追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
噂という名の情報_1
少し暴走をしてしまい、ヴァイオレットさんにキスをされるという、暴走の果てにされるのならば暴走をもっとしても良いのではないかという誘惑を打ち払った次の日。
俺だけで領主としての外出の準備をしていると我が屋敷にお客様が来た。
「Frohes neues Jahr.今年もよろしく頼むよ、クロくん」
「はい、今年もよろしくお願いします。シュバルツさん」
相も変わらず綺麗な黒髪を靡かせながら、シュバルツさんは我が屋敷に年始の挨拶をしに来た。
本当は年末からシキに居たらしいのだが、新年に向けて一番最初の日光(ようは初日の出)を浴びるためにこの辺りで一番高い所に行って、その光を全身で浴びた後にシャンパンを浴びていたりしたために挨拶が遅れたらしい。
とりあえず「そうですか」とだけ言って流しておいた。深く突っ込んではいけない気がした。
「私の美しさは今年も磨かれ続けるだろうね……!」
「そうですね、相変わらずお綺麗です」
「ふっ、ありがとう」
……ナルシストではあるが、シュバルツさんの場合美しいこと自体は確かであるから否定もし辛い。全体のバランスも良いし、モデル映えはしそうだ。
「ところでヴァイオレットくんとグレイくんはどうしたのかな? あの美しい姿を見ておきたいのだが」
「ヴァイオレットさんは学園に居た頃の学友……を改めてシキに案内してますよ。グレイはその付き添いです」
「そうか、残念だ。まぁいずれ会う時もあるだろう」
そもそもグレイはシュバルツさんをメアリーさん以上に未だに敵視しているし、ヴァイオレットさんとは性格の相性が悪いからあまり会わせたくはないのだけどな。
「ああ、ところでクロくん。今日は新年の挨拶と新しい情報や商品を売りに来たのもあるが、祝いの品を渡しに来たんだよ」
祝いの品?
いわゆる新年祝いだろうか。シュバルツさんの出身地である帝国では、年末に祝って新年はあまり祝わず休息日に当てられると聞くが……あ、シャンパンか麦酒だろうか。帝国ではどちらもパーティーでよく飲んだり開けたりするって聞くし。だとしたら俺も返さないといけないな。なにかシュバルツさんが喜びそうな物はあっただろうか?
「はい、媚薬だ」
「どういう事だ」
だけど渡してきたのは媚薬……という名のチョコレート。
俺にとっては甘くて大好きな食べ物なので貰えるのならば嬉しい事は嬉しい。とても嬉しい。
だけど、これはあくまで今は媚薬として扱われている。それを渡すという事はつまり、その……ともかく、俺に媚薬として使えというのだろうか。
「ふふ、私に言わせる気かい? キミも物好きだな」
「なにを勘違いしているか分かりませんが、そういうプレイとかじゃなく、何故渡されるか分からないんですよ」
「む? ……本当に必要ないのかい?」
「ええ。いや、甘い食べ物としては欲しいですが」
俺の返答にシュバルツさんは疑問顔になる。
シュバルツさんは出会いや洞窟の件に関しては酷いものであったが、常識がある所はあるにはある。つまり必要だと感じたから善意で譲ろうとしたという事だろうが……媚薬を渡す善意ってなんだ。
「噂でついに夫婦の一線を越えたと噂を聞いたのだが、私の聞き間違いだっただろうか」
「どういう事だ」
何処で流れた噂だ。……もしかして一線を越えたというのをグレイ辺りがキスをした事だと勘違いして間違って何処かで言ってしまった、とかだろうか。
いや、でもグレイには口止めしたし、口止めしたらきちんと守る子だ。
メアリーさんはわざわざ言わないだろうし……だとすれば何故だろう?
「私もキミ達が以前この媚薬を渡したのに、キスすらまだだと聞いた時は、情事を隠していると思ったのだが、本当のようであったし」
その噂の出所についても問い詰めたいが、今は置いておこう。
「そして今回、というか昨日だね。実は昨日新年の挨拶をしようと思ったのだが、この屋敷の中から……」
『ついに一歩先を……!』
『そうですね、グレイ君。嬉しいのは分かりますが、少し落ち着きましょう』
『メアリー様、私めはこれを知っています。新年に夫婦の仲が進展する、こちらをヒメハジメと言うのですよね!』
『何処で知ったのですその言葉』
「――という会話が聞こえて来てね。暗くならない内にシて、息子に目撃されたのかと。邪魔しちゃいけないと私は去ったんだが」
それか……!
