追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

次兄次女の査定と過去話_3


「本来であればこちらから挨拶に伺うべきであったのですが、ご足労頂いたようで申し訳ありませんでした」
「は、はい、いえ、こちらこそ急な来訪で申し訳ない、です」
「え、ええ。それに御学友の方々がいらしていたのに、邪魔をし、まして」

 兄と姉とは言え来客ではあるので来客室へと案内し、お互いの自己紹介をしながら会話を進めていた。部屋の中には俺、ヴァイオレットさん、ゲン兄、スミ姉。そして後ろに控えているゲン兄の執事さん(ジョンブリアン)とスミ姉のメイドさん(コルク)が居る。
 ちなみにクリームヒルトさん達は、

『それじゃ、私達は失礼しますので後はお若い者だけでごゆっくりしていってくださいねませ!』
『言葉遣いにもツッコミたいが、少なくとも僕達の方が若いからな』

 と言って去っていった。あの明るさは本当に見習いたいものである。
 あとゲン兄がメアリーさんを見て妙な表情になり、一言二言話していたがアレはなんだったのだろうか。……メアリーさんは魅力的な外見をしてはいるが、浮気ではないだろうし。
 ゲン兄達がどうして鍵が掛かっているはずの屋敷に入って来られたかだが、どうも以前来た時にグレイとゲン兄の間で内緒の来訪の合図を決めていたらしく、その合図に従ってグレイが中に案内したらしい。当のグレイは今珈琲や紅茶を淹れに行っている。

「――の地で領主を務められているとは。彼の地は素晴らしい土地と聞きますが、ゲン義兄様が良い働きされているからこその結果でしょう」
「はい、いいえ。私は領主ではありますが、殆どが義父ちち……妻の父によるもので、私の功績など少ないものです」
「……スミ義姉様も、ライム子爵と言えば若くして身罷られた父の後を継ぐ優秀な方と聞き及びます。やはり貴女の支えがあってからこそなのでしょう」
「はい、いいえ。評価は夫の積み重ねによるものであり、私の支えなど微々たるものです。ですが、お褒めの言葉ありがとうございます」
「…………」

 そして現在。来る前までは弟の嫁として相応しいかどうか見極めるとか言っていたにも関わらず、なんか軍で使うような返事をしながらこちらの反応をおっかなびっくりに伺っている。
 噂だと高慢で身分差を重視し、我が儘ゆえに暴走して決闘後に婚約破棄された公爵家ご令嬢だ。性格的には母やロイロ姉のような女性を想像していたようである。

「……ゲン義兄様、スミ義姉様。確かに私は元公爵家の娘ではありますが、バレンタイン家ではもうなんの権力も持たない、今はハートフィールド家の一員。どうか、義妹と接するようにしてくださると嬉しいのですが」

 だが、こうして話しているのは予想と反した良い意味での貴族然とした姿勢と所作で気を使う女性。もしかしたら噂は嘘で、公爵家としての力も未だ持っているのかと思ったかもしれない。
 噂の真偽はともかく冷静に考えれば可能性は低いだが、凛として落ち着いた声と立ち居振る舞いを見れば錯覚もすると言うものである。結果言葉遣いが変になったり、見定めるとか言っていながら様子を伺っているだけなのだが。
 しかしヴァイオレットさんの敬語は新鮮だな。殿下相手だと使っていたが、基本的に強い語調な言い方が主なので、こうしてゲン兄達に敬語で話している姿を見るのも良いモノである。

「はい、善処いたします……する」
「お言葉に甘え、ます……」
「……ふふっ」

 おお、ヴァイオレットさんが笑った。可愛い。
 だが何故笑ったのだろうか。

「どうされました、ヴァイオレットさん」
「ああ、いや失礼した。ゲン義兄様もスミ義姉様もクロ殿の兄弟なのだと思ったんだ」
「はい?」
「ああ、慌て方や表情がな。クロ殿とそっくりだ」

 え、俺って傍から見たらこんな風に見られているのか。
 ……え、本当に?

