追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

次兄次女の査定と過去話_1


 本来ならば今日の夜に帰る予定であったのだが、話を聞かない兄と姉によって早馬(ケンタウロス)に乗ってシキにまで走り、午前中に着いた。
 別に用事自体は終わらせたのだから構わないのだが、色々とあって精神的にも体力的にも疲れた。これから起こる事にも疲れるのが分かっているのでそれを思うと疲れもするが。

「ふふふ、義妹の顔を見るのが楽しみね。こういう時の義理の姉としての振る舞いはどうするべきかしら。初めの弟の嫁だし、こう……先に結婚した者として指導する感じかしら」
「いや、普通に挨拶をしろよスミ。元とは言え公爵家のご令嬢だぞ」
「……そうね。勘当はされていないみたいだし」

 早馬から降りて、ゲン兄とスミ姉はこれから会うヴァイオレットさんについて色々と話し合っていた。結局は誤解も解けなかったし、公爵家の威光を振りかざした事など無いのだが変に否定しても拗らせる気がする。
 もし攻撃的かつ性格否定するようであれば怒りもするが、この兄姉ならば大丈夫だろう。シッコク兄とロイロ姉だったら間違いなくするだろうが。

「ともかく、早速様子を見に行きましょう。善は急げよね!」
「お待ちください! 只でさえお召し物が汚れているのにその状態でお会いに行かないでください!」
「そうね。じゃあ着替える所探さなくちゃ」

 スミ姉のお付きの方も大変だろうな。
 本来なら滞在だの帰郷だのするはずであったのに唐突にシキに行くと言い出したのだ。
 しかも自ら早馬に乗ってまで駆けていくのだからたまったモノじゃないだろう。それに彼女自身護衛とかじゃなくて家政婦メイドに近い形の女性であるようだし。

「あ、でも替えの服あるのかしら」
「ご安心ください。このような時の為に替えの物はご用意してあります。五着ほど」
「五着!? 荷物多いと思ったらなんでそんなに用意しているのよ!?」
「メイドはあらゆる状況に対応こそですから。奥様であれば必要かと思いまして」
「どういう意味よ!」

 いや、このメイドさん何者だ。
 以前も会った事はあるけれど、どういう想定をしたら替えの服を五着用意できるのだろうか。スミ姉なら必要そうではあるが。

「折角なら、義兄としての威厳を見せるために厳格に行くべきか。だけど公爵家のご令嬢だからな……」
「旦那様。まずはお着替えになられてからでお願いします。このような格好では示すモノも示すことが出来ません」
「おう。とはいえ、土汚れも無いし、雪とか軽く払うだけで着替えは要らないんじゃないか。それに服の替えもないだろう」
「ご安心ください。このような時の為に替えの物はご用意してあります。五着ほど」
「五着!?」

 そしてこのゲン兄の執事さんも何者だ。
 なんというかメイドさんも執事さんも、仕えている相手がこんな相手だと予め理解しているような準備万端ぶりである。とりあえず兄と姉がいつもご迷惑をおかけしているようで申し訳ありません。大変お世話になっております。

「じゃあクロ、少しだけ待っていてくれ。俺達着替えるから」
「はいはい、で、俺はどうするべきだ? “突然邪魔して普段の様子を見極めたい”か“失礼が無いように訪問を知らせて欲しい”か」
「……後者で」
「了解ー」

 そこで悩むくらいならば唐突に行くとか言い出さなければ良いのに。
 まぁこちらとしても準備出来るのならば準備はしたい。ヴァイオレットさんならば突然の訪問でも対応出来るだろうが、身なりを整える時間は欲しいだろう。
 俺はゲン兄とスミ姉、そしてそれぞれのお付きの方に頭を軽く下げ、ケンタウロスさんにお仕事の達成とまた兄達が帰る時にお願いしますと伝えてから我が屋敷へと戻る。

――しかし、予定より早く帰って大丈夫だろうか。

 俺としては早く会えるのは嬉しいが、向こうは今日の夜帰るように予定を組んでいる。
 こういった予定は大切だ。さらには兄と姉の来訪という予定外の出来事まで付いている。不機嫌にならないか心配――いや、ヴァイオレットさんはそう言った事で不機嫌になる性格ではあまり無いか。性格に甘えすぎても良くないが、今は早く帰って準備を整えて貰うとしよう。

――というか、シキここにいる時点で不測の事態に慣れている気もする。

 ……よし、大丈夫だ。
 ここに来てからヴァイオレットさんも大分唐突な出来事にも慣れてきている。まだまだ慌てている姿は見られる(可愛らしい)ので、精神が死んだわけではなく適応しようとしているので、シキの領民ほど変態ではない兄姉の来訪程度なら大丈夫だ。そう信じよう。

「只今帰りましたー」

 俺は少し小走りに屋敷に戻り、雪を払った後鍵を開け扉を開き、帰宅を知らせる声を出す。そして扉を閉めて少しだけ待つ。
 この状態でヴァイオレットさんかグレイのどちらかが出て来るまで少し待とうとしよう。

「……? 誰か居るのか」

 待っていると、ふといつもの屋敷の空気と違う感じがした。
 空気がヴァイオレットさんとグレイだけではない、誰か別の……女性だろうか。ともかく、別の誰かがいるような空気がある。
 正直こういった別の誰かが居る空気は以前のグレイの誘拐騒ぎの事を思い出すので不安になるのだが……あ、そうだ。クリームヒルトさんが学園の冬休みの間に来ると言っていたな。もしかしたら泊まっているのかもしれない。

