追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
のろけ_3
聞く所によるとヴェールさんが今回の事故に関しての調査と、クリームヒルトさんへ用があり我が屋敷に来たらしい。
当時の状況は俺を除き個別に聞いたので、後は被害者の状況を纏めるつもりだそうだ。
そのタイミングが偶々俺達が色々と騒いでいる時であり、何事かと近づいた。そしてきちんとした言葉が聞こえたのは俺のあの大声での宣言であったという。
つまりはその前の求められる求められないなどの性的関連は聞こえなかったという事だ。ならば良かったではないか。下手に身重という言葉を聞かれそちら方面に意識されると気まずくなる可能性もあるのだから、聞こえた部分だけで言えば俺の本音だけなのだから特に問題無いはずなのだ。
「…………」
「…………」
「クロ様、ヴァイオレット様。どうされたのですか?」
「……いや、なんでもないよ。相変わらず珈琲美味しいな」
「……そうだな。グレイが淹れる紅茶はとても美味しい」
「まだ一口も飲まれていませんが」
だけど、なんだ。なんなのだこの空気は。
すごく気まずい。
唯一あの宣言を聞かなかったグレイだけがキョトンとした表情をしているのが救いと言うべきか逆に辛いものがあると言うべきなのか。
「(メアリーさん、気まずいよ! 部外者である僕達って席を外した方が良いんじゃないの!?)」
「(そう言わないでくださいシルバ君。私達が別の話題を振り続けないとヴァイオレットかクロさんが羞恥で雪の中に埋まりそうな勢いですから……)」
「(そうだけどさ! これは、その、夫婦――ハートフィールド家の問題じゃない!?)」
ひそひそとメアリーさんとシルバが話しているが、なにを言っているかはなんとなく分かる。彼らの立場であったのならば絶対に気まずい。
ヴェールさんはクリームヒルトさんに用事があるらしくここには居ない。というか去り際のあの子供を微笑ましく見るような不敵な笑みが若干腹が立った。くそ、生きた年齢で言えばヴェールさんより俺の方が上のはずなのに……!
「(そうかもしれないですが、シルバ君、ヴァイオレットに不信感を抱いていますよね)」
「(え、ま、まぁそうだけど……仲が良いのは本当かとか、あのクロというのに惚れているのかとか……)」
「(ならば今の様子を見てみれば、分かるのではないですか?)」
「(そうだけど……)」
「(それに私が見た本にこういった雰囲気の中で相手を揶揄う、という本を見た事がありますし。たしかニヤニヤほほえまーというやつです)」
「(メアリーさん、偶に変な事言うよね)」
なんだかメアリーさん達が妙な方向に言っている気がするが、上手く思考が働かないので対処する余裕もない。
ともかく今はアレだ。誤解では無い誤解を解いて俺の羞恥心を払拭するために言い分を言うのは良いのだけれど否定するにはおかしくて否定する程の嘘でも無くて――くそ、思考が纏まらない。
まずはゲン兄達のように珈琲を飲んで落ち着こう。
「んっ――ふぅ、グレイが淹れる珈琲は美味いな」
「今一気飲みしませんでしたかクロ様!?」
「んっ――そうだな、グレイが淹れるのは相変わらず美味しい」
「ヴァイオレット様まで!? 淹れたてですよ!」
うん、やはり寒い時は珈琲で温まるのが良いな。胃袋というか若干肺まで熱い気がするな。カフェインとはこんなにも効果があったのか、知らなかった。
「(……あれって羞恥心でよく分からなくなっている状態?)」
「(恐らくは。確か“はよ正直になってくっつけや”状態というヤツですね)」
「(いやもう結婚しているよねアイツら。……あ、この紅茶美味しい)」
肺が熱いので上手く喋れないが、ともかくこの雰囲気を打破しなくては。
ゲン兄達は先程の宣言でどう反応して良いか分からないような表情であるし、メアリーさん達はひそひそと話している。グレイは状況を把握できないかのようにおろおろしているし、ジョンブリアンさん達は後ろに控えているだけだ。ここは――
「……え、我?」
アプリコットの方を向き、なにか話題を振って欲しいという視線を投げかける。
なんか「ここで我にフラれても……」という表情であるが、頼むからいつもの調子で場を盛り上げて欲しい。お礼は後でするから。
「ヴァイオレットさん、一つ尋ねたいのだが」