昨日グレイが意味を勘違いして色情魔から教わっていた言葉を使ったのを聞かれていたのか。
一応キスの事は伏せて、ただ新年に仲良くする事をグレイが勘違いしていたと伝えると、シュバルツさんは「そうなのか」と言ってあっさりと引き下がった。
「じゃあこれは要らないようだな」
「いえ、それは貰います。むしろ買っても良いのでチョコ下さい」
「……キミが布や糸以外でそこまで言うなんて本当に珍しいね。別に元々あげるつもりだから良いが」
よし、チョコが手に入った!
これでおやつの時間が楽しみである。シュバルツさんからしたら媚薬をお茶菓子にするのは奇妙な光景だろうが。
「いや、私も心配はしていたんだよ。仲良くは見えるが、実は険悪なのではないかと。だから進展した事に嬉しかったのは確かなんだが……」
「心配かけて申し訳ありません。ですが、夫婦仲は良好ですから、大丈夫ですよ」
「……うん、それならば良かった。いや、私なんかに心配される筋合いはないと思うがね」
チョコを受け取って喜ぶ俺を見ながらシュバルツさんは心配そうな表情で尋ねて来た、
……彼女がした事は許せないし、普段はアレだがこういった所は本気で心配しているからな。モンスターと心を通わせる位であるし、やはりどこかで感情を読み取る力に長け、不幸を喜ぶような性格ではないんだろう。
「いや、もしかして私の全裸を見て、美しさのあまり先に進めないでいたのでは……!?」
「違います」
というどういう理屈だ。
確かに出会った時に一糸纏わぬシュバルツさんは見たがなんというか、その……変態というイメージが強すぎた上に、あの「私の身体に恥ずかしい所はなにも無い」という格好良い発言のせいで、あまり美しさとか性とか感じなかったんだよな。服を作る時に映えそうだな、とは思ったが。
「ああ、所で気になる情報を二つあるんだ」
無駄にポーズを決めていたシュバルツさんが、ポーズを決めたまま思い出したかのように言ってくる。
どうやらなにか気になる事があったら教えて欲しい、という約束を守ってくれているようだ。
「一つは首都でなにか大規模な調査を行っているという情報」
「調査、ですか。具体的には分からない感じですかね?」
「そうだな。どうやら数年に一度行われる大型モンスターなどの生態調査、という名目だがどうもキナ臭くてね。とはいっても私のカンな部分もあるが、留意だけしておいてくれたまえ」
「分かりました」
生態調査という名目……となると、あの乙女ゲームにおける封印系モンスターの調査の類だろうか。ルート次第では各地のモンスターが活性化して、攻略対象や生徒、軍の者達が協力して討伐する、みたいな話もあったはずだ。
後でメアリーさんに聞いておいた方が良いかもしれない。
「恐らくだが近い内にシキにも調査の者が来るのじゃないかな」
「そうですか、気に留めておきます」
調査の者とは言ってもこの地自体辺境だし、特色が特色だから、フェンリルが出た地だから来た学園の調査の頃と違って、誰か押し付けられた調査の者が来るだけだろうけど。
まさか高名な魔法使いがわざわざ来るなんてありえないだろう。もしそんな事があったらなにを企んでいるのかと疑いたくなる。肉体好きみたいに、俺に興味を持って――とかでない限りなにか関心を惹くモノが無いとわざわざ来たがらないだろう。
……あれなんだろう、嫌な予感がする……というよりは既に起きているのは気のせいか。
「そしてもう一つなんだが……」
ともかく、この嫌な予感は今は気にしないでおこう。
どちらかと言うとシュバルツさんが言い辛そうにしている情報が気になる所だ。
「こればかりは私も正直よく理解できない情報なんだ」
「信憑性が怪しい、というのとは違うようですね」
「ああ、正直私の勘違いという可能性もある。シキの皆に聞いてもそのような事実は聞いていないと言うしな」
ん、どういう意味だろう。その情報とやらがシキに関する事なんだろうか。
「だが、こうしてキミに確認した方が早いとも思う。この情報はキミ達家族のものだからね」
ますますどういう意味だろう。俺達家族に関係する事?
第二王子関係……という事だろうか。だがそれだと理解できない、というのがよく分からないが。
シュバルツさんは少し考えた後、俺の方を向いて二つ目の情報を告げた。
「グレイ君が飛び級で学園に入学するかもしれないという情報だ」
「どういう事だ」
コメント