追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

次兄次女の査定と過去話_6(:菫)


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「観客席から見ていたのですが、今でもあの時の事が忘れられないんです。無表情で、偶に笑って、最終的には強制的に止められるまで殴り続けていたんです」
「カーマイン殿下が地の魔法で作られた障壁も素手で破壊して、クロ自身の腕が殴った反動でボロボロになっていました」

 ゲン義兄様達から、クロ殿がシキへと来るようになった事件のあらましを聞いた。
 学友の死が事故ではなかった事を知り、カーマイン殿下の身勝手さを知り、従者であるカナリアとの別れを知った。それらの要因が重なった結果、学園で事件を起こしてしまった。恐らくどれか一つでも知るタイミングがズレていれば起きなかった事。だが重なってしまったために起きた事。

「試合前から変だとは思っていたのです。言葉の受け止めと受け流しが上手いクロが、俺が様子を聞いただけで五月蠅いと言って相手にすらしない事が。……父様とも母様とも違う、異種の恐怖でした」
「試合後に私達が会えた頃には私達に興味すら無さそうに静かでした。……試合中はあんなにも怖かったのに、何故やったのか理由を聞いても“試合で勝とうとするのがおかしいか”と口調すら違ったんです」

 本来であれば大事件ではあるが、身分の関係ない決闘、という最中に起きた事なのでその怪我を問題にしてしまっては伝統や規律に反する事になる。表立っては罰することが出来ない。
 だが問題にならなかった訳では無く、結果として箝口令がしかれ事件はクロ殿が一身上の都合により学園を途中卒業たいがくした、という事になった。後は嫌がらせなどでシキに来て、私の知っての通りである。

「もしもカナリアが居たのならば、クロも追い詰められなかったのかもしれません。……本来なら、俺やスミがその役割を果たすべきだったのでしょう」

 そしてその際に追い詰められた理由(研修事故の件)をクロ殿の学友に聞き、クロ殿の状況を見てゲン兄様達はハートフィールド家の教育の呪縛から逃れることが出来たそうだ。
 クロ殿が能天気で貴族の義務から逃げている事が妬ましくて恨みがましかったのだが、それ以上に身分関係なく大切な誰かの為に感情をぶつけている姿が、当時の自身について考えるキッカケになったという。
 身分を考えない行動に傾倒している訳でも無く、当然褒められる事で無い事も分かってはいるが、このまま生きていても「なんのために生きているのか分からない」と考えたそうだ。

「そして私は考えた結果、クロを責めるしかしない父様と兄様達を殴りました」
「俺は父様に勧められた縁談をぶっ壊しました。元よりクロの件で良い雰囲気じゃありませんでしたし」
「凄い行動力ですね」

 そして結果として今の相手と結ばれているらしい。ある意味この行動力は血筋なのだろうか。
 しかしカナリア、か。彼女は本当に幼少期からクロ殿の傍に居て姉のような存在だったのだな。親しい事などはし、話も聞いてはいたが。

「クロ殿とカナリアは本当に仲が良かったのですね。話は聞いていましたが、カナリア解雇の件がキッカケになる位には」
「はい。……いつか彼女が、クロと会って楽しそうに笑う事が出来れば良いんだがな」
「それは難しいわよゲン兄様。彼女は奴隷で買われて来ていたのだから……」
「……だな。ハートフィールド家をクビになったという事は……」
「ええ、私達は良い主が見つかる事を祈るしかないわ」

 ゲン義兄様とスミ義姉様はしみじみと、どこか願うかのような思いを口にする。私に言うのではないその言葉は嘘偽りの無い言葉であろう。
 我が王国では奴隷の所有は問題無いが、売買は禁止されている。従者メイドとして他国で買われクビにしたというならば、契約上元の買った国に戻されて再び奴隷となり、また他者に売られるという事になる。クビにして別の貴族に売ったりすれば違法になるからだ。
 その売られるという事が、また従者として売られるとは限らないだろう。別の目的で買われる可能性だってある。そこを心配しているのだろう。

「……?」

 だが、おかしい。なにかが噛み合っていない気がする。
 ゲン義兄様達は件のカナリアが……

「失礼ですがカナリア、という女性ですが、背の高い純エルフで、金糸雀きんしじゃく色の髪と瞳のキノコが好きな女性なのですよね」

 私がカナリアの特徴を聞くと、ゲン義兄様達は「はい」と頷く。

「そうですね。ヴァイオレット嬢、もしも噂があれば弟に伝えてやってください。アイツはカナリアの事を信頼していましたから」
「私からもお願いします。もしも会えたのなら、クロも喜ぶでしょうから……」

 やはりだ。その反応はおかしい。
 話を聞く限りでも、ゲン義兄様とスミ義姉様よりも日常に溶け込んでいた存在だ。私にとってのバーントとアンバーのようなもの……とまではいかないが、ともかく幼少期から共に居たクロ殿とカナリアは血を超えた信頼関係があると、クロ殿達を見ていると思う事が出来る。
 実際に再会した時は、相当喜んだだろう。だが……

「あの、ゲン義兄様、スミ義姉様。カナリアなのですが」
「はい、どうされましたか」

 だが「会えたのならば」と言うのは、おかしいのだ。
 何故ならば――

「カナリアは既にシキに住んでいますよ?」
『…………はい?』

 私の言葉に義兄様方は間を置き、少し間の抜けた返事をする。
 ……本当に知らなかったのだろうか。
 彼女、カナリア・ハートフィールドはシキの住民でキノコ栽培を得意とし、生計を立てている私より遥かに年上のはずなのだが親しみやすく、嫌味の無い明るい女性である。クロ殿とはよく親しく話しているので、少し羨ましいとも思う。いや、大分羨ましい。
 なお、昔キノコ栽培に失敗して屋敷をキノコだらけにした結果、以降はこの屋敷ではなく別に家を建てて魔法を使って栽培をしているらしい。当時は大変であったとグレイが言っていた。

『……どういう事なんですか?』

 いや、私に聞かれても困る。

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