「ど、どうしたアプリコット。なにか聞きたい事でもあるのか? いくらでも答えてやろうでは無いか」
よし、思いが通じたのかアプリコットが話題を振ってくれた。
このまま盛り上げて先程の話題は有耶無耶にして欲しい。して欲しくない部分もあるがして欲しい。
「普段はクロさんへの好意を臆面なく口にして隠さないのに、クロさんからの言葉は恥ずかしいのか?」
よし、後で覚えていろよアプリコット。
この場に居た全員がアプリコットの質問に身を構えるのが分かった気がする。グレイは質問の意味を分かって居なさそうではあるが、師匠であるアプリコットの質問であるので意味があるのだろうというような表情だ。
「それは……その……」
先程までは気まずい雰囲気ではあったが頬を赤くしていなかったのに、アプリコットの質問で再び顔を赤くする。
「好意は嬉しい。間違いなく嬉しいのだが。嬉しさの中に恥かしさというか。自身では処理しきれない感情があると言うべきなのか、あるいは……」
「あるいは?」
赤くしてしどろもどろとしているヴァイオレットさんは可愛いから眺めたいのに眺められない。何故か視線をそちらに向け続けることが出来ない。何故だ。
「…………」
「ヴァイオレットさん? どうかし、」
「ええい、クロ殿から好意を向けられるのは嬉しいし恥ずかしいのだ文句あるか!」
『開き直った!?』
なんとヴァイオレットさんが開き直った。
質問したアプリコットだけではなく、ゲン兄達やメアリーさん達も驚愕している。
普段ならば(割と)冷静に努めようとしているヴァイオレットさんではあるが、こうして変態的行動を前にしている訳でも決闘関連でもないのにすぐに取り乱すとは珍しい。ああ、でもそんな姿も綺麗だなヴァイオレットさん、うん。
「慣れていない感情に動揺してしまい対処が分からなかったと!」
「クロさんからの真っ直ぐな言葉の好意が予測できなくて困ってしまったと!」
「昔は好意を持った相手から好意を向けられてこなかったから」
「クロからの好意自体は嬉しくて仕方なく」
「相思相愛が嬉しくてにやけが止まらず」
「今までの行動が可愛いと言って貰えていて嬉しく」
「本当は今すぐ言われた通り抱きしめたりキスをして要望に応えたいと」
「ああ、そうだ! ……ん?」
順にアプリコット、メアリーさん、シルバ、ゲン兄、ジョンブリアンさん、コルクさん、スミ姉である。こいつら後で覚えていろよ。今は無理だから後で覚えていろよコンチクショウ。
ともかく今はヴァイオレットさんに俺の言葉を掛けなくては。このまま黙って居ては駄目である事はなんとなく分かる。
「えっと、その、ありがとうございます、ヴァイオレットさん」
「な、何故急に感謝の言葉なのだ、クロ殿」
「俺の想いの暴露に引かずに答えてくれて。俺の言葉にヴァイオレットさんが動揺してくれたという事は……」
「好きな相手から好きだと言われるのは嬉しいものだからな、動揺もする」
致命的な反撃攻撃。
くっ、相変わらず好意の言葉を言うのはストレートである。嬉しいけれど。
「ですから俺は言わせて頂きます!」
「は、はい?」
だがここで怯んではならない。
ここで怯んでいては先程の言葉が怪しいものになってしまうし、ゲン兄達にもまた有らぬ誤解を受けてしまう。それだけはあってはならない。
「先程の言葉には嘘偽りない言葉であって、俺達には俺たちなりの進め方で今後とも末永くよろしくお願いします!」
「こ、こちらこそ、よろしく、お願い……します……」
……あれ、さっきまでこの話題を逸らそうとしていたような気がしたが。
もしかしてアプリコットに乗せられたりとかしているのだろうか。……気のせいだと思っておこう。俺の言葉に顔を赤くしているヴァイオレットさんを真正面から見れているのでそれで良しとしよう。うん。
後でなんか外にランニングしたい気持ちに駆られるような気がするが、気のせいだと思っておこう。
「(……僕達はなにを見せられているんだろう)」
「(私の見た本で言う所の“じれったいなぁ、私ちょっとくっ付けてきます!”状態というヤツですね)」
「(いやもう結婚しているよねアイツら。……でもメアリーさんとああなりたいな)」
「(なにか言いましたか?)」
「(ううん、なんでもない。……割とそういう所あるよね、メアリーさん)」
「(?)」
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