅ましい事この上ない。
 今まではヴァイオレット・バレンタイン……現ハートフィールドが傍に居て睨みを利かせていたので、寄る者は殆ど居なかったのだが。

「メアリーの声……笑顔……仕草……ふ、全てが懐かしい。もう会えないのかという錯覚すら覚える……」
「数日すれば学園で会えますよ」

 ……この男、大丈夫だろうか。
 私だって愛おしいし早く会いたいのだ。言われると私も会いたくなるのであまり言わないで欲しいのだが。

「だがハッキリしているのは全てのどの女……いや、全ての者達を以てしてもメアリーの魅力には及ばないという事だな」
「同意します」

 それは疑いようのない事実である。

「あの魅力はやはり国母としても輝く。まさに国の母として相応しい器を持っている。それに比べればここ数日近寄って来る女なんて国母には相応しくあるまい」
「いやいや、なにを言うのですヴァーミリオン殿下。彼女は侯爵家として迎え入れる事でより国への貢献がなるような輝く逸材ですよ。なにしろ私との相性は素晴らしいですからね」
「面白いことを言うな、アッシュ。お前が冗談を言うなんて珍しい」
「はは、なにを仰る。私は冗談なんて言っておりませんよ。殿下こそここ数日のお務めで疲れが出ているご様子。どう考えても私とお似合いの女性でしょう」
「ほう、王族である俺よりもお似合いだと。知らなかったな、お前は冗談が上手いようだ。メアリーは国母として俺の傍に居続けるのだ」
「それは告白の一つでもしてから言ってください」
「お前が言うな。いつも飄々と躱されているだろう」
「ヴァーミリオン殿下にも言われたくありません。そちらも同じでしょう」
「俺はお前やシャルよりは積極的に行っている」
「……これ以上は止めよう、ヴァーミリオン。どう足掻いても互いに得にならん」
「……そうだな。虚しくなるだけだな」

 このままどう話が進んでもメアリーに対して上手く告白できていないという事実は変わりない。
 只でさえ学園祭以降妙に距離を置かれているような、測られているような感覚があるのだ。もっと頑張らねばメアリーと共に居る事すら危うくなるというのに……

「メアリーは今頃なにをしているのだろうな。平民の年末年始と言うと……里帰りが基本か?」
「基本的にはそうですね。お金が無い学園生は首都で過ごす者も多いみたいですが」
「そういうものか。だが、メアリーの場合は……親と折り合いが悪いと聞く。今頃学園に居るのだろうか?」

 平民、もとい王国民は年末年始は家族と過ごすのが基本と聞く。私などは今こうしているように挨拶などに忙しいためあまり実感はないが。
 しかしメアリーは意外な事に親と折り合いが悪いらしいのだ。なんでもメアリーの他者を救いたいという願いが上手く伝わらずに困っていると以前に聞いた。
 そのため実家には戻り辛い、と少し悲しそうな表情をしていたのを覚えている。あの時の表情は守ってあげたくなる可愛らしさがあって、その場にヴァーミリオンやシャルが居なければ抱きしめたくなったほどだ。実際にしようとしたらヴァーミリオンとシャルと同時に行動したのに気付き、睨みあっていたら気を逃したのだが。

「彼女であれば錬金魔法の研究になにか素材を取りに行っているかもしれませんよ」
「成程、その可能性もあるか。折角の休日であるからな」
「あるいはネフライトのように“ちょっとお金を稼ぎと素材集めにドラゴン探してくる”と言っているかもしれません」
「アイツはなにをしようとしているんだ」

 以前会ったネフライトは、シキに行きたいのだが空間歪曲石を使うお金が無いので稼ぐために“一発当てたい”と何処まで本気なのか分からない言葉を言いながら冒険者ギルドに行くと言っていた。なんと表現すべきか分からないが、あの時の彼女は鉄の女という言葉が似合いそうであった。

「ああ、そういえばクリームヒルトなのだが――む?」
「来客のようですね」

 と、ヴァーミリオンがネフライトに関してなにか思い出したような表情を取った所で、部屋の扉がノックされた。
 この部屋に居てメアリー成分欠乏症を患っているヴァーミリオンであるが、現在は一応パーティー中である。少し休憩してくると言って抜け出しはしたが、戻って来るようにと誰か使いの者が来たのかもしれない。
 私は少し待つように返事をして、ヴァーミリオンに目配せをする。
 するといつものような表情に戻り、開けても良いと頷きを返したので私は扉に近付いて取っ手に手をかける。

「なんの御用でしょうか」

 誰が来たのかと確認をしようと扉を開けると、

「やぁ、アッシュ。久しぶりね」

 そこに居たのは赤く綺麗な長い髪を靡かせ、ヴァーミリオンと同じ紫の瞳を持つ女性。つまりは――王族の特徴を持つ、笑顔が眩しい美女。
 そして女性の後ろには、気まずそうな表情で視線を逸らしている幼馴染のシャルと、学園の先輩でありメアリーを取り合うライバルであるエクル・フォーサイスが居る。

「私の馬鹿弟、居る?」

 にこやかに笑う彼女を見て、私はそのまま扉を閉め鍵をかけた。
 ……今から逃げ出せないだろうか。

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