追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

女子会(男を含む)_5(:菫)


View.ヴァイオレット


 夜も更け、グレイもクリームヒルトもメアリーも連日の疲れなどが出たせいかすっかり眠ってしまっていた。
 グレイが最初に寝て、クリームヒルトがシーツを掛けようとした所をそのまま寝てしまいグレイを抱き枕かのように抱いている。メアリーはそれに寄り添う形で寝ていた。本当はキチンと寝かしつけた方が良いのだろうが、一応は全員がベッドの上であるし、風邪をひかないように全員にシーツをかけておこう。

「お前は寝ないの……バレンタイン」
「……ハートフィールドだ」

 誰も起こさないように、部屋の物の配置を確認してから灯を消し、音を立てないようにしながら部屋の外に出て少し歩くと、後ろから声をかけられた。

「呼ぶのが嫌なら別に学園に居た頃のように“お前”で良い。……起こしてしまったようだな」

 振り返るとそこには、椅子に座ってメアリーにシーツをかけられて眠っていたはずのシルバが、私が部屋を出た後に続く形で部屋から出て来ていた。
 その表情は以前の決闘の時のような敵対心は見られないが、警戒心は感じられる。

「別に構わないさ。本当は寝て無いしね」
「いや、寝て……」
「寝てない」

 ……そう言えば昔、シャトルーズの奴が寝ていない事を誇らしくしていた時があったな。そんな感じだろうか。

「涎垂れてるぞ」
「……そうやって反応を見るようだけど、寝て無かった事は確かだから垂れてなんていない」
「そうか。そちらがそう思うのなら別に良いが、床を汚したら客とは言え拭いてもらうからな」

 私がそう言うと、シルバは黙って口元を拭った。そして少量だが本当に出ていた事を知って「くっ……!」と悔しそうにしていた。こういった所が弟扱いであったり、マスコットのような扱いを受けている要因なのだろう。

「それで、部屋に戻って寝るのか?」

 無駄にキリっとした表情になっているが、先程の表情を見た後だとあまり決まってはいない。
 そして今の問いは言外に「あの子達と寝るのが嫌なのか」と問うているようにも見える。
 多少は厳しいが、寝ようと思えば寝れる大きさのサイズのベッドの部屋ではある。そしてわざわざ出るという事は――と言った感じか。
 だが別の用事かもしれないし、好みの問題もあるのだから直接は言及出来はしない。しかしシルバとしては、以前の私のように仲良く出来ていないようにも見える部分もあるだろう。

「生憎と書類仕事が残っているからな。明日……いやもう今日か。起きた後に回しても良いが、眠気はまだ来ないからな。眠るまで熟そうと思っているだけだ」
「ふーん……」

 私が答えると、シルバはなんとも言い難い表情になる。
 私と決闘で敵対した相手の中では比較的表情の読みやすいシルバではあるが、接することも一番少なかったためどういう意味の表情かは分からない。
 ただ、面白くない、といった表情な事は確かだろう。

「セイフライドは寝ていれば良いぞ。襲いさえしなければその部屋で寝ても良いぞ」
「襲わないし、女子と一緒に寝るつもりはないよ。部屋に戻って寝るさ」
「そうか。では温かくして寝てくれ。暖房は自由に使って良いぞ」
「…………待って」

 私が会話を打ち切ろうとすると、シルバは私を呼び止める。
 私と話なんてしたくないと思っていたのだが、わざわざ切り出すという事は……以前の殿下やアッシュ、シャトルーズのような私に対する文句の類だろうか。

「どうした?」

 シルバに文句を言われても構わない。
 言葉を受けとめはするし、謝罪を要求されるのならば行き過ぎない範囲で謝罪もする。シルバに好かれようとも思わないし、嫌われたままでも問題は無い。

「メアリーさんと友達になるなんて、どんな手段をとったのさ」

 しかしシルバの問いは少し予想外であった。なにか嫌味を言われると思ったのだが……いや、それよりもメアリーと友(仮)になった手段か。シルバは私がなにかをやって無理矢理友達に仕立て上げたのかと思っているのかもしれない。心配でシキにまで来るくらいであるしな。

「そうだな、あの時の事を言うなれば……」

 あの時の事を要約するならば、仮面を被ったメアリーが私を誘って友達になりたいと言った後に、訳の分からない事を言い出して口喧嘩した後に気が付いたら握手をして友になっていた、である。
 …………言った所で嘘を吐くなと言われるのがよく分かる。

「私にもよく分からないな」
「……巫山戯てるの?」
「いや、私自身もよく分からないんだ。メアリーが優しいから許された、と言えば聞こえは良い。しかし謝罪をしたとは言えそれだけで良いのか、とも思っている」