「待ってくださいヴァイオレットさん。俺はこんな格好つけようとして戦う舞台に立つ所か戦う前提すら成り立たなかった兄と姉のようだと?」
「クロ殿。ご兄弟を無碍にするのは良くない」
「尊敬はしていますが、俺がそう見られるのは複雑というか……似ている……のか……?」
「おいコラ。兄に向ってその言い草はなんだ。正すついでにお前もいい加減ヴァイオレット嬢のようにゲン兄様と呼べ」
「そうよ。酷い言い草じゃない。正すついでに私は昔のようにスミお姉ちゃんと呼びなさい」
「やかましい。あとスミ姉をお姉ちゃんと呼んだことは殆どないと言っているだろう」
「ふふっ、ほら、今の感じもそっくりだな。特に敬語が外れる時の話し方が」

 いや、そこの所は俺が前世の記憶持ちのしがない社会人だったから出ている平民口調なのだが。むしろ似ていると言われる兄と姉が問題じゃなかろうか。……もしかして俺の口調の影響を受けていたりするのだろうか。ゲン兄とスミ姉は昔、早熟気味だった俺を観察していた記憶あるし。

「良いんだぞ。俺の事も昔のようにお兄ちゃんと慕ってくれても。昔勉強を教えてほしいと後ろを付いて回ったもんな」
「そうそう、お姉ちゃんにも甘えて良いのよ。胸が大きくなってきてから恥ずかしがっていたけど、一緒なベッドで寝ても良いのよ」
「ああ、雷が鳴ったら怖くて一緒に入ったよな」
「ええ、ゲン兄様と一緒にね。お手洗いを行くのにも怖がってね」
「ほう、クロ殿にもそんな時があったのか」

 それアンタらが「雷が怖いだろ? だから兄ちゃん達が一緒に寝てあげよう」とか「夜の家は怖いわよね。一緒に行ってあげるわね」とか言って恩着せがましくていただけじゃないか。
 よし、これ以上ヴァイオレットさんに変な事を吹き込む前に止めておこう。

「これ以上適当な事を言うと、ゲン兄が十三歳の時に書いていたうたとスミ姉が入学前に書いていた自分を題材にした恋愛小説をライムさんとコスモスさんに送り付けるぞ」

 その言葉を聞いた瞬間に、兄と姉はピシッ、と固まった。

「は、な、なんのことだ。適当な事を言うんじゃない」
「恋愛……うっ、頭が……! わ、私はそんなの知らない……!」

 ほほう、惚ける気か。良いだろう。
 ええと確か……

「~いつかの未来さきの僕の為に-明日ミライを探しに行く-~。と~狼殿下と平民なワタシ~というタイトルで内容は」
『やめ!』

 慌てて俺の口を抑えようとするが、もう遅い。ジョンブリアンさんとコルクさんにタイトルは伝えた。俺の前でありもしない事を言おうとするのが悪いんだ。

「仲が良いようで、なによりだ」

 しみじみと言って、羨ましがるがあまり嬉しくないな。
 ヴァイオレットさんって、実は色々と仲のよさとか愛とかそういうのに飢えて憧れたりするのだろうか。よし、後でもっと仲良くなるため一杯話すとしよう。

「クロ様、よろしいでしょうか」
「ん、入って良いぞグレイ」

 俺達が騒いでいると、グレイの声が聞こえ、そういえば淹れるにしては時間がかかっているなというのを感じ、問いに対して返答する。失礼しますと言って入ってくると、飲み物を淹れてきたはずなのに手には運ぶための道具もなにも持っていなかった。

「どうしたんだ?」
「はい、失礼します」

 グレイは俺に近付き、俺にだけしか聞こえない距離でとある連絡をした。

「アプリコット様とシアン様、オーキッド様がシルバ様の妙な力に目を付けたとかで、決闘が始まろうとしていますが、どうしましょうか」

 …………どうしてくれようか、アイツら。





備考
コスモス・ハートフィールド
ゲンの妻。天然系お嬢様。
夫ラブ。

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