「あれ、お帰りなさい、クロさん。予定より早く帰って来たんだね。……ですね」

 案の定というべきか、少し奥から現れたのはクリームヒルトさんであった。俺が帰って来た事に不思議そうにしつつも挨拶をしてくる。
 学生服や体操服、ドレスではない服装の彼女を見るのは新鮮だな。思ったよりも簡素で飾り気のない作りの服である。

「お帰りなさいませ、クロ様」
「お帰りなさい、クロさん」

 あれ、メアリーさんまで居るよ。
 宿屋レインボーに泊まっていたはずであるが、遊びに来たのだろうか。というか彼女は年始だというのにずっとシキに居るが、実家に帰らなくて良いのだろうか。
 ともかく挨拶をしようとすると、

「……帰って来たんだ」
「え」

 何故かさらにシルバが現れた。
 彼がここに何故居るのだろうか。彼を見るとあの黒いオーラを思い出すので正直一歩引いてしまうのだが。
 大方、メアリーさんがシキに居るという情報を知って心配で来たという所だろうか。……ストーカーに聞こえるな、これ。

「そして後ろにはこの私だ」
「アンタは帰れ」

 そしていつの間にか後ろに居た変態ヴェールさんには帰る様に伝えた。こっちがストーカーだったか。
 ……仕事なので仕様が無いかもしれないが、この方はいつまで調査の為にシキに居るのだろうか。
 腕を触らせたら帰りそうだが……本当に触るためなら帰りそうであるし、トラウマが増えそうなので止めておこう。

「アンタとは失礼だね。まぁ構わないが」
「そうですね。あ、グレイ。ヴァイオレットさんはどうしたんだ?」
「ヴァイオレット様ならば皆様の料理をお作りになられている最中です。手が離せないので出迎え出来ないのをそれはもう悔しそうになさっていました」
「そうか。分かった」

 何故か居るシルバは気になるが、ここに居てグレイも露骨な敵意を示さないという事は問題を起こしている訳でも無いだろう。
 クリームヒルトさんやメアリーさんも居るならばヴァイオレットさんへの攻撃的な態度も抑えられているだろうし、あくまでもお客様として扱わなければ。
 もし攻撃しているようならば許さないが。確認の為にも早く会いに行って様子を確かめなければ。

「え、あの、ヴェールさんをスルーして良いんでしょうか……?」
「別に良いんです」
「別に構わないよ」
「は、はぁ……?」

 急な出現と俺の適当な対応にクリームヒルトさん達学園生組は困惑しているが、この方が会いに来た時は大抵唐突であるし、ヴェールさん自身も言っているから構わないだろう。とはいえ、一応はお客なので持て成しはするが。

「じゃあ俺は手を洗って荷物を置いてきます。皆様方、不躾な対応で申し訳ありませんがご来訪ありがとうございます。準備が出来次第俺も歓迎いたしますので」
「いえ、こちらこそ急に泊まってごめ――申し訳ありません。……駄目だ、メアリーちゃん。言葉遣い教えて……」

 俺が礼をして去ろうとすると。相変わらず敬語が苦手なクリームヒルトさんが自身の言葉遣いに項垂れていた。……別にヴァイオレットさん相手みたいに気軽に話しても良いだけどな。

「あれ、クロ様。まずはヴァイオレット様の所に行かなくてもよろしいので?」

 俺が去る前に、グレイが不思議そうな表情で俺に尋ねて来た。
 会いに行きたいかどうかと問われれば今すぐにでも会いに行きたいが、今は料理中であるそうだし、まずは着替えなくては。その後に兄と姉の来襲を報せねば。

「料理中で手が離せないなら、少し時間を置いたほうが良いだろう」
「ですが仕事から帰って来た所に料理中の妻を後ろから抱きしめる――というのが夫婦では良いと聞いていますが」
「誰から聞いた」

 シチュエーション的にはやってみたいが、料理中は色々危険なのでやめておいた方が良いだろう。それにお客の居る前でそんな事出来るものか。

「邪魔ならば私は暫く外出しますが……」
「邪魔なら私は錬金魔法の道具仕入れをするよ」
「まぁ私の報告は後でも良いだろうから出直そう」
「えっ、あ、じゃあ僕も外出を……」
「気を使わなくて良いですから」

 ほら、お客様方にも気を使われているじゃないか。
 というかその表情だと貴方方全員絶対何処かで隠れて見ていようとか言う表情だぞ。

「じゃあクロ君はしたくないと言うのかい?」
「したいに決まっているでしょう。エプロン姿のヴァイオレットさんとか眺めるだけでも新鮮で楽しいのに、抱きしめるとかしたいに決まっているでしょ」
「ほほう、お熱いね」

 あ、しまった、つい本音が出てしまった。
 くそ、これが大魔導士アークウィザードの話術というやつか。流石は若くしてその職に着いただけの事はあるな……!

「……というか、僕は見慣れないけれど、エプロン姿のバレ――貴方の奥さんってよく見ているんじゃないの。今更新鮮とか楽しいとかあるの?」
「ヴァイオレットさんが俺達の為に料理を作っている姿は常に新鮮で楽しく愛おしい。日常に溶け込んで当たり前になったとしても、感謝と愛おしさは忘れてはいけないんだよ、シルバ君」
「え、あ、はい。そう、ですね……?」

 そうじゃなきゃ好きを伝え忘れて、伝えたら泣かれてしまうなんて事にもなりかねないからね。感謝は忘れないようにしなくては。

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