 一度流れでしてしまったが、友になる握手(?)の後に学園でやった事を謝罪した。
 これで良いのかと思いつつ、だがメアリーはシキに来てこうやって私と仲良くしようとしてくれている。……クロ殿に迫っていたのは許せないが。

「だから今夜のように会話をしていると、楽しいと思う反面大丈夫なのかと不安にはなる。気にしすぎなのも失礼かもしれないが……セイフライド。お前のように許さない者も居るからな」
「……そうだね、僕はお前が嫌いだ」
「ああ、知っている」

 よく知っているとも。
 シルバにとって私は好きな相手を虐めていた相手である。私がかつて殿下を好いている時に、奪おうと錯覚していたメアリーに対して許せない事そうであったように、安々と許せるはずの事でもない。

「けれどヴァーミリオンやアッシュ、そしてバ……シャトルーズのお前に対する態度がおかしいのは何故なの」

 今シャトルーズの事を馬鹿と言いそうだったな。普段からそう思っているのだろうか。否定はしないが。

「おかしい?」
「ああ。ヴァーミリオンは以前なら顔すら見たがらず、謝罪を受ける気も無かったのに今では話し合う機会を設けると言っている。それにアッシュやシャトルーズに至っては闘技場で一緒に観戦したというじゃないか」

 観戦はシャトルーズはライバルであるアプリコットと話すためだろうし、アッシュは私達の悪評を利用して混雑が回避できるという理由で観戦していただけなんだがな。
 だが何故態度が緩和していたのかと問われれば、私の態度が大人しくなったからだろうか。それ以外だと時間の経過……などだろうか。

「分からない。許しては、駄目なのに。いくら悔いていても、許してはいけないのに」

 シルバは私に言うのではなく、自分に言い聞かせるように言葉を繰り返す。
 ……殿下の時と同じで、変わらず恨んでいるのだな。
 だけど殿下達が私を許したかどうかと問われれば否定しないといけない。加害者である私が言うのも変な話ではあるが、殿下達は“許した”のではなく、単純に“恨むほどの事では無くなった”といった所なのだろう。そうなった理由は私にも分からないが
 だから私はそれを説明しようとしたが、

「……けど、メアリーさんも、クリームヒルトも、お前も、お前の義理の息子も、今日は楽しそうだった」

 私が説明するよりも早く、シルバは言葉を続けた。

「分からない。許せないのに、メアリーさん達は笑顔だった。お前の笑顔なんて一度も見た事が無くて、つまらなそうにしているか怒ってしかいなかったのに、今日は普通に笑っていた。……だから…………」

 シルバは小さな声ではあるが、「それを見ると、分からなくなる」と呟いた。
 ……そうか。シルバにとって私は喜怒哀楽の怒以外の表情を見せない女だと思われていたんだな。そこで今日私が女子会で楽しそうにしているのを見て、混乱して――

「ああでもメアリーさんは可愛かったよねなんで彼女はあんなにも美しさの中に可愛らしさがあるという奇跡の表情が出来るのだろうあの表情を曇らせていたバレンタインは許せないけれど今夜あの表情を惹き出せていたのもバレンタインが居るからだ僕だけでは寝間着姿という希少な姿の状態で気が抜けていて友達と話す様な表情を作る事はこなせなかっただろうしクリームヒルトだけでも無理であったと思えるつまりはメアリーさんの魅力を惹き立たせるには今現在友になろうとしているというバレンタインが居るから出来る事では無いのだろうかしかし生物の本質はそう簡単に変えられるものではないまた以前のように感情に身を任せて罵倒したり悲しませたりする可能性だってあるんだそんな事があったら見逃してしまった僕自身も許せなくなる僕は彼女を守ると誓ったんだこれは誰にも負けない気持ちだ呪いの力を知ってもなお僕にメアリーさんは優しくしてくれたのだから僕はメアリーさんの表情を曇る要素は排除しないといけないしかし友になろうとしている存在を失っても表情が曇るかもしれないつまりここは観察をして本当に変わったのかどうかを見極めるべきなんだそうだそうに違いないフラットで公平な眼で評価しよう虐げてはいけない恨みを無くして見ないといけない僕がかつて受けた仕打ちを繰り返すのは愚の骨頂だけど許せない気持ちを抑えていては逆に見られるモノも見られないつまり僕としての視線が必要な訳なんだ!」

 待て待て待て待て。
 なんだこれは。シルバの身になにが起こった!?
 普段の子供のような幼さの無い、噂であった呪いのような魔力オーラを感じるぞ!

「ですから、僕はまだ許せないから観察しますけど、良いよね?」
「……はい」

 にこやかな笑顔と共に同意を求めてくるシルバに、私は素直に頷く事しかできなかった。
 ……なにが起こったのだろう。

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